心のどこかで思っていた。

おいて逝くのはオレの方だと。

 

 

 

額宛と認証プレートを渡された。

これが忍の遺体の代わり。

「うみのイルカが死んだよ」

火影の執務室に呼び出された俺に、五代目は、言葉を飾らず言った。

「うみのには身寄りがないそうだな。で、アカデミーや受付の奴らに聞いたら、お前と一番親しかったと」

俺はぼんやりと、渡された額宛とプレートを見比べた。

これが、あの人?

「カカシ、お前達どういう関係だったんだい?」

質問にぼんやりと返す。

「恋人同士です」

「・・・そうか」

すっと五代目は目を閉じた。何かを耐えるように眉を寄せ、そして再び目を開いた。

「任務はしばらく休むといい」

「・・・・・・」

「葬儀は明後日だ」

 

 

 

 「・・・大丈夫か」

目を開けると、アスマがいた。

「・・・ここは?」

「病院だ。お前、葬儀の途中で倒れたんだよ」

「・・・そう」

 起き上がろうとして、制された。腕に点滴の針が刺さっている。

 あまりよく覚えていない。

 五代目の所から帰って、部屋の中で、ずっと、あの人の額宛を見つめていた。気がついたらアスマがいて、着替えさせられて、火影岩を見上げるあの場所に連れていかれた。

 あの人の写真が飾られている。笑顔。オレは手の中の額宛を握り締めた。

・・・それから、覚えていない。

ぽたり、ぽたり、と点滴のパックの中で雫が落ちていく。

まるで、涙。

あの場所で、皆が流していた、涙。

あぁ。オレは。泣くことも忘れていた。

熱い、悲しい塊が、喉を突き上げた。

声を上げて、オレは泣いた。

 

 

 

手を繋いで寝たいと言うと、

「ただでさえ図体のでかい男が一緒に寝てるんですから」

あの人は、うっとうしい、と肩をすくめた。

それでも、眠るときには、黙ってオレの手に、手の平を重ねてくれた。

繋ぐのではない。指を絡ませる。

その微かな温かさと、確かな存在に安心した。

 

 

 

「・・・俺、今度の任務はたけ上忍と一緒なんだ・・・」

「嘘。あの死にたがりとか?」

「・・・俺、まだ、死にたくないよ・・・」

 噂話は、よけい耳に入る。

 でも、どうでもいい。

さっきも五代目に怒鳴られた。

「死にたがりとは、よく言ったもんだよ。お前自分が何をしてるのか分かってるのか」

「部隊は安全なところに避難させました。死者もゼロです」

そういう問題じゃない、と五代目は机を叩いた。

「自分一人で敵の本隊に突っ込むってのは、どういう了見だ、と聞いてるんだ」

「・・・・・・」

「これで何回目だ?任務は確かに成功している。だが、どうしていつもいつも、命を捨てるような方法をとる?」

「・・・・・・」

五代目は肩を落とした。

「もう半年だぞ、カカシ」

「・・・・・・」

 もういい、と五代目はため息をついた。

「規律違反で、十日間謹慎だ」

「・・・はい」

 

 

 

後を追うことを考えなかった訳じゃない。

むしろ、毎日それを願っている。

でも、駄目なのだ。

クナイを喉にあてるとき。薬の瓶を見つめるとき。

なぜかあの人の体温が、この指先に蘇る。

指を絡ませて眠った夜。あの幸福感が蘇る。

ねぇ、イルカ先生。あなたの所にいきたいのに。

オレはどうしたらいいの?

 

 

 

謹慎中じゃなくても、ほとんど外は出歩かない。

何か食べないと体が保てないから食べて。

寝ないと動けなくなるから寝て。

忍だから、体を鍛えて。いつでも動けるように準備をして。

後は、あの人の額宛を見ながらぼんやり過ごす。

窓の外。家の前の道を、黒い髪が歩いていった。

え、と思って瞬きすると、もうその姿は消えている。

またか、と思った。

3ヶ月程前までは、あの人の姿の幻をよく見た。ここ最近は、無かったのに。

そして、ふと思った。

お迎え。

あの人が、迎えに来てくれたんだったらいいのに。

そして一人で笑った。同じ事を、何度願った事だろう。

 

 

 

 次の日も、またその次の日も。

 オレの家の前を、あの人の幻が通り過ぎてゆく。

 目を離すと消えてしまうから、オレは窓越しに、必死でその姿を追った。

 そして、今日。

 幻は、オレの家の玄関のドアをノックした。

 

 

 

 「何をやってるんですか、あなたは」

開口一番、イルカ先生は言った。

「火影様から全部聞きましたよ。呆れてものも言えません」

オレはじっとその姿を見ていた。目を離すと、消えてしまうと思った。

「迎えに、来てくれたの?」

え、とイルカ先生は首を傾げた。

「イルカ先生がいる所に、オレも連れて行ってくれるの?」

 イルカ先生は、じっとオレを見つめ、くしゃり、と顔を歪めた。

「ごめんなさい、カカシさん」

抱きしめられた。温かい腕。

「一人にしてごめんなさい」

肩口に、イルカ先生の熱い声があたった。涙。泣いてるの?

「ただいま帰りました。カカシさん。遅くなって、本当にごめんなさい」

言葉が、心臓に、脳に、体全体に染み渡っていった。

帰ってきてくれた。

オレは、その体を抱きしめた。

 

 

 

「手、繋いでもいい?」

いいですよ、とイルカ先生は笑った。

オレはそっとその手を握った。この体温。オレの命を、ここに繋ぎとめてくれていた。

「実は、三日前に、里に戻ったんですよ」

書類の調整とか、関係各所への挨拶まわりとか。面倒な事を先に片付けておこうと思いまして。

 酷い、とオレは呟いた。

「一番に、オレのところにこなきゃ駄目でしょ」

 それは、とイルカ先生は、窓の外を見た。

「・・・恐かったんです。ひょっとしたら、あなたはもう別の人といるんじゃないか、って。俺は死んでることになってたんでしょう?」

オレはため息をついた。

「益々、酷い」

「でも、様子だけでも知りたくて。ここに何度かこっそり来てたんです」

では、あれは幻ではなかったのか。

イルカ先生は、オレの頬を撫でた。

「数ヶ月意識不明で、目が覚めた後も記憶があやふやで。帰ってくるのがこんなに遅くなってしまいました。心配かけて、ごめんなさい」

「もう、いいよ。帰ってきてくれたんだから」

「・・・痩せましたね、カカシさん」

「まあ、ね」

 オレはイルカ先生の腰に抱きついた。

「6ヶ月ぶりだから・・・」

「え?」

「6ヶ月ぶりだから、オレ、何か目茶苦茶しちゃってごめんなさい」

 かぁっと、イルカ先生の肌が熱くなった。

「ちょっと落ち着いたから、今度はもう少し優しくします」

 ぐいと、体を引き倒すと、

「・・・事務処理先に済ませておいてよかった・・・」

真っ赤な顔で呟くその唇に、口付けた。

 

 

 

050703

 

 

 

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