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12月。 営業と総務合同の忘年会は、無礼講だよとの社長の言葉通り、ホテルの大広間を借り切って、飲めや歌えやの大騒ぎだ。 様々な種類の酒が次々と運び込まれ、大皿料理を囲んで座敷のあちこちで楽し気な笑い声が上がる。 普段気を詰めて働いている同僚や部下達が、陽気に騒ぐ姿を眺めるのは楽しいが、女性達が入れ替わり立ち替わり、酌をしに寄ってくるのは頂けない。 「えー意外」 今も、酔っているのか頬を蒸気させた総務の女性が二人、牽制なんだか共同戦線なんだか分からない空気加減で、オレの両脇に陣取っている。 「はたけさん、自転車とか乗らなさそうなのに」 「移動は高級外車で、って感じよねー」 ねー、とオレ越しに二人で顔を見合わせる。 「ママチャリっていうの?乗るよ。近所のスーパー行くの、そっちが便利だから」 「スーパー行くんですか?」 驚いた声に苦笑する。 「行くよ。何食って生きてると思ってんの」 「誰か作ってくれる人がいるんじゃないですか?」 作ってくれる人。 探るような視線と口調にうんざりする前に、大切な想い人の、長い黒髪の後ろ姿が脳裏をよぎる。それだけで、淹れたばかりのコーヒーを飲んだ時のように、心がゆるりと温まる。 「うちは、分業だからね」 そうなるようにと願いを込めて、人前で初めて身内を呼ぶ単語を使ってみれば、存外しっくりくるような心地がして、それが余計にじんわりと、胸の一番深いところに染み入ってくる。 今年一番の幸せを上げろと問われたら、オレは迷わず答えるだろう。 あなたに逢えた事。 あなたの側にいられる事。 あなたに関するすべての事が、オレの、何よりの幸いなんだ。 オレが台所に入るのを、イルカさんはかなり嫌がる。 彼の家を訪れればいつも食事を作ってくれるから、せめて食器洗いでも手伝いたいと申し出ても、慇懃に、そして頑なに断られる。 お客様に、そんな事させられません。 そう。イルカさんの中では、俺はまだ、お客様なのだ。 それを寂しいと言ってみても、彼を困らせるだけだと分かっているから、オレはいつも大人しく、台所の隣の居間で本を読みながら、立ち働くイルカさんをじっと待っている。 「ちょっと出てきます」 ふいに台所から顔を出して、イルカさんが言った。 「醤油切らしてるの、忘れてて」 「オレが買ってこようか」 読んでいた文庫から顔を上げて答えると、 「え?」 「スーパーでしょ?場所も分かる。角を右に曲がって真っ直ぐの所でしょ」 「・・・構いませんか?」 申し訳なさそうに眉を下げ、それでも素直に頼ってくれるのが、くすぐったくて嬉しい。 「当たり前でしょ、いつも作って貰ってるんだし。これくらいさせて」 「そんな、大したもの食べさせてませんよ」 「そういう事じゃなくて。あなたが、オレの為に作ってくれるっていうその事実が、オレには何よりのご馳走だから」 イルカさんは、一瞬不意を突かれたような表情を浮かべた後、くるりとオレに背を向けた。後ろ手に、歩くと結構あるんで、と自転車の鍵を渡してきたその耳が、林檎のように真っ赤に染まっている。 かわいい。そう言うと不機嫌になるけれど、やっぱり、かわいい。 このまま、ぱくりと、その耳ごと食べてしまいたい。そう口に出して、実行しそうになるのを何とか堪えて、 「じゃあ、行って来ます」 「・・・行ってらっしゃい」 呟くような声を背に、イルカさんのサンダルを借りて、勝手口から裏庭に出た。 物干しの脇に、古ぼけた自転車が置かれていた。前輪の鍵を開けスタンドを外し、ハンドルを持って車体を押すと、きぃきぃと軋むような音をたてた。 裏木戸を開けて、サドルにまたがったオレは、夕刻を迎えた細い路地へ、ぐいとペダルを踏みこんだ。 自転車なんて、何年ぶりだろう。懐かしさと同時に感じたほんの少しの不安は、すぐに思い出した感覚に馴染んで消えた。 人気のない路地を、オレはスピードに乗って走り抜けた。 吐く息は白く。 頬に当たる風は冷たく。 薄暮の中、流れる冬景色は、少し物悲しく。 自分の体一つで操る乗り物は、その不安定さが爽快だけれど。やっぱりオレの心は、あなたが待つ家に早く帰りたがる。 こうやって少しずつ、あなたに近づいてゆくその実感が、オレの心を温める。 あなたがいるから。 今までの人生で、今年が一番、暖かい冬。 061224 |
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