road


★注意★
カカシさんの勝手な思い込みですが、ナルイル的表現があります。苦手な方はご注意下さい。















「何で、あいつは、あんなになっちまったんだろ」
ぽつりと、ナルトが呟く。
「父ちゃんも母ちゃんも、友達もいるのに、どうしてあいつは、あんな事したいと思ったんだろ」
おれだったら。ナルトは、じっと天井を見上げたまま、暫く黙り込んだ。
「何でだろうな」
イルカも仰向けに寝返りをうって、ナルトの横顔から天井板に視線を移す。カーテンの隙間から入り込む月の光が青白く室内を照らしている。普段ナルトはベッドを使うが、イルカが泊まる時は、床に敷いたイルカの布団の隣に寝具を下ろして並んで眠るのが、ナルトが幼い頃からの習慣だ。
 部屋に帰ってきた時の様子から、何かあったのだろうと薄々感じていた。急に泣き出した時は肝が冷えたが、表情は落ち着いていたから、イルカからは何も問わなかった。食事をして風呂に入り、明かりを消して少しかび臭い布団に潜り込んだ後、ナルトが先生、と呼びかけてきた。
 ナルトが語る言葉を、イルカは黙って聞いた。恐らく、イルカに話す事でナルト自身が心の整理をつけているのだろう、時に饒舌に、時に言葉を選びながら、ナルトはイルカに語った。そして最後に、何で、と問うた。
 あの世界のナルト(メンマという名前だったらしい)は、ナルトがずっと欲しがっていたものを持っていた。温かく優しい両親、存在を当然として受け入れてくれる里、友人。
 そのうち二つを、ナルトは自分の力で手に入れた。里からの信頼、そしてかけがえのない友達。しかし、既に亡くなった両親だけは絶対に戻らない。
 だからナルトは自分に問う。自分の影でもあるメンマに問う。お前は一体何を欲しがっていたんだ。おれだったら、と問いかける。
 ちらちらと、青い光が揺れる。月が雲に隠れ、再び現れる。空はきっと風が強い。
「あっちの世界で、俺は何してた?」
イルカの問いに、分かんね、とナルトは小さく首を振って、うつ伏せに体を返した。
「おれも、最初の夜にイルカ先生探したんだけどさ、とりあえずアカデミーにはいなかった。先生のアパートは別の建物になってたし」
ナルトの両親が生きている世界。ナルトは当然に守られ保護されている世界。その世界で、ナルトにはイルカは必要ない。それに気づいて、ぞ、とイルカの背筋が震えた。先生寒い? とナルトの青い瞳が気遣わしげに細められる。
「…いや、大丈夫だ」
逆も言える。イルカにも、両親が健在のナルトを気遣う理由は無い。例え、この世界と同じ教師と生徒という間柄であったとしても、その関係を超える事は決してないだろう。
 狐つきと罵られながらナルトを守る必要がない生活。もしもの世界を想像しようとしたがうまくいかない。何となく指先が冷たくなる。見慣れた天井を眺めながらイルカはそっと息をついた。ナルトが家族の温かさとしてイルカを求めたように、イルカも、ナルトの存在に同じ安らぎを見出している。
「もし、あの時、あいつが里を襲って来なかったら」
ナルトは両手を枕に組んで顎を乗せた。
「おれは、もしかしたら、ずっとあの世界で暮らしたいと思ったかもしれない。こっちの世界を忘れて…イルカ先生の事も」
まるで断罪を待つ懺悔のような声に驚いて、思わず隣の横顔を覗き込む。僅かに寄った眉と尖った唇に、これをイルカに告げたかったのかと悟る。
 イルカだって、きっと同じだ。もし、父と母が生きていたら。生きて、イルカ、と名を呼んでくれたら。イルカだってきっとこのままと、帰りたくないと願ってしまうだろう。
「でも、お前は帰ってきた」
それがナルトの強さだ。命懸けで我が子を守り抜いた両親から受け継いだ、誇り高き魂だ。
「嬉しいよ。お前が、帰ってきてくれて」
手を伸ばし、金色の髪にぽん、と触れる。くすぐったそうに肩をすくめたナルトは、にしし、と幼い頃のように笑った。



