イルカ先生の部屋に、見慣れないものを見つけた。

煙草と、ライター。

ちゃぶ台の上に、無造作に置かれていた。封が切られ、数本無くなっている。

「イルカ先生、煙草吸うの?」

台所で、食事の支度をする背中に声をかけた。

任務明け。予定より5日帰りが遅くなったオレは、里に戻ってまっすぐこの部屋に来た。ドアを開けたイルカ先生は、優しい笑顔で、お帰りなさい、と笑った。

暖かい。生きて戻ってきたんだと、実感する。

「何か言いましたか?」

手を拭きながらこちらを振り返ったイルカ先生に、もう一度聞いた。

「煙草、吸うの?」

この嗜好品を、日常生活で嗜む忍は少ない。上忍では、髭ぐらいだ。何と言っても匂いがつく。常用すれば、体そのものにあの乾いた匂いが染み付いてしまう。忍としては致命的だ。

だから、大抵の忍が、吸う技術は学習しているが、吸わない。

あぁ、とイルカ先生は鼻の傷を掻いた。照れた時、気まずい時の癖だ。

「たまに、少し」

そう言って、オレの手から煙草とライターを取り上げ、引き出しの中にしまった。

「イルカ先生が吸ってるところ、見たことないけど」

「カカシさんの前では吸いませんから」

そう答えたイルカ先生の顔が、しまった、という風に一瞬歪んだのを見逃さなかった。

「何それ」

台所に逃げようとする腕を掴んだ。

「どういう意味?オレが怒るとでも思ったの?」

いくらオレでも、そんな子供っぽい事は言わない。

イルカ先生は、無言のままで、オレを見た。

その黒い瞳がちらりと揺れた気がした次の瞬間、イルカ先生の腕がオレの肩口にまわり、きつく抱きしめられた。

「イ、イルカ先生・・・?」

何かを堪える気配が、首筋から伝わった。オレは混乱した。何で、泣くの?

「・・・ごめんなさい」

くぐもった声で、イルカ先生は言った。

「もっと、もっと・・・強くなります。だから、今日は・・・ごめんなさい」

お帰りなさい、とイルカ先生はもう一度言った。

それで、鈍いオレはようやく思い至った。

今回の任務。

Sランクの暗部案件で、火影様から直接下された。厳しい仕事になると、あの方には珍しい沈んだ表情を覚えている。そして実際、殉職者3名、負傷者多数の、困難な任務だった。

火影様の側に仕えるこの人が、何かのきっかけでそれを知ったなら。

どんな思いで、予定の日を過ぎても戻らぬオレを待っていたのか。

そして、どんな思いで、笑顔を浮かべ、オレを出迎えてくれたのか。

ごめんなさい。もっと強くなります。イルカ先生の言葉が、オレの心に突き刺さった。

「イルカ先生・・・ごめんね」

背中に腕を回した。イルカ先生は、オレの肩に顔を埋めたまま、頭を振った。

「・・・こんなんじゃ駄目だって分かってます。こんな・・・弱い・・・あなたの負担になりたくないのに」

「それは、オレも同じ。オレのせいで、イルカ先生にそんな思いさせたくない」

こういう時、冷たい思いが、オレの心を鷲掴む。

この人を、この愛しい人を、オレは不幸にしている。

明日をも知れぬ命の男に愛を請われ、戸惑いながらも、受け容れてくれた人。この人に大切にされればされるほど、果たしてこの人の隣にいていいのか、不安が湧き上がる。

いつか、一人にするかもしれないのに。

でも、それでも。オレはこの人を失いたくない。

誰か教えて下さい。

オレは願った。

どうすれば、この人を幸せにしてあげられますか?

 

 

 

「自分でも、情けないです」

イルカ先生がぽつりと言った。

交わった後の熱が次第に引き、この人の体温が、穏やかにオレに染みこんでくる。イルカ先生は、オレの胸に背中をもたせかけ、窓の外を見ていた。

「煙草は、亡くなった親父が、たまに吸っていました。でも、今までは吸いたいなんて思った事なかったのに」

昼間はいい。仕事をしていると気が紛れるから。でも、夜、部屋で一人でいると、不安を抑えきれなくなった。

「ふと思い立って、家の前の店で買ったんです。うまいとは思いませんけど、落ち着いたような気がしました」

オレはイルカ先生の髪に指を滑らせた。

「窓を開けて、夜空を見上げながら火をつけて。赤い焔にあなたの瞳を思い出したり、立ち上る煙に乗って、あなたの所へ行ければと思ったり」

みっともない男ですねぇ、とイルカ先生は小さく笑った。

みっともないのはオレだ。情けないのもオレ。

好きな人、この世にたった一人の人なのに、幸せにする方法が分からない。オレはこんなに幸せにしてもらっているのに。

「カカシさん?」

イルカ先生が、体を返して俺に向き直った。

「どうかしましたか?」

オレは頭を振った。

「好きです、イルカ先生。イルカ先生が思っているより、ずっと」

もっと強くなろう。この人が不安に思う隙間も無いように、誰よりも、何よりも、強くなろう。

今のオレには、それくらいしか思い浮かばない。

イルカ先生は、小さく首を傾げて、オレの頬を撫でた。

「何考えてるのか知りませんけど」

そして、くすり、と笑った。

「写輪眼のカカシにそういう事を言わせるなんて、光栄というか、何と言うか」

俺は三国一の幸せ者、というやつですね。

そう言って、イルカ先生は、心底嬉しそうに笑った。

 

 

 

050728

 

 

 

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