「酒の宴の場でカカシがイルカ自慢」




テンゾウ視点

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立場上針の筵には嫌という程座っている僕ですが、今夜のこの状況にはさすがに怯まざるを得ない。
「これ、どういうプレイなんですか?」
どんよりと呟いた僕に、知るか、と肩を竦めたアスマさんは、空になった銚子を振りながら、めんどくせえから瓶で持って来い、と声を上げた。<店員のはあい只今、という返事を聞きながら、ぽわりと煙を吐き出して、
「まぁ大方、カカシが下らねえ事でイルカを怒らせて、仲直りのきっかけを探ってるんだろうよ」
「仲直りしたいのに、どうしてこの状況なんですか?」
泣き声みたいになった僕の問いかけに、アスマさんはさも当然と言わんばかりに、
「カカシがそういう馬鹿だから、イルカが怒るんだろ。イルカも大概頑固だしな」
「まあ、仰るとおりですが…」
もう、溜息しか出てこない。
火影主催の宴会は、里一番の料亭の、広い座敷を借り切って飲めや歌えの無礼講だ。酒も料理も上等。しかし、丁度座敷の真ん中あたりに腰を下ろす僕は、室内の右と左で繰り広げられている光景に、目の前の杯を手に取る気にもなれない。
右の壁際には、着飾ったくノ一達が砂糖に引き寄せられた蟻の如く群がっている。その中心にいるのは僕が敬愛する先輩、はたけカカシだ。
あまりこういう席に顔を出さない先輩が出席するとあって、くノ一達が数日前から眼の色を変えていたのは知っていた。予測していた状況だし、先輩が女達に囲まれるのは特段珍しい光景でもない。
恐ろしいのは、左の障子側だ。
下座に近い席にイルカさんが座っている。それも別におかしくはない。受付職員という立場上、イルカさんはこういう場には比較的よく顔を出す。
腰軽くあちこちに注いで回り、周囲に細やかに気を配るから、階級の垣根を越えてイルカさんと飲みたがる輩は多い。
二人がこの場にいるのはいい。
僕の胃をきりきり痛めつけている理由はただ一つ。
そう遠くない場所に座っているのに、二人が、一瞬たりとも視線を合わせない事だ。
喧嘩している。
訳は知らないけれど、それだけははっきりと分かる。
恐らく、腹を立てているのはイルカさんの方だ。アスマさんの言う通り、先輩は様子を窺っている。
夫婦喧嘩は犬も喰わないなんて呑気な事を言っている場合じゃない。こういう状況下、僕が後で先輩にどんな八つ当たりをされるかを知れば、皆きっと、僕がこんなに戦々恐々としているのを理解してくれるはず。
酷いんだ。
本当に、先輩は酷いんだ。
「オレの、好みのタイプ?」
聞こえてきた先輩に声に、僕の○玉は縮み上がった。
とんでもなくきな臭い話題だ。ちらりと左のイルカさんを見遣ると、隣に座った女性とにこやかに談笑している様子だが、きっと全神経を聴覚に集中させている。
そして多分、先輩もそれを見越している。それなのに、いつもの、決して大きくは無いけれど、妙に耳障りのいい、妙に艶やかな声で言うのだ。
僕なら、そんな女達は相手にしないでさっさと土下座でも何でもして謝るのに、僕には先輩が何を考えているのかちっとも分からない。
「髪は、黒が好き。別に手入れとかしてなくていいけど、長く伸ばしてて、それを指で梳くのが好きなんだよね」
先輩の答えに、烏の濡れ羽色のくノ一が心なしか胸を張った様子で、
「じゃあ、顔の好みはありますか?」
「普段は目付き悪い位なのに、笑うと可愛くなるのが好き。可愛いって言うと照れて怒ったりするのも、いいよね」
眼力スナイパーと渾名される上忍くノ一がうっとりした表情で前のめりになる。
「例えばぁ、はたけ上忍はぁ、結婚したら、奥さんは仕事辞めて欲しい?」
ロリ顔ロリ声上目遣いが武器の特別上忍の問いに、まぁね、と答えて、
「やっぱり心配でしょ? 外に出してたら、どんな悪い虫が付くか分からないし。オレだけ見てて欲しいから」 「はたけ上忍って、意外と独占欲強いんですね」
くノ一達の間からきゃあと声があがるのと、イルカさんがジョッキをドン、とテーブルに置く音が重なった。
どうかなさいました? と隣の女性に問われてイルカさんは、いいえ、と取り繕うような笑顔を見せる。