「泊まったんですか?」
声は静かだが、カカシが怒っているのはその表情から一目瞭然だった。
「オレ以外の男と、一緒に寝たの?」
思わぬ言葉にぎょっとして、ちゃぶ台に置いた湯飲みが揺れる。
「妙な言い方しないで下さい。ナルトですよ」
「16歳の、男です」
「だから何ですか?」
「俺があいつの年の時は、もう『男』でしたよ」
衝動のままに一度口を開き、すんでで飲み込んだイルカは、カカシに向かって姿勢を正して座り直した。
「言いたい事があるなら、はっきり仰ったらどうですか? 俺が、ナルトと、どうこうなると本気で思ってるんですか?」
言いながら、自分の言葉に悪寒が走る。考えられない。考えたくもない。
「………」
カカシの沈黙は肯定だ。イルカは湧き上がる腹立ちを堪えようと深くため息をついてみせた。
「話になりませんね」
「誤魔化すんですか?」
淡々と言い返されて、ついに、ぶちん、と頭の中で何かが切れた。
「見当違いも甚だしいです。俺と、ナルトに対する侮辱だとは思いませんか?」
「可能性は、ゼロじゃないと思ってます。むしろ」
「むしろ、何ですか?」
「あなたはきっと、最後の最後では、ナルトを選ぶ」
静かな表情で告げられた言葉に、冷たい水を頭から掛けられたような気がした。その氷のような衝撃に全身が急速に冷えて、それから目の前が真っ赤になった。怒りだ。沸騰を一気に通り越して、爆発寸前まで膨張した憤怒で、頭の中がぐらぐらする。
「ナルトは、俺の家族です」
余りの怒りにイルカの声が知らず震える。
「息子とも、弟だとも思っている。あいつがこれからどんな未来を創るのか、それが俺には何より楽しみなんです。あいつが成長して、伴侶を娶って、子供を作ってくれたら、きっと我が子みたいに可愛いだろうって」
自分の子供は持てない。だから、という訳ではないが、ナルトの子供を是非この手に抱いてみたい。イルカの密やかな願いだ。
「俺にとって、ナルトはそういう存在なんです。あなたが心配したり勘ぐったりする必要は何もありません」
言い切ったイルカに、しかしカカシは硬い視線を向けるだけだった。そうですか、とイルカは腕を組んだ。
「つまり、あなたは、俺が信じられないんですね」
ようやくカカシの表情が崩れた。目元が微かに震え、色違いの瞳が僅かに伏せられた。
「それを言うのはずるいです」
「ずるいって何ですか? 俺が何を言っても信じられないんでしょう?」
「そうじゃ、なくて。不用心だって言ってるんです」
「家族と一緒に眠るのが、何が不用心ですか?」
「だから」
「それに、今は俺の気持ちの話をしているんじゃないんですか? ありもしない前提の元での憶測とごっちゃにしないで下さい」
憶測、と口の中で言うカカシを睨みつける。
「不用心だと言うのは、ナルトが、俺に対して…そういう気持ちを抱いているというあなたの憶測が前提でしょう? その憶測に根拠はあるんですか?」
ぐ、と何かを飲み込むようにカカシは顎を引いた。視線が恨みがましいものになる。その眼差しを真っ直ぐに受け止めて、
「どんな理由であれ、あなたを不安にさせた事は謝ります。ですが、俺の伴侶は、カカシさん、あなたです。あなた以外には誰もいない。それは分かってください」
数秒見つめあった後、カカシの頬から力が抜けた。その唇が、もし、と動く。
もし。その先に続く問いは考えるだけで悪寒が走るような仮説だが、くだらない推測だと一蹴してもカカシは納得しない。受け止めて誠実に返すしかない。
もし、万が一、そういう状況になったなら。
「勿論、拒否します。力づくでこられたら、今の俺ではあいつには敵わないでしょうけれど、絶対に、全力で、拒みます。何があっても、最後まで」
俺の全部は、あなたのものだ。
伸びてきたカカシの腕が、イルカの肩を抱き寄せる。ぎゅう、と力の篭った掌が痛い程だ。
「謝りませんからね」
拗ねたような声が髪に触れる。
「気に入らないのは変わりませんから」
寄せられた頬に笑いかけてから、その白い耳を摘んで引っ張ってやる。
「いてっ」
「どうぞ勝手にして下さい」
甘えてくれているだけなら、いくらでも構わない。
 お返しとばかりに、顎先に柔らかく歯をあてられたから、ずらして唇で受け取る。やだな、と舌の向こうでカカシが囁いた。
「何がですか?」
「言いません、悔しいから」
「悔しいですか?」
「だって、オレばっかりだもん」
そんな事ありませんよ、とイルカはカカシから吐息を奪った。
「俺をこんなに怒らせるのは、この世界であなただけなんですから」


(13.04.28)


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