「昨日カカシを見たわよ」

おおっぴらに吹聴する訳ではないが隠してもいなかったカカシさんとの関係が、いつしか周囲の知る所となった頃、受付に座る俺は、見知らぬくノ一からこんな風に声を掛けられる事が多くなった。

「ちょうど8番街の入り口辺りね。随分と綺麗な女性と一緒に、裏路地に入って行く所だったわ」

ほら、連込宿が並んでるあの路地。

そう言って、くすりと口の端を持ち上げるくノ一も、大概が目の覚めるような美人だ。風を切る睫を瞬かせ、やっかみと憐憫の入り混じった眼で、俺をじっと見つめてくる。

彼女たちが俺に何を求めているのかは知らない。知りたくもない。

「あの人、もてますからね」

受付で長年培った営業スマイルには、この程度の揶揄じゃヒビも入らない。

「貸してあげているんですよ」

鼻白んだくノ一の表情に、気が晴れたようなつもりになったのも一瞬だった。

 

 

 

そして、火影の執務室で見た1枚の任務指示書が、俺の鬱屈に拍車をかける。

 

 

 

「ご馳走様でした」

綺麗に空いた皿の前に箸を置き、きちんと手を合わせる仕草は、俺がカカシさんを好ましいと思う要因の一つだ。

年齢に似合わぬ程長い戦場での生活で、兵糧丸では賄えないものの有難さを身を以って知っているせいだろうか。状況によってとことん粗野にもなれるこの男は、こうして一緒に食事を取る時はいつもとても丁寧だ。

「お粗末さまでした」

片付けようとするカカシさんを制して、俺は食器を集めて流しへ運んだ。

重ねたままシンクに置いて蛇口を捻る。勢い良く流れ落ちた水が、食器の縁にかかってびしゃびしゃと飛び散った。

「・・・イルカ先生?」

「洗ったら、お茶淹れますから」

ぼんやりとしていた事に気付き、慌ててスポンジに洗剤をかける。がちゃがちゃと耳障りな音をたてて食器が触れ合い、ごしごしと擦る度洗剤の泡が服に飛び散った。

「イルカ先生」

「・・・そう言えば、明日から里外任務でしたよね。お気をつけて」

しまった。炒め物の皿に茶碗を置いてしまった。

「・・・イルカ先生」

米粒の欠片はすぐに硬くなって、そうなると洗うのが本当に面倒になる。

「ねぇ」

「・・・・・・」

「あなた。今、何考えてんの?」

ざあざあと勢いよく流れる水音よりも大きく声が聞こえた。

ぐい、と肩を掴まれ、強い力で体を返される。俺は、シンクに背を押し付けられるような姿勢で、覗き込むように間近にあるカカシさんの顔をじろりと見返した。

「・・・食器を洗ってるだけです」

俺の返答に、カカシさんの眉間の皺がさらに深くなった。端正な美貌は、その僅かな動きだけでぞっとする程端的に苛立ちの感情を表せる。

「言って」

「・・・・・・」

「今、何を考えてるのか、ちゃんと言って」

茶碗の高台についた炒め物の油の事だよ。それ以外の何があるっていうんだ。

「・・・何も」

そう答えた途端に、色違いの双眸が険を増した。

「いい加減にして」

低く、びりびりした声に気圧され、悔しいけれど足が竦む。

「あなたはね、いっつもそう。何でも全部自分一人。オレには何にも言わないで、全部一人で我慢して。そんな事されて、オレが嬉しがると思ってるの?」

硬い声音が、カカシさんが本気で憤っている事を伝えてくる。意思に反して、俺の視界はゆらゆらと揺らぎ出す。

「恋愛って一人でするもんじゃないでしょ」

畜生。そんな事言われなくたって知っている。分かっているけれど。

「そういうの、ただの独りよがりだとは思わない?」

「言えっていうのか!?」

とうとう。

言葉と一緒に、堪えていたものが溢れ出してしまった。

「昨日の夜は、ここに来ないで何をしていたんだとか・・・Sランクの任務になんか行かないでくれとか・・・そんな事言ったって、あんた、困るだけだろう・・・?」

里を背負って立つこの男の負担にだけはなりたくない。それだけをいつも思っているのに。

こんなに好きにさせてと詰りたい。俺以外見ないでと甘えたい。そんな事を心の奥で願ってしまう自分が、どうしようもなく情けない。

「困らないよ」

俺の肩を掴んでいた腕が、背中に回された。

「困らない。嬉しい」

優しいが断固とした力に抱き寄せられる。

「もっとオレを好きになってよ」

唇が触れ合う程の距離で、眼を細めてカカシさんは言った。

「余計な事考えられない位、形振り構ってられない位、オレの事欲しがって。オレが、イルカ先生がいなきゃ駄目なのと同じ位、イルカ先生もオレがいなきゃ駄目なんだって、ちゃんと、オレに感じさせて」

そういう風に、オレのこと、好いてくださいよ。

潤んだ瞼に、口付けられた。

 

 

 

「・・・水、出しっぱなしでした」

気恥ずかしさを誤魔化すように睨み付けると、ごめんねだの、だってイルカ先生が可愛い事を言ってくれるからだのと勝手を言いながら、カカシさんは残っていた食器を洗い始めた。

腰の奥がいつになく疼く。心が先走った性急さに、自ら潤わない体がついていけなかったのかもしれない。

第一、シンクに縋らされてだなんて、行為そのものより、これからここに立つ度に思い出しそうで困る。

そんな事をつらつらと考える俺の隣で、手際よく洗い物を片付けたカカシさんは、薬缶に水を注いで火にかけた。

「オレは、あなたに対して恥ずかしいとか、申し訳ないと思うような事はしていないよ」

昼間受付で言われた内容を、コトの最中に白状させられていた。

「オレが一日どこでどうしていたのか、任務でなけりゃ、逐一報告したい。それであなたが安心するなら」

でも、あなたは、そういう事を聞きたい訳じゃないよね。

カカシさんは、俺の耳に唇を寄せて、秘密を打ち明けるような囁き声で言った。

「オレは、あなた以外には勃ちませんから」

「・・・な」

「そういう任務に関しては、オレは下忍以下に役立たずですよ」

どこか誇らし気に言うから、面映さと同時に呆れるような気持ちになる。例え、それが。

「ほら。嘘でもいいなんて思ってる」

じれったいなぁ。カカシさんは、そう呟いて口を尖らせた。

「ま、いつかわからせてやりますから、いいですけどね」

お茶淹れましょう、と揃いの湯飲みを並べたカカシさんの向こうで、薬缶から、しゅうしゅうと湯気が上がり始めた。

 

 

 

070215

 

 

 

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