「イルカ先生に媚薬入りの酒をに飲ませてダウンするほど搾り取られるカカシ」




「で?」
そう言って小さく息をついたイルカ先生は、
「あなたは、何が不満なんですか?」
やっぱり、怒っていた。

起き上がり、ベッドの端に腰掛けたイルカ先生は、逞しい腕を延ばして、ベッドサイドの引き出しから煙草とオイルライターを取り出した。
基本吸わないこの人が煙を欲しがるのは、苛立っている時だと知っているオレは、布団の下からそっと、その横顔を伺う。
長い黒髪はぼさぼさに乱れて、肩に素っ気なく流れ落ちている。
目の淵はまだ赤く充血して、下睫毛の影にはうっすらと浮かぶ隈。涙の跡が残る頬から、微かな陰りのある顎、そして丸く喉仏が浮かぶ首元。骨ばった鎖骨から続く肩口に、自分がつけた噛み跡を見つけて、胸の奥が温かく、そして、どこか猛々しいもので満ちる。
オレのもの。
しなやかな筋肉に覆われた手足も、硬く弾力のある肌も、全身に走る大小の傷跡も、全部、オレだけのもの。
唇で吸い上げる度に、イルカ先生が切ない声を上げた場所には、全部、ちゃんと印を残している。
背中側の腰骨の上と、腿の付け根につけた痕には、きっと、先生自身も気付かない。
そうやって、オレだけのものだと、安心する。
昨夜の先生の様子を思い出して、つい口元が緩んだ。
敏感になった身体に翻弄されて、オレにしがみついて何度も絶頂を迎えるイルカ先生の、その泣き顔の色っぽさといったら。
オレが、腕を上げるのも億劫な程、頑張ってしまったのも当然でしょ。
「聞こえてますか?カカシさん」
じろり、と見下ろしてきた黒い瞳に、思わず布団を鼻まで引き上げた。
「はい。
聞こえてます」
不満なんてある訳が無い。
ずっとずっと片想いしていて、何度も何度も告白して、その度に断られて、それでも諦められなかったあなただもの。
しつこいオレに根負けして、こうしてお付き合いしてくれるだけでも嬉しいのに、本当の恋人同士みたいに誠実に、オレに向きあってくれる情の深いあなただもの。
・・・ただ。
その、不満っていうのとはちょっと違うと思うんだけれども。
希望というか、ちょっとしたお願いというか。
こうしてくれるととってもとっても嬉しいな、みたいなものは・・・はい、確かにありました。
だから。
「あれ」
煙を吐き出したイルカ先生が、ぼそりと言った。
「どこで手に入れてきたんです?」
あれ、というのは、隣の居間の、ちゃぶ台の上にある焼酎の事だ。
正確に言えば、オレが手土産として持ち込んだその焼酎に仕込んでおいた、とある薬の事だ。
「貰い物です。その・・・イビキから」
その名を聞いて、はぁ、とイルカ先生は大きくため息をついた。
「で?」
「で?」
オレの返答に、びき、とイルカ先生の眉がきつく寄ったから、オレは更に、布団に目元まで潜った。
そっと伺うと、イルカ先生は床に視線を落として、再び煙草を咥えて煙を吐き出した。
口元を、掌で覆うようにして煙草を吸うのは、本当に言いたい事をそうやって、飲み込んでしまおうとしているからかもしれない。
その手を引き剥がして、煙草を取り上げるのは簡単だけれど、無理矢理に露にした唇が真実を話すことは決してない。
だから、オレはじっと待った。先生のこんな沈黙は、嫌な予感を連れてくるから、心臓が痛くなる程に嫌いだけれど。
「・・・つまらないなら、そう言えばいいんです」
ようやく、煙と一緒にイルカ先生が吐き出した言葉に、オレは首を傾げた。
「つまらないって、何がです?」
「俺とやるのが、つまらないんでしょう?」
低い、つっけんどんな口調の根元が、震えている。
「つまらないから、あんな、媚薬なんて使ったんでしょう?いつも、俺ばっかりがよくなって・・・俺は、あなたが不満に思ってるなんて全然知らなくて・・・」
間抜けだ、とイルカ先生は呟いた。
「あなたの気に入るようにできる自信はないですけど・・・何なら、女に化けたって構わないのに」
「どうしてそうなるんですか?」
慌てて起き上がり、オレはイルカ先生の腕を掴んだ。
