※注※7月前期Web拍手お礼 リメイク |
大丈夫。 まだ大丈夫。 今なら、なかったことにできる。簡単に忘れることができる。 そもそも、最初からおかしかったのだ。 あのカカシさんが、男の俺のことを好きだなんて。 「イルカ先生、ただいま帰りました」 「おかえりなさい」 受付所。笑顔で受け取る報告書。このやり取りは二人だけの合図。 今晩行ってもいいですか? いいですよ。 お疲れ様です、と返せば、今日は駄目ですという事。 内容を確認し、結構です、と俺は笑顔を浮かべた。カカシさんは、唯一表に出ている右目で微笑んだ。 ・・・自分に、反吐が出る。 こんなに内心ぐちゃぐちゃなのに。 それでもあの人に、笑顔を見せてしまう自分が嫌だ。 お疲れ様です、と言えればよかった。 もう二度と来ないで下さいと、言いたかった。 「妊娠?」 そう、と彼女は微笑んだ。同期のくの一。なかなかの美人。酔ったはずみのキス1回。それっきりで、オトモダチ。 「おめでとう」 言ってから思った。あれ、結婚してたっけ? 俺の表情を読んだのか、彼女は、 「順番逆になっちゃった」 と肩をすくめた。逆になっただけか。 うふふ、と幸せそうに笑う彼女。 「相手、聞いていい?」 「まだ、誰にも秘密よ」 そう言って、耳に囁かれた名前が、俺の心臓を直撃した。 ・・・何て事だ。 昨晩も、俺の部屋で、愛し合ったあの男。 勝ち目のない争いはしない。 いや、そもそも、同じ土俵に上がれると思っているのか? 遊ばれた。そう考えるのが、妥当だろう。 俺だったら、いくらやっても、絶対子供なんかできない。毛色の変わったおもちゃ。 好きだと告白されて、断って。それでも諦めないカカシさんに、ほだされたのは3ヶ月前。丁度彼女の妊娠時期と重なっている。 全部。全部、嘘だったのか。 好きだという言葉も。抱き寄せてくれた腕も。驚くぐらい細やかな優しさも、全部。 ・・・大丈夫。まだ、大丈夫。 なかったことにできる。忘れることができる。 そもそも、最初からおかしかった。 あのカカシさんが、男の俺のことを好きだなんて。 ・・・いかん、涙が。 もうすぐあの人が来る。笑って別れを告げないと。 言われる前に。俺が言う。それ位のプライドはある。 内心がどうだろうと、笑顔を作るのは得意だし。 精一杯の笑顔を浮かべて言った、別れましょう、の返事は、 「いやです」 だった。 カカシさんは本気で戸惑っていた。少なくとも、俺にはそう見えた。 「どうしてそんな事言うんですか?オレに不満があるんだったら、言ってください」 直します、と腕を掴まれて、訴えられた。 不満なんか、ない。あるとしたら、一生騙し続けていて欲しかった、という事だけだ。 我ながら、情けない。騙したな、裏切り者、と責めることもできるのに。 ・・・違う。裏切っていたのは、自分。 カカシさんの気持ちを信じていなかったのは自分。 こんな日が来ることを恐れて、ほら、やっぱり遊びだったんだ、男なんか好きになるはずない、と自分を納得させたかっただけ。 傷つくのが恐かったから。 でも、本当は、もっと恐いことがある。 俺は笑いながら泣いた。 「カカシさん、あなたが好きです。俺を捨てないで」 「あらあら。お姫様は、随分泣いたみたいね」 彼女は、俺の顔を見てにっこりと微笑んだ。そして、カカシさんを見上げて、 「で、王子様は、意地悪な魔女を退治しに来たって訳ね」 「この人に何かしたら許さないって、言わなかった?」 カカシさんの低い声に、彼女は肩をすくめた。 「何もしてないわよ。ただ、嘘を一つと、事実を二つ言っただけ」 ねぇ、イルカ、と彼女は俺をまっすぐ見つめた。 「このおなかの中に、赤ちゃんがいるのは事実よ。どうする?」 俺は彼女の、まだ平らな腹を見つめた。 「・・・どうもしない」 「・・・・・・」 「俺には、カカシさんを信じる事しかできない」 もうそれしか、俺には思い浮かばない。 「・・・いつの間にか両思いになっちゃって。つまんないわね」 そう言って、彼女は、綺麗な笑みを浮かべた。 「私も、覚悟を決めなきゃね」 行く時は、カカシさんに腕を掴まれて無理矢理連れて行かれた夜道を、帰りは手を繋いで歩いた。 彼女は、ずっとカカシさんが好きだったという。告白して、振られて、それでも諦め切れなかったという。 「3ヶ月前にね、最後通告を突きつけられたの。好きな人と付き合えるようになったから、もうこれ以上は本当に駄目だって。悲しくて、悲しくて、どうしようもなくて。手近にいた男に縋り付いちゃった」 相手は幼馴染で、ずっと彼女の恋を応援してくれていたという。 「まさか、妊娠しちゃうとは思わなくて。認めたくなくて。随分あの人を傷つけちゃった。ずっと好きだったって言ってくれたのに」 俺に声をかけたのは、最後の賭けだったという。 「あなた達の仲が壊れれば、万々歳だと思ってた・・・でも、本当は、踏ん切りをつけたかっただけなのよ」 明日、あの人のプロポーズを受けるわ、と彼女は晴れやかに言った。 懸命だった彼女。臆病な俺が責める資格は無い。 酔っ払った二人組とすれ違った。慌てて手を離そうとするが、カカシさんは、握る手に更に力を込めた。 心臓が、どきどきする。また、もう一度恋に落ちたように。 「イルカ先生、ごめんなさい」 カカシさんが言った。 「嫌な思いさせてしまって」 俺は頭を振った。 「そんな事、ないです」 よかった、とカカシさんは微笑んで、俺の顔をじっと見つめた。肩が触れ合う距離。 「・・・何ですか?」 「いや、嬉しくて。捨てないでなんて言葉、イルカ先生から聞けると思わなかったから」 ぼう、っと顔が熱くなった。 「・・・あれは・・・」 「オレが好きになって付き合ってもらってるんだもん。イルカ先生に嫌われたらどうしようって、いつも思ってる」 「そんなこと・・・」 「イルカ先生こそ、オレを捨てないで」 口調は、笑みを含んで軽い。 でも、その目は、カカシさんの心を映して、真摯に俺を見つめてくる。 捨てるなんて。 「・・・そんなもったいないこと、できる訳無いじゃないですか」 カカシさんは、一瞬目を見開いた。 それから、くくく、と心底楽しそうに笑って。 俺を、抱きしめた。 050703 050720リメイク |
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