「『カカシ先生が大嫌い』だと暗示をかけられたイルカ先生。矛盾でいっぱいいっぱいになった後、ハッピーエンド」




「で?」
「で?」
で?じゃねえだろ。苛立ちに、項の毛が逆立ちそうだ。はあ、とイルカは不機嫌を露わにした溜息をついてやった。
「どうして、あなたが、俺の部屋にいるんですか?」
アカデミーから夜勤の受付という勤務シフトは、正直、身体にずしりと堪える。缶ビールとつまみの惣菜が入ったコンビニのビニール袋さえ重い位だ。
当然のように残業をこなし、日付を跨いだこの時刻に足を引きずるように帰ってきて、狭いながらも居心地のいい我が家でようやく寛げると玄関を開けたら、洗濯物と巻物で散らかった居間にあろうことか、この男が座っていたのだ。
はたけカカシ。
里の誉と呼ばれる木の葉最高の忍が、しっかり座布団を尻に敷いて、ベストも額宛も外した完全な寛ぎモードで、お帰りなさい、なんて呑気な声で言いやがったのだ。
どかどかどか、と足音も高らかに部屋へ上がったイルカは、鞄とビニール袋を畳に置いて、仁王立ちでカカシを見下ろした。
はたけカカシは、手に持っていた18禁本をぱたりとちゃぶ台に伏せると、平然とした表情でイルカを見返した。長い睫毛が彩る切れ長の瞳、すっきりとした鼻梁、薄く形の良い唇、本当に癪だが、全く以て気に入らないが、同じ男から見ても、いい男だ。
「…オレがどこにいようと、オレの勝手でしょ?」
何言ってんの、と言わんばかりの口調だ。
ふざけるな。ここは、とイルカは一言一言を強調する。
「俺、の、部、屋、で、す!不法侵入ですよ」
「気に入らないなら上層部に訴えたら?」
さらりと言いやがる。くそ、くそ!
「そんな事したって意味無いでしょう?」
カカシは木の葉一の稼ぎ頭だ。一介の中忍が何を訴えようと、上層部がどちらの言い分を重んじるかは自明だろう。
「だったら、別にいいじゃない。座って本読んでるだけなんだし」
再び18禁本を手に取って目を落とす。
「第一、なんであなた、オレをそんなに嫌うのよ」
平然と、いけしゃあしゃあと言いやがるから、イルカは頭から湯気を吹きそうだ。
「自分の恋人を盗った相手を、嫌わない奴なんかいないでしょう!」
そうなのだ。イルカの大切な恋人を奪ったのだ、この男は。
長く片思いの後、ようやく実った恋だった。
相手は上忍だから、普段はなかなか会えなかったけれど、相手を想うだけでイルカは毎日楽しくて、幸せだった。
その薔薇色の日々がぶち壊されたのだ。この男のせいで。
「盗ったって…」
カカシはどこか呆れたような声で呟いた。視線はエロ本に落としたままだ。
「人は物じゃないんだから。要はあなたの恋人が、あなたがいるのに心変わりしたって事でしょ?」 ぐさりと正論が突き刺さって、イルカは、ぐぐ、と歯噛みする。ぺら、と頁をめくりカカシは続けた。
「そんな不誠実な節操無しなんて、さっさと忘れたらいいじゃない」
違う、とイルカは思わず叫んだ。
「不誠実なんて、あの人は、そんな人じゃない!」
「…あの人、ねぇ…」
呆れ声なのに耳障りがいいから、心底腹が立つ。
落ち着け、とイルカは深く息を吐いた。
「あの人は、俺には勿体無い、素晴らしい人なんです。優しくて情が深くて、思いやりがあって」 ふうん、と気のない返事を返すカカシの前に、イルカは膝をついた。
「気遣いができて、任務で忙しいのにいつも俺の事を一番に考えてくれて……本当に、大切にしてくれたんです……」
話しているうちに、どんどん胸が苦しくなってくる。
イルカはしょんぼりと膝を抱え、顔を埋めた。
「分かってるんです…俺なんか、ふられて当然なんです。俺はしがない中忍で、あんな素敵な人には最初から釣り合わなかったんです」
じんわりと、目元が熱くなってくる。ずず、と鼻をすすったイルカに、暫く黙っていたカカシが、
「馬鹿じゃないの?」
あっさり言い捨てた。
ムカつく!くわ、と顔を上げると、じっと見つめてくるカカシと目が合った。濃灰と真紅の瞳が、まるでイルカの内側を見透かすように覗きこんでくる。
「それ、本心で言ってるんだったら、あなたの恋人が心変わりしたのも頷けるね。釣り合わないって、何なの?」
何故かカカシは怒っているようだ。
「好きだから付き合ってたんじゃないの?」
「そうです」
誰よりも好きだと、胸を張って言える。
「だったら、そういう卑屈は嫌みなだけでしょ?自分に酔ってるの?」
酷い。イルカは首を振った。
「違います!ただ、俺なんか…」
「だから、なんかって何?恋愛で、お互いの気持ち以上に、どんな大切な事があるっていうの?」
「……」
「ふられて当然って気持ちで付き合われる相手の気持ちを考えなさいよ」
「……っ」
矢継ぎ早に問い詰められて、悲しくて、切なくて、頭が混乱してくる。
何だか、目の前のカカシの姿が霞んでくるような気がする。
「だって……皆が……」
口から言葉が零れ落ちる。
「似合わないって…俺なんか、あの人には、相応しくないって……」 胸を抉られるような悲しみに襲われて、イルカの唇が戦慄く。
けなされても、否定されても、諦められる気持ちじゃないから、余計に苦しい。
「皆って誰?」
いきなり、ぐ、と喉が詰まったように苦しくなった。イルカは大きく口を開いて、ぱくぱくと息を吸った。
「…皆…みんなは…みんなです……里の…みんなが……」
喉が震える。
言葉にしようとするのに、どうしてだか、これ以上、声が上手く出せない。
「じゃあ、教えて」
カカシの声が、まるでどこか遠くから聞こえるようだ。
「あなたの大切な恋人って、誰?」
ぐるんぐるんと、と宝石のような赤い瞳が回っている。



