|
その家は、里の東、小高い丘の麓の竹林に抱かれるように建っていた。 「家を買ったので、遊びに来ませんか」 夕方、受付でのカカシさんの誘いに、俺は少なからず驚いた。家を買うなんて、今まで一度も聞いた事がなかった。 それでも、是非喜んで、と気楽に答えられる程度には、俺は彼と気安かった。受付の仕事を終えて待ち合わせ、俺はその家に案内された。 里一番の実力者の自宅にしては、こじんまりとした瓦葺の古い平屋。天井には大きな梁を渡し、建物の中心に大きな柱を据えた、今ではあまり見なくなった、懐かしい、木の葉の伝統的な建築様式。 黒鉄焼の徳利には熱燗、鯵の干物と焼いた味噌を皿に載せ、居間に向かい合って腰を落ち着けた。大きな掃き出し窓からは、小さいながら池と石を配した庭が見えた。 ぼうん、と壁の振り子時計が鳴った。俺は思わず目を細めた。本当に、懐かしい。 「気に入りましたか?」 徳利と一緒に差し出されたカカシさんの言葉に、はいとても、と返した俺は、ふと杯を干す手を止めた。言葉の違和感にその表情を伺うと、カカシさんはその藍と紅の眼で、じっと俺を見つめていた。 よかったら、とカカシさんは静かに言った。 「よかったら、ここで一緒に暮らしてくれませんか」 彼の声が、胸に落ちた。 胸の嵐が、ごう、と渦を巻く。 忘れもしない。 出逢ってすぐの頃、カカシさんに好きだと告白された。だが、付き合ってくれという彼の申し出を、俺はその場で断った。尊敬しているが恋愛感情は抱けない。そう答えた俺に、カカシさんは、だったら友達で、と笑った。 そして3年。 色めいたそぶりは欠片も見せず、互いの家で酒を酌み交わす親しい友人、という位置を律儀に守り続けてきた彼が、今度は、こんな方法で。 「ごめんなさい」 カカシさんは言った。 「やっぱり、あなたの事諦められませんでした」 この3年で、彼に話した色々な事。両親の事。幼い頃暮らした家の事。しっかりと重みのある黒鉄の手触りも、清々しい畳の香りも、家具も、何もかも。俺が好きだと言ったものを詰め込んだこの家は、美しい羽をもつ野の鳥が、愛を得る為に作る巣にも似て。 「・・・俺が、また断ったら?」 自分でも、浅ましい事を聞いていると思う。カカシさんは、目元に皺を寄せて小さく笑った。 「待ちます」 その言葉の力強さに、胸が詰まる。 「・・・また?3年?」 「石の上にも3年って言うでしょ?だから、もう3年、待ちます」 「・・・・・・」 「あなたに関しては、オレは一生をかけるつもりですから。時間はありますから」 明日をも知れぬ忍の一生。その現実は誰よりも身に沁みているだろうに、カカシさんは何の迷いもなく言い切った。 俺は堪らなくなって、庭に視線を移した。大きな岩の袂でゆらゆらと揺らめいているのは、池の水に反射している月光か。 怖い。 彼のような男に愛されて、再び一人残された時、俺は果たしてその後生きていけるのだろうか。 「・・・困らせたくはないんです。嫌なら、そう言って下さい」 穏やかな声に、頼りなげな様子が混じる。黙り続ける俺を、きっとじっと見つめている。 「また、こうして一緒に酒を飲んでくれれば、オレはそれでいいんです」 「・・・・・・」 「ごめんなさい。もう、言いません」 何かが、俺の胸に溢れた。 この家で、一緒に食事をし、任務に出る彼を見送り、その帰りを待つ。里を背負って戦う彼が、そんな慎ましやかな事で喜びを感じてくれるなら。 俺を、そんなにまで求めてくれるなら。 俺は、カカシさんに向き直った。 今まで、あなたに甘えてばかりだったけれど。俺に何が返せるのか分からないけれど。 「・・・家賃は入れますから」 俺の言葉に、カカシさんの瞳が大きく見開かれた。 「生活費も、全部折半ですから」 カカシさん。 こんなに長くあなたといて、俺は今日初めて知りました。 あなたは、そんな顔をして、笑う人だったんですね。 「不束者ですがよろしくお願いします」 そう言って頭を下げたカカシさんを、俺は何よりも愛しいと思った。 051029 |
|
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||