「つまらないなんて、そんな訳ないでしょう?」
イルカ先生の肌に触れる度、オレがどれ程高揚し、興奮しているか。
先生と深く交わり合って、どれ程の歓喜と幸福に満たされるか。
「それに、先生は女の人が好きなのに、オレを受け入れて、抱かせてくれる。それだけでオレは、本当に幸せなんです」
オレを見返すイルカ先生の目元に、赤みが増したように感じたのは、気のせいだろうか。
「それは、ちゃんと分かってるんですけど・・・魔が差したというか、ちょっとだけ、欲が出ちゃったんです」
とても視線を合わせていられなくて、オレはイルカ先生の肩に額を押し付けた。
もし。
「・・・もし、先生が本当にオレの事好きになってくれて、オレの事しか見えてないみたいに、我を忘れて求めて貰えたら・・・とってもとっても、嬉しいなぁって」
昨夜、きつい媚薬で理性を失ったイルカ先生は、まるで世界にオレだけしかいないみたいに、激しく深く、オレを欲してくれた。
「本当に・・・そうなったらいいなって思って、つい、使っちゃったんです。ごめんなさい」
オレだけを求めて伸ばされる腕。オレの為に開き、濡れてしなる身体。オレの名を縋るように呼ぶ声。
その無心な姿が、涙が出る位に嬉しくて、嬉し過ぎて胸が痛かった。
オレとは付き合えないと、何度も何度もオレの告白を断ったイルカ先生。
女の人が好きなイルカ先生。
先生の事が好きで好きでどうしようも無いオレに根負けして、恋人の真似をしてくれるイルカ先生。
一緒にいられるだけで嬉しくて、幸せで。
毎日が天国だと思うけれど、たまに、少しだけだけど、喉の奥が苦しくなることがある。
嬉しいのに、幸せなのに。その熱い塊を飲み込むのが堪らなく辛い時がある。
・・・そんな事思ったら、罰が当たるよね。
と、額を押し付けていたイルカ先生の肩が、ぶるぶると震え始めた。
驚いて顔を上げると同時に、ぱん、という音が聞こえて、右の頬が熱くなった。
「え・・・」
殴られたのだと理解するのに、数秒かかった。
「あなたが、これ程馬鹿だとは知りませんでした!」
真っ赤な顔で、眉を吊り上げたイルカ先生が怒鳴った。
「俺のこと、何だと思ってるんですか!」
「え」
「いや、黙れ!聞いたらもっと腹が立つ!」
怒っている。
何だかよく分からないけれど、イルカ先生は、もの凄く怒っていて、 「別れましょう!」
烈火の如く燃える眼で、オレに言い放った。
「え、ええっ!」
「あなたとは別れます!で、俺は、好きな人に告白して、その人と付き合って貰います!」
いきなりの展開に心臓が冷えた。嫌だ、嫌だよそんなの。
縋りつこうとした手を振り払われて、泣きそうになる。もう、恋人の真似事も嫌になっちゃったの? 最初から、いつかはこうなるかもって思ってた。けど、やっぱり、どうしたって、嫌だ。
イルカ先生は、鬼のような顔でオレを睨みつけて、つっけんどんに言った。
「好きなんです」
・・・意味が、分からない。
マヌケ面のオレに、イルカ先生はゆっくりと繰り返した。
「俺は、あなたの事が、好きなんです。だから、俺と付き合ってくれませんか?」
「・・・・・・あ」
「まさか、ここから始めなきゃならないなんて」
深い深い、溜め息。
「一緒に暮らしたこの一年は、一体何だったんですか。あなたの事、恋人だと思っていたのは、俺の勘違いですか」
「だって・・・」
鼻の奥がつん、と幸せに痛くなる。
「俺がどんだけ覚悟してあなたを受け入れたと・・・まぁ、もう、過ぎたことはいいです」
寄せた眉に怒りの余韻を残しながらも、イルカ先生は、口調を緩めた。
「で?カカシさん。返事は?」
そして。
「もし断っても、俺も誰かさんみたいに、絶対諦めませんからね」
そう笑うイルカ先生へのオレの答えは、勿論、決まっているに決まっている。






黒豆柴様 ありがとうございました!

2010.12.17

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