「どこか、行きませんか?」

 

 

 

イルカ先生の家の小さなテレビ画面一杯に、目にも鮮やかに色付いた椛が映し出されている。女性リポーターが賑やかに伝えてくるのは、木の葉よりずっと北にある丹の国の、燃え立つような紅葉の景色だった。紅葉は、今が丁度見頃だそうだ。

台所の流しに向かっていたイルカ先生が、何か言いましたか?と、こちらへ向いた。

「紅葉。今年は特に綺麗だそうですよ」

更に遠景となった画面の中で、燃え立つような紅色の濃淡の帯が、山肌を美しく彩っている。

「あぁ、見事ですね」

イルカ先生が目を細めた。その顔がほころぶ様子を思い描きながら、オレは言葉を続けた。

「イルカ先生も、休暇全然消化してないでしょ?うまいもの喰って、温泉とか、どうですか?」

変われば変わるものだと、自分でも思う。

イルカ先生と付き合う前は、休みを取ってわざわざどこかへ出掛けたいなんて、考えた事もなかった。休暇は、次の任務の準備として体を休め、もしくは過ぎれば毒になる肉欲を紛らわす期間、それ以上でもそれ以下でもなかった。

今は違う。イルカ先生が喜ぶ顔以外に、欲しいものが無くなってしまったオレは、オレがイルカ先生にあげられるものは、全部あげたいと思う。

イルカ先生と同じ時間を、一分一秒でも長く過ごしたい。イルカ先生と同じものを見たい。同じ音を聞きたい。同じ世界を味わいたい。そして、イルカ先生が感じるものを知りたい。オレが感じるものを知って貰いたい。

この欲求を何ていうのかは知らないけれど、オレにとって何よりも大切な二人で過ごす時間が、イルカ先生にとっても幸せなものであって欲しいと切実に願う。

「温泉なら、山もいいけど、海もいいですよね。前に、だるま朝日を見ながら入れる露天風呂の事言ってたでしょ?」

無類の温泉好きだから、提案を喜んでくれると単純に思ったのだけれど。

「いいですね」

テレビから視線をオレに向けて、イルカ先生が言った。

「でも、今の里の状況を考えたら、俺は兎も角、カカシさんを遊ばせる訳にはいかないですよ」

「暁の動きも騒がしいですし、勿論、すぐにって訳にはいかないですけど・・・」

イルカ先生の少し困惑したような様子に、浮き立っていた心が、沈む。

「・・・興味、ありませんか?」

喜んでくれると思ったけれど、オレの独り善がりじゃ意味がない。

「そういう訳じゃなくて」

イルカ先生は、慌てたように首を振った。

「任務の件もそうですけど・・・何となく、勿体無いなぁ、って」

意味が分からなくて首を傾げるオレに、再びテレビを見遣りながらイルカ先生は言った。

「せっかく一緒にいられるなら、二人だけがいいです」

意味が胸に届くのと同時に、気付いた。イルカ先生の耳が、赤い。瞬間、普段言い馴れない、言われ慣れない言葉が、ぐっと色を増す。

「・・・イルカ先生」

「洗濯しとかなきゃ」

台所へ逃げようとする手を捕まえて、強く引き寄せた。よろけた体が、胡坐をかくオレの膝へ落ちてくる。

「ちょ・・・何するんですか!」

暴れる体を優しく押さえつけて、

「そうですよね、外じゃ、好きな時にあなたに触れないし」

言いたい時に、言えないし。ってか、オレはどこで言っても平気だけれど、イルカ先生は本気で怒るし。

 

「好きです」

 

言いたい時に、言いたい。

 

「誰よりも、好きです」

 

伝えたい。知って貰いたい。

 

「俺も、好きですよ」

黒く輝く瞳が、俺を見上げる。その澄んだ黒に映る自分が嬉しくて、オレは引き寄せられるように唇を落とした。

「・・・ちょっと」

触れる寸前に。

「何ですか?」

「駄目ですよ」

イルカ先生のシャツの中に忍び込ませた右手を、イルカ先生が阻む。

「少しだけ」

オレの返答に、俺は午後から仕事なんです、と、イルカ先生は横目で時計を見上げた。

「分かってますって。それ位の分別はありますよ」

失礼な、と笑うと、

「あなた、前科あるじゃないですか」

呆れたように呟いて、それから、

「俺が、分別無くなるかもしれないでしょうが」

伸ばした両腕で、甘い囁きで、抱き締めてくれた。

 

 

 

結局、分別が無くなったのはお互い様だったから、こういう状況になると普段なら怒り心頭になるはずのイルカ先生も、今日は「馬鹿」の一言で収まった。

身支度を整えて一緒にイルカ先生の部屋を出た。一旦路地を東へ進んで、イルカ先生は受付のある西へ、オレはそのまま東へ、

「いってらっしゃい」

「イルカ先生も、いってらっしゃい」

互いに、背を向けて歩き出した。

数歩進んで、オレは足を止め、振り返った。ずんずん歩いてゆくイルカ先生の伸びた背中が、路地の角を曲がるのを見守る。迷いのない足取りは、数十分前までの甘い交わりを微塵も感じさせない。既に自分を待つ仕事のことで頭が一杯なんだろう。

それが寂しくない訳じゃないけれど、ああいう部分も好きなんだからしょうがない。だって、それがイルカ先生なんだもん。

浮かんでくる苦笑を押し殺して、オレも歩き出した。まずは、暗号部に寄って進捗状況を聞いておかないと。後は、五代目に。

―――と。

何かが聞こえた気がして、オレは足を止めた。

顔を上げ、周囲を見回す。降り注ぐ柔らかな秋の日差しの下、穏やかな風が、街路樹を撫でる。里人や忍が行き交い、どこからか子供達の笑い声が聞こえてくる。普段と変わりない、平和な里の風景。

だが。何だろう。びりびりする。背筋を騒がせる違和感を掴みきれなくて、オレは眉を寄せた。

次の瞬間。

耳を貫く轟音が、空気を震わせた。突き上げるように地面が振動し、衝撃が街を揺らした。

これか。違和感が警報に変わる。

聴覚が、爆発が一箇所でない事を知らせてくる。方位は、12時、3時に二つ、4時。そして、7時にも。

爆発の中心に感じる、禍々しい気配。侵入者か。

爆発は、方角も距離も離れている。侵入者なら、複数。結界班がどこまで対応しているかは不明だが、現時点では恐らく遅れを取っている。

石組みの建物が崩れ落ちる音が轟き、人々の怒号と悲鳴が響く。

そしてオレは、見上げた西の空に、確かにそこあったはずの建物が消えて、代わりに黒い土煙がもうもうと立ち上っているのを見た。

 

あの方角は。

 

オレの足は、考えるより先に動いていた。

 

 

 

イルカ先生。

 

 

 

あなたと、あなたが住むこの里を守る為に、オレは在るんだ。

奢っているつもりはないけど、守り抜く力がある自分を、まかせてってあなたに言える自分を、オレは誇りに思うよ。

心配しないで、なんて、言ってもきっと無理だよね。

でも。

どうか。

怖がらないで。

信じていて。

 

 

 

最後には必ず、あなたに、笑って貰うから。

 

 

 

081018初出

090614リメイク

 

 

 

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