golf

プ/ロゴルファーカカシ×キャ/ディイルカ。


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  その小さな白球は、軽やかな音と共に弾丸となり。
   真っ青な空を貫き、新緑に囲まれたフェアウェイへ。
   行方を見守っていたギャラリーのどよめきが、割れんばかりの拍手となる。
  ドッグレッグを軽く超えるその桁違いの飛距離と、これ以上ない位置へのコントロールは、男が、優勝へ大きく近づいた事を示している。
   だが、男は、陽光に輝く銀色の髪の下、その涼しげな眼差しでボールの行く先を眺めただけで、後はいつものように、静かな所作でクラブを差し出した。
   受け取るのは黒髪のキャディだ。
  クラブを手早く拭き、記録を取り、歩き出した男の後をついてゆく。
  その伸びた背中で、重さ数十キロのハードバックが揺れる。
  


  約10年前、男は、史上初めてオーガ/スタをプロ1年目の17歳で制した。
  その記録は今も破られていない。他のトーナメントも合わせた最年少優勝数も然りだ。
   男は、その後も次々と驚異的な記録を打ち立てた。年間優勝回数、最高獲得賞金の記録は、恐らく彼自身にしか破れないだろうと噂され、その端正な容姿が人気に拍車をかけた。
   だが、世界の頂点に君臨していたはずの男は、ある年ふいに、プロトーナメントの世界から姿を消した。
   怪我か、それとも、当時騒がれていたハリウッド女優とのスキャンダルの為か。
  憶測は憶測を呼び、世界中のマスコミが男を探し回った。
  だが、男の故郷である日本にもその姿は見つけられず、そのまま数年が経過した。
  男の記憶は、次第に、残された記録になりつつあった。
   だが、今年。
   男は再びトーナメントに戻ってきた。
   一人の、黒髪のキャディを伴って。
  


  戻ってきた天才のゴルフを余すところ無く見たいと、フェアウェイを歩く男に従って、黒山のギャラリーが移動する。
   その一挙手一投足に視線が集まる。恐らく全世界に放送されている中継のテレビカメラも、男の姿を追っているだろう。
   黒と白のウェアに身を包み、銀色の髪を陽光に輝かせる男の背中は、自信以上の確信に満ちているようで、黒髪のキャディはその姿を眩しいような想いで見つめていた。
  


  木の葉ゴルフクラブのレッスンプロとして働いていたイルカは、1年前のある日、オーナーである猿飛に呼び出された。
   広いオーナー室に入ると、猿飛の他にもう一人、男がいた。
   その男の顔を見て、イルカは驚いた。
   はたけカカシ。ゴルフに僅かでも興味がある者で、カカシを知らぬ日本人はいない。数々の記録を塗り替えた100年に一人の天才に、イルカも密やかに憧れの気持ちを抱いていた。
   だが、数年前からトーナメントに出場しなくなっていたはずだ。引退した、という噂も聞いた。
  その男が、何故ここに。
   イルカの問いは、すぐに答えを与えられた。
   カカシは、イルカを、専属のキャディとして望んだのだ。
  


  確実という名の守りに入ることなく、ガードバンカーなど見えぬかのようにイーグルを狙うカカシのゴルフに、会場は感嘆と賞賛を贈る。
   白球はグリーンに乗り、フェアウェイからではピンフラッグしか見えないカップへと転がってゆく。
     「ちょっと、弱かった」
  その小さな呟きを、クラブを受け取るイルカだけが聞いた。
   思わずその顔を見ると、悪戯に失敗した子供のような顔で、カカシは笑っていた。
   その眼には、このビックトーナメントの優勝がかかったホールというプレッシャーは微塵も見えない。
   だが。
   「優勝したい、だけじゃないからね」
  そうイルカに囁く声は、強い決意に満ちていた。
  


  カカシがイルカを求めたのは、グリーンの上だけではなかった。
   ―――優勝したら、抱かせてくれる?
   昨夜、初めて、言葉で伝えられた。
   ―――オレだけのものに、なってくれる?
   どうして?そう問い返したイルカに、カカシは、
   ―――好きだから。
   真っ直ぐな、視線を向けた。
   ―――オレは、ゴルフしか能がない。そんなオレが、ゴルフを辞めざるを得なくなって……死んだも同然だったオレに、あなたが命をくれたんだ。
   そんな大層な事はしていない。俯いたイルカに、
   ―――返事は、明日、トーナメントが終わってからにしてくれる?
   グリーンの上での自信に満ちた表情には遠い、迷い子のような顔で、カカシは言った。
   ―――どちらにしろ、オレにとってあなたは、生涯ただ一人のキャディだから。
  


  2段のグリーン。残すは、8メートルのロングパット。
   カラーの脇にしゃがみ、じっとグリーンを見つめていたカカシが、ゆっくりと立ち上がった。
   後ろから同じようにグリーンを読んでいたイルカを振り返り、僅かに首を傾げる。
   「スライス」
   イルカは告げる。
   「ここからだと、傾斜が二重になっています。それに、カップ近く、僅かですが芝が荒れています」
   魔女の棲む、ガラスのグリーン。丁寧に手入れされ、一見滑らかに見える芝は、しかし、四日間の激戦で、確実に乱れている。
   イルカの言葉に、カカシは満足気な笑みを浮かべた。
   「……ジャケット」
   イルカの耳元に唇を寄せる。
   「はい?」
   「本当は、あのジャケットをあなたにあげたいけれど、やっぱりまずいよね」
   イルカは飛び上がりそうになった。
   「あ、当たり前です」
   この状況で、この人は何を言っているんだ!  慌てるイルカに、カカシは心底嬉しそうに笑った。
  
  「見てて」
   あなたの為に。
   ただ、それだけ言って、カカシは一人、緑の舞台に上ってゆく。
  


  青い空に轟く、万雷のスタンディングオベーション。
   頂点に立った者に捧げられる、最大の賛辞。
   血の滲む努力を従え、気まぐれな運を手なずけ。
   栄光の中で、彼は、その小さな白球を天に掲げる。
   その視線は、ただひたすらに。
   傍らで彼を支えてきた、一人のキャディに向けられていた。
  








2010.02.13

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