何も妊娠する訳じゃない。

治る怪我。問題ない。野良犬にでも、噛まれたと思えば。

相手は、元アカデミーの教え子。中忍になってすぐ長期任務を与えられ、最近里に帰ってきた。

ひょっとして、と思わなかった訳じゃない。受付所で会う、あの子の視線。俺の名を呼ぶ声。表情。

俺があの人を想うように、あの子は俺を想っていた。

でも。許せる訳が無い。

相談があるとあの子の部屋に呼ばれ、出された茶に薬を仕込まれ。

動けなくなった俺は、あの子に犯された。

引き裂かれながら、好きです、とうわ言の様に繰り返されても。

ごめんなさいと泣かれても。

それがどれほど真摯な想いでも、許したくない。

 

 

 

俺は、汚れた体のまま、家に帰った。一秒でも早く、あの子から離れたかった。

夜、人気がない事が幸いだった。

アパートの外階段を上がって、ぎょっとした。部屋の前に、カカシさんが立っていた。

「こんばんは」

にこりと笑う顔に、血が下がる思いがした。

そうだ、今晩、飲みに行こうと約束していた。どうしよう。どうしてこんな時に。

「・・・こ、こんばんは・・・」

搾り出した俺の声に、カカシさんは首を傾げた。

「どっかしんどいの?イルカ先生、顔色悪いですよ」

優しい声に、罪悪感が湧き上がる。違う。羞恥心。男に、好き勝手されたこの体。

「・・・ごめんなさい。今日は、ちょっと・・・本当に、すみません」

オレは玄関の鍵を取り出した。手が震える。

何とかドアを開け、身を滑り込ませて、おやすみなさい、と締めようとした。

「待って」

カカシさんの手が、ドアを押さえた。

「あなた、血の匂いがする」

俺は奥歯を噛み締めた。出血はもう止まっているはずだが。

「怪我してるの?」

「いえ・・・あの、はい・・・ちょっと昼間アカデミーで」

自分でも分かる、下手な嘘。カカシさんの目がすっと細くなった。

「中、入ってもいい?」

俺が頷く前に、カカシさんは入ってきた。そして、俺の顎を掴み、口布を下ろして顔を寄せてきた。

「・・・嫌な匂い」

ひんやりと、背中を汗が落ちる。俺は飲むまで気づかなかった。

「何飲んだの?」

「・・・・・・」

「何飲んだの、って聞いてるの。それとも飲まされたの?」

俺は頭を横に振った。知られたくない。絶対に。

カカシさんは表情の見えない目で俺を見下ろした。次の瞬間、俺は玄関の壁に押し付けられ、上着を胸まで引き上げられた。

「や、止めてくださいっ!」

俺は慌てて身を捩った。だが、カカシさんに押さえつけられた肩はびくともしない。

「・・・っ」

思い出したくも無い光景が、フラッシュバックする。露わになった肌に、どんな痕が残っているか。それを、カカシさんに見られてる。一番、知られたくない人に。

「・・・一つ、聞いていい?」

初めて聞く、カカシさんの低い声。

「これつけたの、恋人?」

「違います・・・」

「じゃあ、同意?それとも・・・好きな人?」

「・・・どちらも、違います」

「だったら、遠慮する事ないね。相手、誰?」

「・・・い、言えません」

「庇うの?」

今度は、ズボンの中に手を突っ込まれた。あまりの事に泣きそうになりながら抵抗したが、容赦なく足の間を探られた。もう、もう駄目だ。

「こういう事された相手を、庇うの?」

取り出したカカシさんの手には、血がこびりついていた。

「薬使われたって事は、つまり、無理矢理だったってことでしょ」

俺は、その手もその目も見たくなくて、目を閉じた。

「好きだと・・・泣かれました」

「・・・呆れた」

心底呆れた、声。

「あの子の気持ちは、痛いほど分かりましたから。受け容れる事は出来ませんが」

男の自分が、男を好きになる。それがどれほど恐ろしく不安なものか、俺にはよく分かる。受け容れてもらえるはずがないと、あの子がそう思い詰めた事も。

俺も、同じだから。

「・・・優しいね。偽善ぽいけど」

カカシさんが疲れたように言った。

「だったら、オレにも優しくして下さいよ」

俺は目を開けた。カカシさんは、悲しげに俺を見ていた。

「好きな相手にこんな事されて。それだけでも物凄く腹立つのに、好きな相手は襲った奴庇って」

一体オレはどうしたらいいの?

俺は、カカシさんの顔をまじまじと見た。それは、どういう。

「言っている意味、分からない?」

頷くと、カカシさんは小さく笑った。

「オレも、そいつと同じ事したいって事です」

「・・・・・・」

「無理矢理なんて意味ないって判ってたから、頑張って紳士ぶってたのに。まさか、色ボケしたガキに持っていかれるとはね」

「カ、カシさん」

「・・・やっぱり、そいつ、殺したいなぁ」

ぽつりという声に、体が震えた。必死で頭を横に振る俺を、カカシさんはじっと見つめた。

混乱する。

ずっと好きだった人。無理だと、諦めていた人が。

カカシさんは、そっと体を離し、俺の乱れた服を直した。

「ごめんなさい。乱暴な事して」

「いいえ・・・」

カカシさんの指が、そっと俺の髪に触れ、耳に、頬に触れた。頬を両手で包み込まれるようにされて、俺は思わず俯いた。

「・・・オレに触られるの、嫌じゃない?」

嫌な訳がない。俺は懸命に頭を横に振った。

「・・・よかった」

間近から覗き込まれた。

「弱ったあなたにつけ込んだずるい言い方だけど。今のあなたには酷かもしれないけど」

「・・・・・・」

「あなたが好きです」

眩暈がした。ずっと恋焦がれていたこの人が。

「だから、オレのものになって、イルカ先生。もう、他の誰にも、触らせないで」

嬉しいという気持ちと同じだけ、暗い感情が湧き上がった。

「・・・俺なんかで、いいんですか?」

「あなたがいいんです」

「でも・・・俺は・・・あんな事されて・・・汚い、です」

「下らない事言わないで」

カカシさんは穏やかに言った。

「オレにとって一番大事なのは、あなたの心が誰に向いてるかってこと」

はいと言ってくれるなら、オレはそれだけでいいんです。

 

 

 

答えたい返事はとっくに決まっていた。

でも、という躊躇も残っていた。

そして、その二つを奪い取られるような、キスをされた。

 

 

 

050719

 

 

 

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