「イルカの愛を試そうとしたカカシの為に、両親の残してくれた家を売ってしまうイルカ」




想像していたより、ずっと小さな家だった。
木の塀に囲まれた門には、金属の門扉がついていて、動かすときい、と微かに音をたてた。
木造の家屋は低い平屋で、瓦葺の屋根の向こうに、夕日が沈んでいくのが見える。狭い前庭には、刈り込まれた低い庭木が植えられていた。
門扉から飛び石が続いた先が、玄関だ。
磨硝子が嵌めこまれた古い引き戸には、一枚の紙が張り付けられていた。
そこに黒々と書かれた「売家」の文字を、カカシは、呆然と見つめた。

確かに、全部捨てろと言ったのはカカシだ。

カカシ以外にも心を向ける相手が沢山いるイルカと、大切な存在はイルカしかいないカカシ。
その眼に見えない違いは、ようやく想いが通じたと舞い上がっていたカカシの心を醜い独占欲で満たすには十分だった。
自分だけを見て欲しい。
自分の事だけ考えていて欲しい。
我儘な子供じみた願いだと自覚しているからこそ、その想いはカカシの心で歪に捻くれた。
オレの事好き?オレだけ好き?
自分でも鬱陶しいと思いながらも問わずにはいられなかった。
そして、ついに1週間前、任務に出るカカシを見送るイルカに、はっきりと口に出して言ってしまった。

オレの事が本当に好きなら、大切にしているもの全部捨てて。

その時のイルカの表情を思い出す度に、自分をどこか遠くへ投げ捨ててしまいたくなる。
「・・・っ」
思わず、手甲の両手を握り締めた。
自分の愚かさが、現実として目の前で、風にひらひらと揺れた。

きぃ、と聞こえた微かな音に、カカシは弾かれたように振り返った。
「・・・お袋が言ってた事を思い出したんです」
茜色の残照の中で、イルカは、確かに微笑んでいた。
「笑顔しかない人生なんかないって。大きな笑顔の裏には、同じ深さの涙があるんだって。喜びには悲しみ、苦しみには幸福・・・何かを得たいなら、得たいものと同じ価値のあるものを失わないといけないって」
ガキの頃ですから、実際意味はよくわかっていなかったんですが。
「あなたに全部捨てろと言われた時に、思い出したんです」
飛び石をじりりと踏んで、イルカはカカシの隣に立った。
「あなたを手に入れる為には、同じだけ、大事なものを手放さないといけないんだと」
違う。
カカシは首を振った。
イルカが両親と暮らしたこの家と、子供時代の幸福な思い出。それは、愚かなカカシとは比べものにならない、かけがえのないものだ。
「覚悟、です」
イルカは言った。
「あなたとこれから生きていきたいなら、それだけの覚悟を決めろと、お袋に言われたみたいな気がしたんです」
「・・・・・・」
「あなたを全部引き受けるつもりがないなら、ここで止めてしまえという事だと」
そしてイルカは、選んだのだ。
その結果が、二人の目の前で、風に揺れた。
「・・・先生は、馬鹿です」
俯いて、小さく呟いたカカシに、そうですね、とイルカは笑った。
伸びてきた手が、カカシの垂れ下がった左手を握る。
「でも」
本当に大切な二つのものだけは、どうしても、あなたが何と言おうと、捨てられないんです。
「忍である俺と、あなたを、誰よりも好きだという気持ち」
そう言って、に、と歯を見せたイルカの笑顔が眩しくて、本当にどうしようもなくて、カカシは絡ませた指に力を込めた。


その小さな家に買い手がついたのは翌日の事。
用意された銀色の新しい鍵は二つ。






人差し指様 ありがとうございました!

2010.11.16

  Designed by TENKIYA
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送