手負いの暗部には近づくな。

その常識を、知らなかった訳ではないけれど。

 

 

 

血の匂い。

俺はふと顔を上げた。

深夜。

月光がしんしんと降ってくる。

いつもなら森に住む夜の生き物たちの息遣いに満ちている西の演習場が、なぜか今夜は耳を打つような静寂に包まれていた。

ただ、静かなだけではない。俺は目だけで周囲を見回した。忍なら誰でも備えている、野生の獣に並ぶ感受性が、この沈黙の底に流れる別の何かを感じ取っていた。

まるで、何者かが息を殺してこちらを伺っているような張り詰めた気配が、ちりちりと首の後ろを刺激する。

この闇の向こうで、匂いが立つほどの血が流されている。

まさか里中で、という考えを瞬時に捨て、俺は森の奥へ視線を投げた。

明日、この森でアカデミーの授業を行う。低学年の子供たちを対象にした簡単なトラップ演習だ。俺は、事前に設置してあった罠の作動確認をする為、受付業務の帰りにここに立ち寄った。罠の配置は演習場の入り口近辺だけだが、念の為物見高い子供たちが足を踏み入れそうな場所を見回っておこうと考えていた矢先の事だった。

武器らしい武器はホルスターの中のクナイだけ。無論、何も持っていないよりは格段に戦術の幅が広がるが。

樹間を渡る風の音と、自分の心臓の鼓動が耳を打つ。

迷っている暇は無い。俺は、気配を追って枝を飛んだ。

 

 

 

森の最奥に、樹齢500年は越えているだろう古木がある。

その根元にもたれかかる人影があった。

目を凝らさずとも、煌々と降り注ぐ月光の中、獣を模した面が空を見上げているのが分かった。

暗部。立ち込める血の匂い。俺は樹上で足を止めた。

「賢明だね」

男の声が聞こえた。

「そこから先は、近づかないほうがいいよ」

状況に合わぬ軽い口調。面は狐。月光に輝く髪の色は銀。その左手が、力なく体の脇に投げ出されている。白い防具の下の黒い手袋が、ぐっしょりと濡れているのが分かった。

「・・・血が、止まらないんですか?」

俺の言葉に、狐の面は、ん〜と呟きながら視線を落とした。

「ちょとね、性質の悪い毒をうけちゃって」

まるで他人事のような口ぶりに苛立ちが湧いた。手当てをした様子も無い。

「性質が悪いのは、毒だけじゃないんじゃないですか?」

俺は地面に降り立ち、男に向かって歩き出した。身を削って勤めるのが忍という稼業だが、己の身を粗末にすることとは違うだろう。

「・・・今のオレには近づかないほうが、あんたの身の為だよ」

今度の声は面白がっているように聞こえた。俺はため息をついた。

「これでも一応アカデミーの教師でして。子供たちに顔向けできない事はしないと決めているんです」

男の脇に膝をついた。携帯用の医療セットを取り出し、包帯を巻く準備をする。

「怪我人を放っておくなんて、忍道云々以前の問題ですし」

上腕の内側に深い切り傷があった。そこからじわじわと血が染み出している。外しますよ、と手袋と防具に手をかけた。

「・・・先生、カッコいい〜」

面の下で、男がくくっと笑う声が聞こえた。

「・・・でも、今日だけは、オレの忠告を素直に聞いとくべきだったねぇ」

言葉と同時に、ぐい、と手首を掴まれた。

驚いて顔を上げると、ぶつかるほど間近に狐の面があった。

「なっ・・・」

思わず仰け反らせた上半身に体重をかけられ、バランスを崩した俺は、そのまま仰向けに地面に押し倒された。

「・・・・・・っ」

全く予想していなかった。一瞬、背中の痛みに気をとられ、次の瞬間には、両手首が、恐ろしい程の力で地面に縫い付けられていた。その圧迫に、指先がじんじんと痺れ始める。蹴り上げようとした膝関節も、両足を乗り上げるように押さえつけられ、自由にならない。何てことだ。

「・・・何、するんですか」

何のつもりだ?俺は体の上で、無表情に見下ろしてくる狐の面を睨んだ。

「言ったでしょ。近づくなって」

狐の、その左目に開いた穴の向こうに、赤い光が見えた。

「ま、できるだけ優しくするから、ちょっとの間我慢してよ」

優しくって、何をだ。俺は力を振り絞って肩をよじったが、怪我をしているはずの左腕さえびくともしない。圧倒的な力の差に、恐怖が湧き上がった。

「・・・ちょっとね、やばい任務だったから、ドーピングしたの」

囁くような声。面越しとはいえ呼吸が触れ合う程の近さで、俺はようやく気づいた。独特の硬質な匂い。神経系統に働きかけ、あらゆる能力を一時的に上昇させるその薬は、同時に性欲も著しく増強させる。

