カカシに長いこと片思いしているイルカ(notスレイル)が、ワンチャンスをものにする話




盗み聞きするつもりなんて毛頭なかった。
でも、耳に入ってきた声と言葉に、俺の脚はその場に凍りついてしまった。
「分かりました」
カカシさんの声だった。
深夜の暗い廊下に、閉じた扉の隙間から光が漏れていた。火影執務室、どうして俺はこんなタイミングで、前を通りかかってしまったんだろう。
「すればいいんでしょう? 見合い」
少しおっくう気なカカシさんの声に、 「相手が相手だ。
見合いするとなれば、不誠実な真似はできないよ」
答えたのは綱手様だ。
「分かってますよ。ちゃんと、結婚しますって」
はっきりと聞こえた。聞こえてしまった。
地面が、ぐら、と揺れた、気がした。俺は脚がよろけそうになるのを懸命に踏ん張った。
全身の先端から、どんどん体温が逃げていって、凍りついてしまうんじゃないかと錯覚した。
けっこん、って、あの結婚だよな。そう考えた自分に、他に何があるってんだ突っ込んだ。
信じたくないという気持ちと、やっぱり、という諦めのような感情が、俺の胸に渦巻いて、今にも溢れだしてしまいそうになった。
やばい。
やばい。泣く。
足音を忍ばせて、俺は急いで、その場から立ち去った。



好きになったのは、初めまして、と挨拶した時だっただろうか。
それとも、子供達を間に挟んで、一楽のカウンターに座るようになった頃だろうか。
写輪眼のカカシへの忍としての尊敬が、肉の欲望を伴った恋情にいつ変わったかなんて、覚えていない。
それ位長い間、俺は、この恋心と一緒に生きてきた。
カカシさんが誰かのものになるなら、こうして心を寄せているだけで、不実だ。
だから、始末をつけなければならない。この恋心を、きれいさっぱり、無くしてしまわなくてはならない。
どうすればいいかなんて、分からなかった。そもそも、自分で諦め切れるなら、もうずっと前に、この成就の見込みのない恋に、踏ん切りをつけていた筈だ。
だから、カカシさんに壊して貰おう。
気持ちを伝えて、玉砕するのだ。それ以外に、この想いを砕く方法が分からない。
そう腹を括って、俺は、カカシさんの部屋の前に立った。
括っていた、筈だった。
もう何分も、ノックしようと手を持ち上げて、できなくて、という事を繰り返していた。
逃げ出してしまいたい。このまま、家に帰って、布団を被って、寝てしまいたい。そうしたって何の解決にもならないと、頭では分かっているけれど、俺の手は、すっかり怖じ気ついてしまっていた。
いきなり、扉が開いて、俺の心臓は止まりそうになった。
「こんばんは」
少し首を傾げたカカシさんが、
「どうかしましたか? 何か緊急の案件でも?」
心配げに、僅かに眉を寄せたから、俺は慌てて首を振った。
「違います。個人的な……お話がありまして。お時間、構いませんか?」
無い、忙しい、と言ってくれないだろうかと、この期に及んで、まだ俺はびびっていた。
しかしカカシさんは、 「はい、どうぞ」
にこりと笑って、俺を中に招き入れてくれた。
自分の心臓が変な音にきしむ音を聞きながら、俺はカカシさんの部屋に立った。台所に、奥にベッドを置いた広めのワンルーム。部屋の真ん中にある机の上には、書類と巻物が広げられていた。
火影に就任したのに、カカシさんは今も上忍宿舎に寝泊まりを続けていた。
生まれ育った自宅がある他にも、火影が代々住まう屋敷があるけれど、便利だからと、宿舎を出るつもりはないそうだ。
一人なら、確かに便利を優先して、ここに住み続けてもいいだろう。だが、家族ができたら、火影の屋敷か自宅ではないと、やはり少し手狭になるだろう。子供が遊ぶ為に庭があった方が楽しいだろうし。<そんな事を考えて、それだけで後ろ頭が焼け付くみたいな気持ちになった。
「すみません、こんな時間に」
緊張して、喉がからからで、俺は何度も唾を飲み込んだ。
「いいえ。何か、飲みますか? って言っても、ろくなものが無いんですけど」
「ど、どうぞお気遣い無く」
カカシさんは、ぺたぺたと台所に歩いて行き、冷蔵庫を開けて戻ってきた。
「よければ、一緒に飲みませんか? ビール」
手に持った缶を、にこにこと振ってみせる。
「仕事も一段落したので、引っかけようかな、と思ってた所です。でも、一人じゃつまらないんですよ」
ありがとうございます、と俺は両手で受け取った。
「いただきます」
カカシさんがプルタブを開けて、口をつけるのを見てから、俺も、ぐい、と一息に開けた。景気づけだ。酒でも何でもいい、俺に勇気をくれ。
ぷは、と口に残った泡を手の甲で拭うと、それでご用件は? とでも言うように、カカシさんは小さく首を傾げて、俺を見た。
心臓が、きゅう、と引き絞られる。
「あの……その……」
ああ、なんて、俺は意気地が無いんだ。
最初から玉砕決定、諦めるつもりなんだから、言葉を選ぶ必要なんて無い。
自分の気持ちを正直に告げて、振って貰えればいいんだ。
俺は、手に持っていた缶を握りしめた。
自分の爪先をじっと睨みつけながら、 「俺は」
「はい」
ごく、となけなしの唾を飲み込んで、俺は言った。
「俺は、ずっと、前から、カカシさんの事が、好きでした」
言った。言ってしまった。
どくどくと、自分の心臓の音が脳みそにまで響いてくるようだった。一気に緊張がほどけて、へたり込んでしまいそうだった。
言えた、よかった。でも、安堵は一瞬で、すぐに、震えるような不安が襲ってきた。
どうしよう、言っちまった。カカシさんに、言っちまった。
カカシさんが、黙りこくったまま、俯いた俺のおでこの上あたりを、じっと見ているのが分かった。
頼むから、何か言ってくれ。ああでも、拒絶の言葉なら、俺はしぼんでしまう気がする。諦めるつもりだったのに、何を言っているんだと自分でも思うけれど、絶望が、じわじわと俺の心を黒く淀ませていく。
カカシさんは何も言ってくれなかった。
これが、多分、カカシさんの答えなんだ。
これが望みだったんだろう。自分にいい聞かせた。
よかったじゃないか。これで、ちゃんと諦められる。
「お忙しいところ、お時間を下さって、戯言を聞いて下さって、ありがとうございました」
俺は俯いたまま、深く深く、頭を下げた。声が震えてしまったけれど、隠しようもなかった。
「これで、踏ん切りがつきました。ご結婚を、心からお祝いいたします」
顔を伏せたまま、身体を返して、玄関に向かった。もう、カカシさんの前にいる事に耐えられそうになかった。
泣くな。ここでは、泣くな。
外に出て、一人になって、家に帰れ。帰ったら、大声で泣きわめいたっていいから、家までは、何がなんでも我慢しろ、俺。
本当にみっともなかった。いい歳をして、失恋して、泣き出しそうになっているなだなんて。
でも、それ位好きだったんだ。
同じ時代に、同じ里に生きて、同じ額宛を巻いて、生きていられた、それだけで、誇りだった。
この気持ちが、俺を強くしてくれた。
悲しいことも、苦しいことも、未曾有の里の危機だって、戦っているカカシさんを思えば、弱音なんて吐けなかった。
だから、カカシさんを好きになった事を、これっぽっちも後悔なんかしていない。
「失礼します」
玄関でサンダルをはけば、手がはっきりと震えているのが分かって、なんだかおかしいような気持ちになった。