**********


「目、覚めました?」
「…覚めました」
カカシの手が、ゆっくりとイルカの髪を撫でていた。
写輪眼が回っていた記憶を最後に、気がつくと、イルカはベッドに横たわっていた。
イルカは何度か瞬きをし、それから自分を見下ろすカカシを見上げた。頭の中に霧がかかったようにぼんやりする。
「すみません…何だか…」
いいんですよ、とカカシは微笑んだ。
「あなた、暗示にかかってたんです。かかっているのはすぐ分かったんですが、どう操作されているのかがはっきりしなくて。調べるのに時間がかかってしまいました」 「暗示…?」
そうです、とカカシは頷いた。
「オレは、あなたの大切な恋人を寝取った憎い男だ、っていう暗示」
思わず、イルカは吹き出してしまった。
「面白い暗示ですね……一体、誰が?」
それには答えず、カカシは唇を、イルカの額に押し付けた。
「ごめんなさい。酷い事、沢山言いました」 「いいえ…正直、余り覚えていないんですよ」
「オレが誰かは覚えてる?」
勿論、とイルカは微笑んだ。
「俺の大切な人です。
カカシさん」
「合格」
もう一度額に口付けると、イルカは再び目を閉じた。酷く疲れて、全身が重い。
「写輪眼で無理に暗示を解いたから、ちょっと負担がかかってます。ゆっくり休んで下さい。オレは、ちょっと出てきますから」
そう言って、カカシは布団をかけ直し、イルカの呼吸が寝息に変わったのを確認してから、寝室を出た。


「誰に頼まれたの?」
太い鉄格子越しに、カカシは闇に向かって話しかけた。
拷問部の地下にある牢は、暗く重く湿っている。まるで長年の間に染み込んだ怨嗟と悲鳴が、じっとりとまとわりついてくるようだ。
「頼まれたんじゃないわ。私の意思よ」
暗がりの中から女の声が返る。鈴が鳴るような可憐な声が、似合わぬ言葉を口にする。
「あなたが欲しかったの。あんな中忍の男より、私の方があなたに相応しいわ。あなただって、男を相手にするなんて、ただの気まぐれでしょう?」
「…上層部には、そういう風に思われてるって事ね」
「他の誰も関係ないって言っているでしょう?」
私利私欲の為に同胞に術をかけるのはご法度だ。
女は忍としての未来を捨てた。優秀な忍一人を捨て駒にしてまで、はたけの子供が欲しいのかと、カカシは深く嘆息する。
闇の中で、女がくすくすと笑う。
「私の暗示は設定だけ。あの中忍があなたに言った気持ちは、全部本心よ」
「…分かってるよ。だから余計に、腹が立つ」
カカシとの関係をなじられ、感情を否定され、階級を理由に責められていたのだろう。
辛くなかった訳がない。それでも、受けた仕打ちを全部自分の腹に収めて、カカシには何も言わなかったイルカが、愛おしくて歯痒くて。
「引き離そうとしても無駄だよ」
どこかで聞いているだろう者に向かって、カカシははっきりと告げる。
「オレの伴侶は、うみのイルカただ一人」
命が尽きるその瞬間まで、カカシはイルカのものなのだから。






さくら様 ありがとうございました!

2012.06.04

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