「落ち着くまで、ここで大人しくしてようと思ってたのに。あんたったら、ひょこひょこと無防備に」

男の目的に思い至り、俺の背筋に悪寒が走った。やめろ、と叫びながら、圧し掛かる男を払いのけようと、手足を必死でばたつかせた。

「だーかーら。自業自得でしょ」

笑いを含んだ声と共に、顔のすぐ横にクナイが突き立てられた。目の前で鈍く光る刃と、男の全身から立ち上る不穏な気配に、体が勝手に震えだした。

「あんまり暴れないで。怪我させたくないから」

怪我させてでもやる。そう言っているのだと思い知った。

絶望と恐怖に、抗う力が萎えそうになる。逃げられないなんて、認めたくないのに。指一本思う通りにならないなんて。

頭の上で両手首を一まとめにされ、俺自身が用意した包帯を巻きつけられた。うっ血しそうな程きつい。伸縮性のある包帯は、手首をずらす余裕もない。

「あー・・・、面が邪魔」

男は小さく呟いたかと思うと、俺の背中に腕を回した。俺は体をうつ伏せに返され、そのままズボンを下着ごと引き摺り下ろされた。

「や、やめっ」

外気に晒された下半身の感覚に、血の気が引いた。肘でずり上がって逃げようとしたが、背後から腰を抱え込まれて果たせない。そして首筋を押さえつけられ、尻を高く突き出した姿勢で固定された。