僕はもう心臓が止まりそうだ。
「そうかな? 里に信頼されて、責任のある仕事をしているっていうのはちゃんと分かってるけど、好きな人を自分だけのものにしておきたいって思うのは普通じゃない?」
そんな風に想われたい、という内心がくノ一達の上気した頬に浮かび上がる。
「でも、多分、どうしても働きたいって言われたら、許すよ。嫌われたくないから。惚れちゃってるからね、オレの負け」
憂いを帯びた先輩の表情に、くノ一達は息も絶え絶えだ。
と、イルカさんが立ち上がった。どすどすどす、と畳を鳴らして歩いて、くノ一に囲まれた先輩の前で腕を組む。
「昨夜お話した三週間の里外任務、さっき受領しました。明日出立します」 地を這うような声が投げ落とされる。
「あなたに許して貰う必要はこれっぽっちもありませんから」
見下ろす三白眼が、普段にもまして鋭い。
「そこじゃなくて、惚れちゃってるってところに食いついて下さいよ」
どこかのほほんと聞こえる先輩の声に、イルカさんの結い上げた髪が逆立つ幻が見えた気がして、僕は目眩がする。
怒りの爆発を抑えているのだろう、イルカさんはゆっくりと大きく息をついた。
「このお嬢さん方なら、きっと何でも、あなたの言う通りにしてくれますよ」
だらしなくあぐらをかいていた先輩が、イルカさんの言葉に右目を見開いた。
ゆらりと立ち上がり、
「それ、本気で言ってるの?」
数センチ低いところにあるイルカ先生の顔を、灰色の瞳でじっと見下ろす。
「俺はいつも本気です」
イルカさんも負けじと睨み付ける。
二人の異様な雰囲気に、周囲の視線が何事かと集まった。くノ一達は何が何だか分からないといった表情だ。
「イルカ先生は、それでいいの?」
「いい訳ありませんよ。でも、譲れないんだから仕方ないでしょう?」
「先生は、仕事とオレと、どっちが大事なの?」
うわあ。
僕は自分の頬が引き攣るのを感じた。それを言っちゃ、お終いですよ先輩。
案の定、最低ですね、とイルカさんは鼻筋に皺を寄せた。
「どっちも大事に決まってるでしょう? あなたは俺に何を言わせたいんですか?」
「オレが大事って言って欲しいに決まってるでしょ、当たり前じゃない」
先輩は堂々と言い放つ。
「オレの好きはこういう事です。束縛したいし独り占めしたいし、オレだけでいてほしいの。オレにはあなただけなんだから仕方ないじゃない」
な、の形に口を開いたまま固まったイルカさんの顔が、見る間に真っ赤に染まった。
「本当に明日出立? 時間がないじゃないですか。さっさと帰りましょう」
イルカさんの返事を待たずに、先輩はその身体を肩に担ぎ上げた。
どろん、と煙が立つと同時に二人の姿が消え、後には呆然とした表情のくノ一達が残された。
よかった。僕は一応安堵の息をついた。
多分、あの様子なら大丈夫。これから三週間をやり過ごせれば何とかなる筈だ。
「何がよかったよ!」
いきなり怒鳴りつけられて、僕はぎょっと顔を上げた。
鬼の形相をしたくノ一達に取り囲まれている。どうやら、本心がうっかり口に出てしまったらしい。
「いや、その」
「何あれ! ふざけるんじゃないわよ!」
黒髪のくノ一が鬼の形相で叫ぶ。気合を入れて盛りに盛った髪が、怒髪天を衝く、を地で行くようで恐ろしい。
「もう、飲まなきゃやってらんないわ!」
刺すような眼力にぎろりと睨みつけられて肝が縮み上がる。
「瓶なんてまどろこしい! ケースごと持ってきて!」
そろそろと後ずさりした僕のベストを掴む憤怒の表情は、先程頬を染めて微笑んでいた同一人物とは思えない。
「あんたの先輩でしょ? 責任とって付き合いなさい!」
「ど、どうして、僕が?」
「うるさい!」
「あたしらの酒が飲めないっての?」
「そ、そういう訳じゃ」
「いいから飲め!」
取り囲まれて、ジョッキを突き出されて、どぼどぼと一升瓶から直接注ぎ込まれて。
いつの間にか隣にいたはずのアスマさんは姿を消していて、僕は。
僕の明日は。






リョウ様 ありがとうございました!

2013.05.01

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