「オレと、寝てみませんか?」

申し出はいきなり。

それでも、意外な気はしなかった。

「・・・酔ってらっしゃるんですか?はたけさん」

我ながら間抜けな問いかけだと思う。俺が先刻、彼の前に置いたグラスの中身は、全く減ってはいなかったのに。

「酔ってません」

酔ってなんかいない、とはたけさんは、自分に言い聞かせるように繰り返した。

薄暗い店内に、他に客はいない。表の看板の明かりは既に落としてあるから、新しく入ってくる客も無い。

カウンターに座るはたけさんは、いつものようにネクタイを少し緩めた姿で、綺麗な形の指で酒のグラスを囲むように組んで、真っ直ぐに俺を見つめてきた。

バーテンと、週に二度閉店1時間前に一人で現れて、癖のある南米の酒をロックで飲む客。カウンター越しの関係は、彼の最初の来店から、もう半年を過ぎて続いていた。

女性客の視線を集める怜悧な容姿を持つ彼は、彼女達からの誘いに乗る事もなく、むさくるしい30前の男のバーテンに、不釣合いな程懐っこい笑顔を見せた。

交わす会話は、ぽつぽつと穏やかに。そして、いつも俺が閉店時間を告げるより先に、また来ますと席を立った。

その理由を、俺は今日、初めて知った。

「・・・断ったら?」

俺の言葉に、カカシさんは、どこかが痛むような表情に顔を歪ませた。

「どうもしません。もう、ここへは来ない。それだけです」

その声音で、無理に微笑んでいるのだと気付いた。

「振られて、それでも平気な顔して店に来れる程図太かったら、とっくの昔にあなたを犯して、無理矢理自分のものにしてる」

不穏な言葉も、彼の口から聞くと息が詰まるほど切なく響く。

「・・・嫌なら嫌だと、はっきり言って下さい」

俺の無言に、整った顔立ちが、いたたまれない表情を見せる。

「ずっと、オレは・・・ずっと」

ぎ、と握り締めたグラスが、微かに震えている。

ずっと、何ですか?

俺は黙ったままカウンターから出た。彼の視線を背中に感じながらドアに向かい、ノブに手をかけた。

かちり、と俺の手の中で生まれた音は、彼に聞こえただろうか。

この音が、二人と、外の世界とを隔てたのだと、知ってくれただろうか。

これが、俺の答え。

本当は、毎晩、あなたが来るのを待っていた。

あなたと過ごす1時間を、何よりも楽しみに、大切に思っていた。

俺は、ずっと。

あなたが好きでした。

そして、振り返るのと同時に。

俺は、重い木のドアに押し付けられ、深い口付けを受けた。

 

 

 

061224

 

 

 

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