「・・・畜生」

取らされた姿勢に、思わず声が零れた。あまりの悔しさに、視界が滲む。嫌だ。どうしてこんな。

衣擦れの音と共に男が俺の背中に圧し掛かった。額宛の結び目が緩んだかと思うと、すっと視界が暗くなった。

「な、何す・・・っ」

額宛で目隠しをされたと気づくのに数秒かかった。面を外したのか、くぐもらない低い声が耳に吹き込まれた。

「一応暗部だからね、顔見られるのまずいのよ」

男は優しげな声音で言った。

「その様子だと、男初めてでしょ。大丈夫、怖くないから。気持ちよくしてあげるから」

畜生。俺は首を振った。そんな事を言うな。

「本当、運が良いよ、あんた」

「ふ、ざけるなっ・・・」

どこをどう見たら、この状況の俺の運が良いなんて言えるんだ。

その時、ぬるり、と尻の間に何かが塗りつけられた。思わず身を竦ませた俺の前がきつく握りこまれた。

「っあ・・・」

思わず漏れた声に、俺は震えた。潤滑液か何かだろうか。濡れた男の指の感触が、やたらはっきりと感じられる。

「・・・つ・・・ふ」

男は握ったまま動かそうとしなかった。それなのに、下腹部に熱が集まってゆくのが分かった。

「な・・・に・・・」

何かおかしい。息をつく度に、どくどくと脈打つ音が聞こえるような気さえする。

「気持ちいい、みたいね」

男が肩越しに囁く声が、背筋をぞくりと這い上がった。

違う。これは。

俺は必死に頭を横に振り、男の手から逃れようと身を丸めた。腿の付け根が、痛いくらいに張っている。呼吸が、勝手にどんどん上がっていく。

おかしい。絶対に、変だ。全身が粟立つような感覚の中で思った。男の手の中で、張り裂けそうに立ち上がっているなんて。ただ握られたままなのを、じれったく感じるなんて。

「・・・な、にか・・・した・・・?」

「ちょっと、薬をね」

男は、とんでもない事を、何でもない事のようにさらりと言った。

「本来の用途は表皮麻痺解毒。媚薬や催淫剤とは全く違うんだけど、人によったら、それに近い効果が得られる、なかなか便利な代物。丁度、耐性訓練用に持ってたの」

くすりと笑った。

「あんた、ほんと、そういう体質でよかったね。痛い思いさせなくて済む」

無防備に晒された俺の尻の間を、男の指が滑った。

「――――――っ!」

今まで感じた事の無い、ひりつくような感覚に、全身が跳ねた。反り返った背に走るのが快感だと気づく前に、男の指が、そこに押し入ってきた。

強烈な違和感。中を探られる感触に、内臓がせり上がってくるような気がする。容赦なくかき混ぜられ、声が勝手にこぼれ落ちた。縛られた両手の甲で、俺は自分の口を塞いだ。

「・・・可愛い事するじゃないの」

ぐいと擦りあげられた。きつい程の手淫に眼が眩む。前と、体内への甘い刺激に今にも溺れそうになる。視界を塞がれているせいで、他の感覚が余計敏感になっているのか。

あっという間に開放間際まで導かれる。

「も・・・う」

「いい子だから、もうちょっと我慢して」

耳を塞ぎたくなるような生々しい音をたてて、指が引き抜かれた。代わりに、指とは比べ物にならない程の質量を備えたものが、入り口に押し付けられた。

「薬に頼るなんて男として情けないと思うけど、オレもちょっと余裕無くて」

男の声が耳を甘く舐める。

「それに、しばらく付き合ってもらわなきゃいけないからね。今のオレの相手は、素のままじゃ、あんた体がもたない」

男は、俺の腰を強く掴んだ。熱い塊が、躊躇なく、容赦なく、押し進められる。

「・・・っう」

堪らず背筋が反り返った。声が詰まる。みしみしと、音が聞こえるような気がした。無理矢理広げられ、それでも痛みはなく、ただ、圧倒的な存在感に全身が震えた。

そして男は律動を始めた。有り得ない深さにまで突き込まれ、揺すり上げられた。体内で疼いていた甘さが、深い快楽に変わり、俺の意識を絡め取っていく。

口を塞ごうとした手を捕らえられ、もう、溢れ出す声を隠す事ができない。男の思うままに、まるで貪り食われる獲物のように、俺はすべてを曝け出さされた。

「・・・参ったなぁ」

一旦動きを止めた男が呟いた。

「あんた、そういうのは、ちょっとまずいって」

言っている意味が理解できない。ぼんやりと頭を振る俺の首筋に、熱い舌が這った。

「額宛外して、どんな顔してるのか見たくなる」

見ながら、めちゃくちゃにしたくなる。

一度抜かれ、体を返された。向かい合って、両足を抱えあげられた。

「ほんと、意外というか、何と言うか・・・」

再び捻じ込まれた塊に、背骨が軋む。

「思わぬ拾い物しちゃったかも」

そして、初めて、男は俺に口付けた。

 

 

 

目覚めると、アカデミーの医務室だった。

見慣れない天井に、俺は慌てて起き上がった。瞬間、下半身が鈍い痛みに襲われ、思わずベットに突っ伏した。自分の身に起こった出来事の記憶が、脳裏にまざまざと蘇った。

硬い地面の上で、しかしそれさえ気にならない程、互いにのめりこんだ。何度貫かれたのかも記憶があやふやだ。

薬を使ったとはいえ、気を失うほどの交合を、男と。勝手に頬が熱くなった。

口付けを交わした後の男は、動きこそ激しく容赦がなかったが、俺の快楽を掬い取る事に余念がなかった。さすがに額宛は外してくれなかったが、手首の拘束は解かれ、俺は何度も男の背にしがみついて果てた。

暗闇の中で、ただ男を求め、男に求められた時間。触れ合う体温と、与えられる快楽だけが確かなものに感じられた。

俺はそっとベッドから降り立った。汗と、血と、互いの精液でどろどろになったはずの体は、綺麗に清められていた。あの男の仕業か。俺はつい微笑んだ。随分と優しい暗部がいたものだ。

俺は、カーテンの隙間から窓の外を見た。まだ夜は明けていない。闇の中、どこか遠くで犬が鳴いている。あの男も同じように、どこかで夜明けを待っているのだろうか。

男を恨む気持ちはなかった。もともと忠告を無視して近づいたのは俺のほうだ。むしろ、もう男と会うことはないだろうという予感が、俺の心に重くわだかまった。

罪な事をする。受け入れる痛みさえ甘い疼きに変わるような、あんな深い快楽の味を味わわせるなんて。

二度と会えないのなら、もっと酷くしてくれたほうがよかった。一夜限りの夢だと思いきるには、肌に残る指の感触が生々しすぎる。

俺はそっとカーテンを引いた。

忘れるには少し時間がかかりそうだった。

 

 

 

銀色の髪の男が、ナルト達の上忍師として、俺の前に再び現れるのはそれから6ヶ月後のことだ。

全く。再会していきなり、薬使わなくても気持ちよくさせる自信があります、はないだろう。

そして、その最低な台詞と、だから付き合ってという告白に頷いた俺も、ちょっと逸していると思う。

質はいいがたちの悪い、毒にしては真っ直ぐで、薬にしては激しい男。

その思いは、恋心より、中毒と名づけたほうがいいのかもしれない。

 

 

 

051004

 

 

 

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