「髪をほどいたら髪の毛が伸び続けてしまうイルカ先生」




「……いってぇ」
色気のない口調で、イルカ先生が言った。
「大丈夫?」
オレは、イルカ先生の首元から顔を起こした。
「髪が、引っかかったみたいで」
そう言って、不器用な仕草で後頭部を撫でる。結い上げたままの髪は、枕の上でうねるように流れている。
「髪、ほどいたら?」
ずっと不思議に思っていた。
イルカ先生は髪を解かない。少なくとも、オレが見ている前では、風呂の間も寝る時も、こうして抱き合う時も、結ぶ高さは違えどいつも一つに結わえたままだ。
きっちり結い上げた髪が、イルカ先生自身が高まるにつれて、次第にほつれて乱れていく様子は壮絶に色っぽい。けれど、黒髪に包み込まれる桜色に染まった表情はきっと喩えようもなく淫靡だろうし、汗に潤った黒髪を根元から毛先まで櫛ってみたいと思うもの確かだ。
イルカ先生は、オレの両腕の間から、じい、とオレを見上げた。その眼差しの熱心さは意外に感じる程で、 「…………」
オレの体の下から抜けだし、布団の上に正座した表情は、何時にない程神妙なものだった。
「カカシさん……いいんですか?」
「何がですか?」
「髪、解いても、いいんですか?」
「……良いも悪いも、イルカ先生が不便なんじゃないかなって思っただけで」
「覚悟して下さい」
真剣な眼差しでずんずんと迫ってくるから、思わず仰け反ってしまった。一体、なんなの。
「本当は、一生、秘密にしておこうと思っていました」
ひやりとするような事を言って、イルカ先生はオレを真っ直ぐに見つめてきた。
「でも、やっぱり、カカシさんには、俺の全てを知っておいて欲しいんです」
その一途な言葉に、オレは、戸惑いながらも覚悟を決めた。
「オレも、先生の全部を知りたいです」
「どんな俺でも……好きでいてくれますか?」
「どんなあなたでも、好きです」
誰よりも何よりも。
オレの迷いない返答に小さく笑ったイルカ先生は、後頭部へと手を伸ばした……・


暗い。
忍の目は、ほんの僅かな光さえあれば視界を確保できる。しかしその目を以てしても、すぐ前に座っているはずのイルカ先生の姿が、全く見えない。
呆然とするオレの世界は、闇に沈んでいた。
「……何か、こういう漫画読んだ事あります」
尊い二人のおにいさんが、どこかの街で同居しているという設定だった。確かお兄さん達の髪を散髪するとかしないとかで、いつも小さく丸まっている髪は実は……とかいう話だったような。
その漫画、俺も好きです、と闇の中でイルカ先生の声が答えた。
「でも、残念ながら俺は聖人じゃないので、奇跡は起こせません。この髪は単に伸びてるだけです」
イルカ先生の髪は、代々家系に伝わる結紐で結んでいないと、永遠に、しかも物凄い勢いで伸び続けるのだそうだ。
確かに、結紐を解いた途端、肩の下辺りだった黒髪は驚異的なスピードで伸び始めた。床をのたうち、壁へと盛り上がり、窓を塞いで、今もずんずんと伸び続けている気配がある。
髪が伸びる理由は分からないし、今まで何かの役にたった覚えもないから、面倒なだけだとイルカ先生は言った。
「……今まで黙っていてごめんなさい。こんな、変な体質だって知られたら、嫌われるかも知れないと思って」
沈んだ声でイルカ先生が呟いた。
「何を言っているんですか!」
俺は手探りでイルカ先生を探し当て、ぎゅっと抱き締めた。
「あなたの恋人になれた、それがオレにとって最高最良の奇跡です!」
これ以上に、どんな奇跡があるというのか。
「カカシさん……っ!」
闇の中、俺達はひし、と抱き締め合った。
強く強く、抱き締め合った。
その間にも、わさわさと、髪は伸び続けている。どんどん、どんどん、伸び続ける。
天井や壁や床から聞こえる、ミシミシという軋みは恐らく、イルカ先生と暮らす二間のアパートの容積が限界に近づいているからだ。
息苦しいのは、きつく抱き合っているからだけじゃない。
押し潰される。はっきりと恐怖を感じたオレは、腕の中の愛しい耳元に囁いた。
「イルカ先生……とりあえず、髪、結んでくれませんか?」


一度伸びてしまった髪は、結んでも縮まないらしい。
部屋一杯の黒髪は、外に運び出すのも一苦労だった。
馴染みの呪術忍には、恋人とラブラブな奴の髪じゃ呪いの力が込められないとつっぱねられた。防具屋が言うには、楔帷子に編みこむ髪は、女のものじゃないと強度が足りないらしい。カツラ専門店は、量があまりに多過ぎて在庫がたぶつくと嫌がった。
「じゃあ」
面倒になって左目を回そうとすると、イルカ先生に、こんな事に大切な写輪眼を使わないでくれと烈火の如く叱られた。
仕方無く、アカデミーの裏山でこっそり火遁にしたら、暗部が出動する悪臭騒ぎになってしまったのだが、それはまた、別のお話。






キコ様 ありがとうございました!

2010.06.08

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