「情熱27のカカシsideのお話」




「ご無沙汰をしております」
そう言って彼女は深く頭を下げた。
早朝、曇間を縫って上ったばかりの太陽の光を映して、慰霊碑は白白と輝いている。目覚めたばかりの鳥が鳴く。
夜の気配を残した涼風が吹く。
早いですね、と言ったカカシに、
「今日の昼には、木の葉を発ちます」
もう、ここを訪ねる事もままなりませんから。そう、彼女は微笑んだ。
「夫と、夫の故郷で暮らします。おそらく二度と、木の葉に戻る事はないでしょう」
彼女が再婚するという話を聞いたのはつい数日前だ。
前夫を亡くしてから5年という時間が長いのか短いかはカカシには分からない。ただ、5年前の彼女の憔悴ぶりを思い出せば、今、初夏の朝日の中にすくりと発つその姿に、よかったと素直に安堵する。
「優しい人なんです」
慰霊碑に刻まれた名を指でなぞりながら、彼女は言った。
「今の夫は、本当に、私にはもったいない、優しい人なんです」
彼女の指先にある名の男がこよなく愛した長く真っ直ぐな髪は、今は肩の上で切り揃えられて柔らかく波打っている。
男の隣で弾けるような笑顔を浮かべていたその横顔は、目元に優しい憂いを刻んで、どこか寂しげだ。
「未だに、私、あの人の事思い出して、涙ぐんでしまうんです。夫に申し訳ない、そう思っても、どうしようもなくて」
彼女の目尻に柔らかな皺が寄るのを、カカシはじっと見守った。
「だから、隠れて一人で泣いていたんです。それを、夫に見つかってしまって」
ごめんなさいと言った私に、夫は、苦しいね、悲しいねって。
「僕も君がいなくなったら、寂しくて堪らないよって、一緒に泣いてくれるんです。そういう優しい人なんです」
同じ男でも、こうも違うものなんですね。彼女の苦笑に、カカシは、同僚であった彼女の前夫を思い出す。
嵐のような気性の男だった。最愛の妻を強引なまでに、何より一途に求めた男だった。
他の男性の為に流す涙など、決して許しはしないだろう。その心の動きまで、全部が自分のものだと、情まで剥ぎ取ろうとするだろう。
「不思議なんですよね」
ぽつりと彼女は言った。
「一人で待つのに慣れていましたから。朝目覚めた瞬間に無事を祈って、眠る前に早く戻ってきてと願う。ずっとそうやって暮らしていましたから、大切な人が毎日隣にいる事が、何だか不思議なんです」
ずっと、愛する人は遠くにいて想うものでしたから。
「私にとって、生涯ただ一人の男は、亡くなったあの人です」
でも。
「凪いだ海のように、平穏で安らいだ心を私に与えてくれるのは、今の夫なんです」
それが、今の私には何よりも愛おしいんです。
彼女の左手には、今、真新しい指輪が光る。彼女が選んだ新しい道がそこにある。
吹く風が、朝日に染められて熱気を孕み始めた。きっと、今日も暑くなるだろう。
「どうか、お元気で」
彼女はカカシに再び頭を下げて、振り返らずに歩み去った。


本当は、あなたを連れて行きたい。


病院のベッドで目覚める度、罪悪感に襲われる。
泣き腫らした目でよかったと微笑むあなたを見る度、申し訳なさで一杯になる。
今まで何度、こうやってあなたを泣かせてきただろう。
これからどれ位、あなたにこんな恐怖を味わわせるのだろう。
それでもオレは、恋情というオレのエゴで、あなたを縛り続けて離せない。
だからオレは、せめてもの強がりであなたに告げるのです。
「イルカ先生にはねぇ、元気で幸せに、ずっと笑って生きていって欲しいんです。オレがいなくなった位で弱っちゃうなんて、心配で心配で、死んでも死に切れませんよ」
オレがいなくなった後は、どうか、静かな幸せを掴んで下さい。
心の優しい、あなたの幸せを一番に考えてくれる人と、生の最後の瞬間まで、心安らかに過ごして下さい。
オレはあなたを待っています。
もう一度逢えるその時まで、黄泉路でずっと待っています。
その時から永遠まで、あなたは再びオレのものだから。
だから、今だけ、オレはせめてもの強がりで、あなたにこう告げるのです。






梅様 ありがとうございました!

2011.07.18

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