「待って」

ドアノブを握った俺の手に、声が、背後から伸びてきた手が、重なった。
俺は何が起こったのか分からなくて、自分の手に重なった白い手の甲をまじまじと見た。
背中にカカシさんの体温を感じる。それが、じわじわと、俺の中にしみこんでくる。
「あなたは今、戯言と言ったけれど、それは、どういう意味ですか? 冗談で、オレをそんな事を言ったんですか?」
「ち、違います」
誤解だ。驚いて振り返ると、驚くほど近くにカカシさんの顔があって、俺は、ひゅ、と息をのんだ。
肌の肌理まで見えそうな距離で、カカシさんが問うてきた。写輪眼は既に無く、その両目は夜明けを待つ空のように冴え冴えと澄み渡っていた。
「俺に、こんな風に見られていたなんて……あなたにとっては、ふざけた話だと思ったんです。気持ちは……お伝えした俺の気持ちは、間違いなく心からものもです」
ぎゅ、と握られた手に力がこもった。
「イルカ先生。オレは、今、困っています」
そう囁かれたから、俺はやっぱり、と唇を噛んだ。迷惑だったのだ。
カカシさんの形のよい眉が、きゅ、と寄って、苦しそうにも、何故か嬉しそうにも見えた。
「明日は朝一番に、見合い先に、謝りに行かないといけません。あなたの名前は出したくないけれど、今後を考えると、おそらく公表しない訳にはいかないと思います」
「は、はい……?」
「ちょっと騒ぎになるかもしれません。あなたの身に危険が及ぶ可能性もゼロではありませんから、よければすぐに、火影の屋敷に引っ越してきて貰えませんか? とりあえず身一つでいいように、準備させますから」
「は……はあ?」
俺は混乱した。困っている、って言われたから、迷惑だったんだと思ったのに。
なんだか話が全然違う方向に向かっているように感じるのは、気のせい、じゃないよな。
カカシさんは、困った、と頭をかいた。今度ははっきり、嬉しそうに笑っていた。
「里の色々を考えたら、落ち着くのは二三ヶ月先になりそうなんです。>困ったな、そんなに待てる気がしない」
「待つって、何を……?」
途端、繋いでいた手を引っ張られた。カカシさんの胸にぎゅう、と抱き込まれて、耳に囁きが降ってきた。
「あなたの勇気に、心から感謝します、イルカ先生。本当にありがとう」
オレには、あなたに気持ちを伝える度胸がなかった。
「そんな情けない、格好悪いオレですけど、これからずっと、一緒にいて貰えませんか?」
……嘘だろ。
聞こえた言葉が信じられなくて、俺はあんぐり口を開けた。
……嘘、だろ。
じわじわと、あたたかい何かが、胸の奥に広がっていく。
「返事を貰えませんか?」
カカシさんが囁いた。
最初から、俺がなんて答えるか分かっているくせに、嬉しそうに。
少しだけ悔しいような気持ちになるけれど、それ以上に、賑やかに、玉砕決定の筈だった恋心がざわめきだした。






みち様 ありがとうございました!

2015.11.01

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