かかしせんせいが、いるかせんせいを好きすぎて、どうしていいか分からないお話




あなたのことならなんでもしっている。
ただひとつ、あなたのこころいがいは。


梅雨の晴れ間、爽やかな風が木々を揺らして、西へと吹き抜けていく。
「……イルカ先生?」
アカデミーの裏にある小さな丘を上り、その頂きに立つ巨木の袂を覗き込んで、カカシは小さく微笑んだ。
隆起した根を枕に、刈り込まれた下生えの上に体を横たえて、イルカが眠っていた。
傍らには仕事用の古びた鞄が置かれ、地面に投げ出された手元には紐の解けた巻物が転がっている。恐らく、昼食の後で仕事用の巻物を広げたが、吹く風の心地良さに負けて、眠り込んでしまったのだろう。
カカシは、イルカの隣にそっと腰を下ろした。手を伸ばせば触れられるが、伸ばさなくては偶然にでも触れることはできない位置だ。
これが、カカシがどうしても詰める事のできない、イルカとの距離だった。
見上げれば、薄く雲が貼った空を、より厚みのある白い雲がゆったりと流れていく。丘の袂から裏庭へ続くアカデミーから、軽やかな風の音に混じって子供達の声が遠く聞こえてくる。
カカシは印を組み、半径10メートルの球状に結界を張った。いつ何時、子供達や教師がイルカを探しに現れないとも限らない。
それに、人間の邪魔が入らなくても、小鳥の軽やかな囀りさえイルカの眠りを妨げるかもしれないのだ。
カカシが張った結界は、内側からは外界が支障なく見えるし音も聞こえるが、外からは中を伺うことができないようになっている。
所謂、透明の檻だ。
眠る彼と、二人きり。
傍らのイルカに視線を向けると、炎の色をした高揚に、体温がじくりと上がるのを感じる。
そう、例えば。
このまま彼を押さえつけ、着衣を剥ぎ取っておかしても、誰にも気付かれない。彼がどんなに泣き喚いても、その悲鳴は誰にも聞こえる事なく、カカシは思う様、彼の体と声を独り占めできるのだ。
そこまで考えて、カカシは小さく笑った。
初めてイルカと出会った時から抱え続けているこの想いは、他の誰に知られたって構いやしない。ただ、イルカにだけ、カカシの内で暴れる獣のような情動を知られたくないと思う矛盾がある。
その矛盾が、カカシとイルカの間にある距離そのものでもある。
息を詰めて、カカシは静かな寝息をたてるイルカを見守った。日に焼けた面差しに、疲労の影が浮かんでいる。
アカデミーに他国からの研修団を受け入れていたせいで、休暇無しに働いていたのを知っている。
合間をみて受付業務にも入っていたから、無理をして体を壊しはしないかと、密かに心配していたのだ。
風が、イルカの額にかかるほつれ毛を揺らした。
目元に濃い影を落とす睫毛が意外に長い事は、ずっと前から知っている。
伸ばされたサンダルの足の、硬化した指先と割れた爪を、手入れの行き届いた桜色の爪よりも何よりも、美しいと思う。
骨張った骨太な手も、厚みのある唇も、柔らかそうな耳たぶも、イルカがイルカであると思うだけで、全てがいとおしく、尊く、甘い果実のように淫らに感じる。

触れたい。
触れたくて触れたくて、堪らなくて、その情動の激しさに慄いて、動けない。

ふと、二人がもたれ掛かる巨木から、小さな木の葉が一枚、舞い落ちた。
それが風に乗って西へと飛んでいく様を目で追い、視線を戻すと、イルカが薄く瞳を開いて、カカシを見ていた。
「……あれ?」
何度も瞬き、カカシと視線を合わせて、小さく呟く。
「こんにちは。イルカ先生」
動揺を押し隠して、カカシは笑みを浮かべた。
「起こしてしまったようですが、時間は、大丈夫ですか?」
「え?……あ……っと」
カカシの言葉に、イルカは懐から懐中時計を取り出した。時刻を確認して、慌てて起き上がる。
「ごめんなさい」
カカシは、立ち上がって忍服についた葉や土を払うイルカを見上げた。
「随分気持ち良さそうに寝てたから、何だか起こすの可哀想で」
一秒でも長く、あなたを独占していたかったから。その体を抱き締めながら囁けたら、どんなに幸せだろう。
「いいえ」
イルカはからりと笑った。
「ありがとうございます。起こして下さって助かりました。危うく次の授業に遅れる所でした」
晴れやかな笑顔で、失礼します、と丁寧に頭を下げて、イルカはカカシに背を向け歩き出した。
カカシが密かに張った結界まで数メートル。破る時は僅かながら衝撃があるから、気付かれないはずが無い。
手の中に捕らえていた蝶を空に放すような気持ちで、カカシはそっと片手を上げて、解の印を結んだ。
と、イルカが足を止めて振り返った。
「夢を見てたんです」
逆光で、そう言うイルカの表情は、カカシからははっきりと見えなかった。
「どんな夢ですか?」
「はたけ上忍の夢です」
名を呼ばれるだけで、息が止まるような心地になるのに。イルカの言葉は、いとも容易くカカシを揺さぶる。
「……内容は、忘れてしまいました」
イルカの声は、囁くように小さかった。
「でも……」
もっとずっと、見ていたかったです。そうイルカは、確かに言った。
「あなたの夢を、見ていたかった」
風が、また、西へと吹いた。





てつ様 ありがとうございました!

2010.06.07

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