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よかった。 寂しい子はもういない。 拳を白くなる程握り締めて、人の輪を遠くから見つめるだけしかできなかった子供は、もういない。 自分の存在を認めて欲しい、ただそれだけを望んで、孤独の涙を必死に隠していた事を知っている。周囲の気を引く為に、悪戯を繰り返していた寂しさを知っている。 その小さく弱々しかった背中は、もうこの里を守れる程に大きくなった。 仲間達に囲まれる、ナルトの笑顔。里を救った英雄と、父親と同じ誉れで讃える声よりも、皆の温かさが嬉しいのだと、その表情は物語っている。 よかった。本当に。 ナルトを囲む輪から離れ、イルカは、そっと目元を擦った。 もう、きっと、この手を繋ぐ必要も無い。 「側に行ってやらないんですか?」 ふいに、背後から声をかけられて、イルカは動きを止めた。 安堵が、胸を鷲掴む。滲む教え子の姿を見つめたまま、イルカは答えた。 「・・・もう、ナルトは一人じゃありません。俺がいなくても、大丈夫です」 でも、と声が言う。 「あいつは、あなたに一番褒めて貰いたいと思いますよ」 足音も無く、イルカの隣りに、声の主が並んだ。 いつも酷い猫背だから並ぶ高さが、今は上にある。埃を纏った銀髪。汚れた忍服。激しい戦いの痕跡を全身に残しながら、カカシは穏やかに、成長した子を見守っている。 ずっと、ぎりぎりで保っていたものが、決壊する。 「今は・・・少しだけ」 イルカは、カカシの肩に額を押し付けた。 「このまま・・・少しだけ」 胸の底から溢れ出してくるもので、声が震える。 「・・・カカシさん・・・よかった」 この戦いで、カカシの身に起こった事を知っている。 カカシの心が、イルカの手の届かない場所へ失われそうになった事を、知っている。 だから、今、この温かさが確かにここにある事に、この世界の全てに感謝したい。 「心配かけて、ごめんなさい」 囁くように、カカシは言った。イルカは、カカシに寄りかかったまま首を振った。 「謝るのは俺の方です・・・ごめんなさい」 「どうしてあなたが謝るの?」 カカシの体温をもっと感じ取れるように、イルカは目を閉じた。 「あなたは、里を守る為に・・・命がけで戦っていたのに、俺は、あなたの無事ばかりを祈っていた」 里の為のカカシの勝利ではなく、自分のエゴ。どんな形でもいい、自分の元へ再び戻ってきて欲しい、ただそれだけを望んでいた。 もう一度、この目で姿を見たい。この耳で声を聞きたい。この手で体温を感じたい。 失ってしまったかもしれないという絶望と、浅ましいエゴの狭間で、何度我を忘れて叫び出しそうになったか。 「嬉しい」 カカシが、微笑んだのが分かった。 「初めてですよね。あなたが、オレにそう言ってくれるの」 今まで、どれ程不安や恐怖に襲われても、木の葉の忍として分を弁えない感情だとひた隠しにしてきたイルカの、本心。 うみの中忍でなく、イルカ先生でもなく、うみのイルカという存在として、ただ、ただ、カカシを恋しがる想い。 「不謹慎だって怒るかもしれないけど、オレはあなたに求められてるって実感できて、堪らなく幸せです」 満ち足りたような声が、触れ合った場所からイルカに響いてくる。 「ありがとう。イルカ先生。・・・だから、やっぱり、ごめんなさい」 宥めるように言うカカシの葛藤は、選ばれた者だけが持つ責任と表裏だ。それを分け合えない自分を辛く情けなく思うけれど、それでも、こうして求められて、隣にいられるなら。 「どうか、謝らないで下さい」 目を開き顔を上げ、イルカはこちらへ向いたカカシと視線を合わせた。 「あなたが、ここに帰ってきてくれた。俺には、それだけで充分です」 お帰りなさい。 カカシさん。 「イルカ先生!」 呼びかけに顔を向けると、人の輪の中から、ナルトが、じっとこちらを見つめていた。 その表情に、幼かった頃の面影を見て、イルカは再び熱くなった目を細めた。 授業で教えた術をクラスでただ一人覚えられなくて、放課後に何度も何度も練習して、やっと成功したと報告しに来た時の顔。誇らしさと、誉められ慣れていない故の、どこか不安げな眼差し。認めて欲しいと、おずおずと差し出された小さな手。 「よくやったって、言ってあげて。イルカ先生」 カカシの優しい手が、イルカの背中を押す。 一歩踏み出したイルカは、 「ナルト!」 駆け寄ってきたナルトを、広げた両手に、笑顔で迎え入れた。 090613 |
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