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『デモ/ンズソウル』
騎士ガ/ル・ヴィン/ランド×聖女アスト/ラエアで、カカイル。
  

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   すべての不浄を受け容れるものが、最も不浄であるのは当然のことである


   悲鳴が聞こえた。
  と、すぐに静けさが戻る。
   汚れた世界の底の底に、真の静寂は訪れない。
  この谷底には、苦痛と怨嗟に満ちた人々の呻き声が空気のように常にあり、もう意識にさえ上らない。
   悲鳴が、怒声が、渇望の声が、大気を赤黒く染めている。その中に、亡者の弱々しい足取りでは無い、確かで力強い足音を聞きとったカカシは、腰を掛けていた岩から立ち上がった。
   足元で赤い水が波紋を作り、腐臭が鼻腔を掠める。傍らに同じように腰を下ろし、眼を閉じていたイルカが顔を上げた。
   「カカシさん」
   「すぐに戻ります」
   身長程もある大剣を負い、歩き出したカカシの背に、 「どうぞ、ご無事で」
   祈る様な声がかけられる。
  カカシは小さく頷いて、黒く塗りつぶされた遠い空を見上げた。
   常人ならば足を濡らしただけで侵される毒の沼。その血溜まりのような沼の奥では、人の赤子のような赤い生き物があちこちで、こちらを窺いながら蠢くのが見える。谷の上部から流れ落ちてくる汚水の袂では、ソウルを失った亡者達が、祈りのような渇望のような声を上げていた。
   眼を背けたくなる様な不浄。それでも、カカシにとっては、どこよりも満ち足りた世界だ。
   切り立った崖に刻み込まれた細い道を登った。その中ほどで立ち止まる。
  道の先、見上げても見えぬ高みから下って来たのは、まだ年若い青年だった。
   「……こちらに、いらっしゃったのですね」
   瘴気漂うこの地底でも、青年の鎧は耀きを失っていなかった。
  珍しい。カカシは眼を細めた。ここまで来る者は数多の敵を屠りデーモンと対峙して、大抵血反吐と淀みで身も心も穢れている。余程腕がたつのか、それとも、単に臆病なだけか。
   「誰だ?」
   カカシの問いかけに、青年は頭を下げて軍での最上位の礼を見せた。
   「王子をお迎えにあがりました。聖堂騎士団団長はたけカカシ様」
   長く耳にしていなかった敬称だ。そう呼ばれていた頃の思い出は、もう記憶の底で朽ち始めている。
   「デーモンとなった王子を迎えに来たと?」
   青年は顔を上げ、やはり、と呟くように言った。
   「ならば」
   すらりと、腰の刀を抜いた。切っ先は僅かの隙も見せず、真っ直ぐカカシに向けられる。
   「デーモンのソウルは、人外の力を持つという。それを、手に入れれば」
   青年の眼に激しい炎が燃え上がるのを見て、やはりな、とカカシは冑の下で唇を歪めた。背に負った大剣を、手に構える。
   己の欲望の為にこの地獄までやってくる、そんな輩に。
   「あの人を、殺させはしない」
   この不浄の世界で、見捨てられた者達の為だけに生きているあの人を、永遠に守り抜く。
   例え、相手が神であろうと。
  


  カカシがイルカと初めて会ったのは、建国記念の宴の席だった。
   歴代の王族親衛隊隊長を務め、高位の貴族でもあるカカシの家は、政治舞台でも社交界でも王国の中心にあった。
  後継ぎであるカカシも、現当主である父親譲りの剣技と国外の大学を首席で卒業した頭脳で、国の将来を担うと期待を寄せられ、第一王女との縁談が密かに進められているという噂は、社交界ではほぼ真実のように語られていた。
   旅の吟遊詩人に星を従える月の光だと謳われた端正な容貌を持つカカシは、文字通り社交界の華だった。第一王女との噂が流布して以来、流石にあからさまな誘いは無くなったものの、熱い視線は相変わらずあちらこちらから寄せられる。
   「罪な男だな」
   カカシと同じ貴族の出身で共に大学へ通ったアスマが、からかう様に笑った。
   「そろそろ身綺麗にしておけよ。いくらやんごとない身分の方でも、嫉妬心は下々と同じようにお持ちだからな」
   それを受け流していたカカシの眼は、ふと、絢爛な大広間の隅に立つ一人の男に吸い寄せられた。
   長い黒髪を結い上げた、鼻梁をまたぐ傷が目立つその面差に見覚えは無かった。年齢は恐らくカカシと変わらない。慎ましい黒い衣装を纏いながらその姿が何故か光り輝いているように見えて、眼が離せなくなった。
   「珍しい」
   カカシの視線を追って、男を見たアスマが呟いた。
   「普段はこんな華やかな場には殆ど出ないんだが、父王主催の建国の宴となれば顔を出さざるを得ないんだろうな」
   それが、国王の第五王子であるイルカだった。
   亡くなった母親の身分が低く、政治的に顧みられる立場では無かったが、イルカ本人は寧ろそれを喜んで、医療と教育の道を志して国教会に所属している、とアスマは続けた。
   「全く王族らしくなくてな、寝る間も惜しんで医者を手伝って、孤児院の子供達には読み書きを教えている」
   カカシの視線の先で、イルカは手の中のグラスを玩びながら、着飾った男女が談笑する宴の場をじっと眺めていた。時折話しかけられて、鼻の傷を掻きながら短く受け答えを返している。そっけないのではなく、慣れていないが故の居心地の悪さが言葉を少なくしているようだった。
   浮かぶその笑顔は、とても優しく、温かい。
   そう感じた瞬間、何かがカカシの心臓を貫いた。
   カカシは、アスマが呼び止めるもの聞かず、イルカの元に歩み寄った。
  イルカの瞳がカカシを捉え、驚きに見開かれたその眼差しと一瞬見つめ合った。
   「初めてお目にかかります。はたけカカシと申します」
   王族に対する礼としてその前に膝をついたカカシに、 「どうか、立ち上がって下さい」
   低く穏やかな声と共に、掌が差し出された。
   「お噂は伺っています。はたけさん」
   「カカシとお呼び下さい」
   カカシは、差し出された指先にそっと触れた。伝わってくる体温に、心臓が音をたてる。
  立ち上がったカカシの手からその温かさは離れ、代わりに微笑みを浮かべた黒い瞳が向けられる。
   「・・・カカシさん」
   照れたように、イルカはカカシを呼んだ。
  
