「うみのイルカ、只今戻りました」

俺は跪き頭を垂れた。

野営地、指揮官用のテント。この隊の部隊長であるはたけカカシ上忍は、机に向かって書類に目を通していた。

俺は頭を下げたまま報告した。

「敵は予想通り、明後日には渓谷を通ると思われます。同盟軍の動きにも不穏なものはありません。本軍からは、計画は予定通り、と」

俯く頭に声がかかった。

「お疲れ様。もう少しで終わるから、そこで待ってて」

思わず頭を上げると、目で奥の寝台を示された。

意味を悟って、俺の心臓がごとり、と鳴った。

初めてはたけ上忍の夜伽を命じられたのは、五日前。部隊長としてはたけ上忍が着任した翌日だった。

何故俺が。思わぬことに、驚き、戸惑った。しかし、上官の命令を拒める筈もない。同僚達の好奇と同情の目を背中に感じながら、俺は夜毎このテントを訪れていた。

どうして、という問いは黙殺された。

男色などとんでもない、むしろ、英雄色を好むを地でいく人だと聞いていたのに。

「・・・今、すぐ、でございますか?」

自分の声が震えていた。

「すぐ終わるって言わなかった?服、脱いでおいてよ」

はたけ上忍の声は容赦ない。

「・・・恐れながら申し上げます」

俺は床を見つめながら言った。

「丸1日不眠不休で走って参りました・・・ですから・・・あの」

はたけ上忍はこちらを見もしない。俺は堪らなくなって、両手を握り締めた。

「・・・せめて体を・・・湯を、いえ・・・水を使わせて下さいませんか・・・」

「何?まだ焦らすの?」

呆れたような口調に、かっ、と顔面に血が上った。そんなつもりで言ったんじゃない。

「いいよ、そのままで」

よくない。俺は跪いたまま、必死で頭を振った。

一日の汗と血と泥にまみれた体。こんな汚い体に、あんな事させられない。

はたけ上忍が言った。

「本当は、今回の偵察にも出したくなかったの。でも、あんたが一番早くて確実だって言われたら、指揮官としては出さざるを得ないでしょう」

あんたがもっと無能だったら気が楽なのに。心底そう思っている口調だった。

「いいから、脱いで。早く寝台に行って」

「・・・・・・」

「・・・この間は人の気配がするのが嫌だ、今日は風呂に入れろ。あんたって、ほんと何様だよね」

ため息交じりに言われて、恥ずかしさに眼が眩むような気がした。

 初めての夜、テントの布一枚隔てた向こうで、人の気配がすることがどうしても気になった。はたけ上忍は、今時女でもこんなに面倒臭くない、とうんざりした口調で呟きながら結界を張り、以来このテントには、はたけ上忍と俺以外入れなくなっていた。表に声も気配も漏れない。

 動かない俺に、はたけ上忍は業を煮やしたようだった。

「オレを怒らせて、無理矢理犯されたいの?」

 そんな。俺は、違います、と頭を振った。

「・・・従順なふりして強情って、一番タチが悪いよね」

カスガ、とはたけ上忍は、テントの外に向かって言った。

「この人に湯を使わせてやって」

 

 

 

戦場に風呂などある訳がない。

布で目隠しをしたスペースに、桶と湯が用意されていた。

俺は、石鹸を溶かした湯で体を拭いた。

傷だらけの、硬い無骨な体。そのあちこちに残る、二日前の、はたけ上忍の執着の跡を見て、俺は思わず唇を噛んだ。

今日も、また。多分、増える。

何故、俺なんだろう。

はたけ上忍本人に聞いても答えてくれない問い。

 ふと思う。この任務が終わったら、この執着も消えてしまうのだろうか。

「湯は、足りる?」

 目隠しの向こうで、カスガが言った。

「はい。・・・ありがとうございます」

カスガ。指揮官付きのくノ一。

主な仕事は、指揮官の身辺警護。そこには本来閨の相手も含まれるはずだった。

彼女は何も言わない。ただ、時折投げつけられる視線が痛い。

 

 

 

「この任務が終わったら」

薄く汗の浮いた顔で、はたけ上忍は言った。

「この任務が終わったら、あんた戦忍辞めるんだって、聞いたけど」

「はい・・・」

俺は何とか返事を返した。散々攻めたてられて、指一本動かすのも億劫だった。

「・・・里でアカデミーの教師をさせてもらうことになっています」

「もったいないね」

 はたけ上忍は、汗で頬に張付いた俺の髪を、そっと払った。その指が、優しく頭を撫でる。

 あぁ、駄目だ、睡魔が。丸一日走り詰めだった上、あんな無体をされたら。

 目を閉じそうになる俺に、はたけ上忍は言った。

「・・・2年」

「はい?」

「いろいろ約束があるから、2年。2年たったら、オレも里に戻るから。その時は覚悟して」

・・・覚悟?覚悟は、もうしてますけれど。

「はい・・・」

 そう口に出したつもりだった。俺はそのまま眠りに落ちた。

意識を失う瞬間、

「簡単に、はいって言っちゃったよこの人は」

はたけ上忍が心底嬉しそうに微笑むのが分かった。

「泣いても喚いても、もう知らない。一生離さないから、そのつもりでね」

 

 

 

050623

 

 

 

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