  翌日カカシは、イルカが所属する国教会を守る聖堂騎士団へ志願した。
  
  思えばもうこの時には、選ぶ未来は決まっていたのだ。
  


  イルカが腐れ谷に行きたい言い出した時、止める者は誰もいなかった。
   色の無い霧に覆われた王国は荒廃の一途を辿り、国家としての機能も既に立ち行かなくなりつつあった。絶望が全土を覆い、世界は拡散しつつある。
  原因となった古の獣を世に放った国王は、城の奥深くに籠ったまま誰にも姿を見せず、既に正気を失っているのではと噂されていた。
   「見捨てられた民が住む不浄の谷に、どうして、あなたが」
   教会の小さな部屋で、身支度を整えるイルカに、カカシは言った。腐れ谷はその名の通り、不治の病や怪我に侵され、国教会にさえ見捨てられた民が、塵と共に流れ着き、ただ死を待つだけの場所だ。
   「だからこそ、医療と神の加護を必要としています」
   イルカは笑った。柔らかな眼差しに固い決意が見える。
  迷わず、カカシはイルカの前に跪いた。
   「お供いたします」
   イルカが短く息を詰めたのが分かった。
   「……あなたは、姉との婚儀を控えている身です」
   「今の国の状況では、そのお話に意味はありません」
   「……」
   「私は聖堂騎士です。あなた様をお守りするのが役目」
   カカシは胸の中で呟いた。
   王女との結婚という拒む事のできない未来から解き放たれたと、それを何よりも幸いに思っているのだと知ったら、あなたは何と言うだろうか。
   初めて会った時から、この心にあるのはあなただけだと告げたら、何と答えてくれるだろうか。
   今は只、共にある未来を選べる喜びを噛み締める。
  例え行く先が地獄だろうと、あなたの隣にいられるならきっと、そこが唯一つの楽園だ。
   「どうか、私に、あなた様をお守りする栄誉をお与え下さい」
   カカシは、イルカが纏うケープの裾に口付けた。
  


  血に濡れた刀を振り、再び背に負うと、カカシはイルカの元へ戻った。
   一点の曇りも無かった青年の鎧は自らの血で深紅に染まった。死体は谷の民と魔物達が跡形も無く始末するだろう。
   静かに祈りを捧げていたイルカは、カカシの姿に安堵の笑顔を見せた。
   「よかった・・・」
   その胸には、まばゆいばかりの光が抱かれていた。ソウルだ。
  腐れ谷の住人は、苦痛をもたらす思考から解き放たれるため、自らのソウルをイルカに献じている。
  イルカは、神から見捨てられた人々の為に、ソウルを受け入れるデーモンとなったのだ。
   そして、先程の青年のように、デーモンの中に蓄えられた無限なる力を求める者が、この谷を訪れる。彼らからイルカを守る為、カカシもデーモンとなった。
   迷いも後悔もない。
   あるのは、永遠への幸福だ。
   カカシは、先程と同じようにイルカの傍らに腰を下ろした。イルカの隣で、その体温を感じながら、眼を閉じる。
   「ありがとうございます。カカシさん」
   慈しみに満ちた声が、カカシを包む。
   「あなたがいるから……俺は……」

   地獄そのもののようなこの場所で、永遠に、二人。
   信じる神からも見捨てられ、ただ、幸福に生きている。
  


  楔の神殿で語る者がいる。
   哀れな貧者を救済するために腐れ谷にてデーモンとなった男がいると。
   彼の傍らには暗銀の騎士の姿があり、騎士はただひたすらに守るもののために戦い続けていると。
  








2010.02.14

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