「イルカ生誕祭〜三年目の浮気疑惑〜」

060521〜0630)企画参加作品 投稿版

 

 

 

会えない時間が育てるものは?

溢れる愛しさ?胸焦がす切なさ?

それとも、心を黒く塗り潰す、不安と疑心?

 

 

 

「随分と落ち着いてるのね、カカシ」

目の前のソファーに、どかりと紅が腰を下ろした。

「それとも、まだ知らないのかしら?」

顔を上げると、腕組みをする紅の後ろで、咥え煙草のアスマが肩をすくめた。

夕暮れの上忍待機所に、他に人影は無い。窓から入り込んだ残照が、殺風景な部屋を温かなオレンジ色に染めている。

そろそろ帰ろうかと思ってた頃なのに。

「何よ?」

オレは、読んでいた愛読書に再び目を落とした。

「二人とも、何か言いたい事があるんでしょ?さっさと言ったら?」

含みのある態度も、無用な遠慮も、こいつらには似つかわしくない。

オレの言葉に、二人はちらりと視線を交わした。そして、小さく溜息をついて、紅が言った。

「写輪眼のカカシが、3年も続いてた可愛い恋人を寝取られたって、専らの噂よ」

オレは顔を上げ、紅の顔を見返した。

単語の意味は理解した。だが、言ってる事が全然分からない。

やっぱり知らなかったのね、と紅は柳眉を僅かに寄せた。

「2、3日前から、里中その話題で持ちきり。五代目の耳にも入ってるわ。あの我慢強いイルカも、我儘上忍についに愛想を尽かしたか、って」

 

 

 

イルカ先生は今、里にいない。

もう、1ヶ月会ってない。

いつもと逆だ。あの人は、任務で遠い樹の国へ。オレは里で大人しくお留守番。

里と外地。二人の距離が遠く離れているという事実は、普段と変わらないのだけれど、無事を祈りながら帰りを待つ身のしんどさは、日々しんしんと身に沁みた。

あの人の能力や実力を、信じていない訳じゃない。ただ、ただ、心配。そんなオレに、この二人は、何を言うかと思えば。

「つまり」

オレは、二人の上忍を見返した。

「イルカ先生が、オレを見限って、他の奴とくっついたって、そういう事なの?」

紅は重々しく頷いた。

「そういう噂よ」

「任務先で?」

疑心が声に出た。紅は身を乗り出した。

「噂の出所は、イルカの任地先に派遣されて、先日戻ってきた補給部隊よ。イルカが、上官であるくノ一のテントに、毎夜入り浸っているらしいの」

「・・・ふぅん」

オレは、手の中の愛読書を閉じた。自分でも意外な位動揺がないのは、有り得ないと無条件に信じているからだ。

「で?相手は?」

紅は、一息置いてから、その名を口にした。

「アキホ」

その時、オレは初めて、まずいな、と思った。

「あなたの昔の女じゃない?」

オレは無意識に立ち上がっていた。

 

 

 

******

 

誰かの心の中にいるあなたでさえ、独り占めしたいと思うのは我儘ですか?

 

 

 

「うみの中忍」

柔らかい声に、呼び止められた。

「私を探していたそうね。何か用?」

優しげな美貌が、俺に向かって微笑みを浮かべた。

夜。下限の月が、雲間に小さく浮かんでいる。

風はない。北の空遠く離れた木の葉の里は、まだ、晩春の気配を残している頃だが、亜熱帯気候のこの国は、夜でも立っているだけで汗ばむ季節を迎えていた。

俺は、彼女を探している間に萎えつつあった勇気を、もう一度振り絞った。

「少し・・・お時間構いませんか?教えて頂きたい事があって」

彼女は、何かしらと首を傾げた。艶のある栗色の髪が、細い肩の上でさらりと揺れるのを、俺はじっと見つめた。

アキホ上忍。今、俺が所属している部隊の、副部隊長兼医療班長。

そして。

カカシさんの、昔の、恋人。

 

 

 

副部隊長以上には、自分専用のテントが配備されている。

アキホ上忍に続いて彼女のテントに入った俺は、薦められた簡易椅子に腰掛けたが、落ち着かない気持ちに変わりはなかった。

「何?教えて貰いたい事って」

アキホ上忍は、オレの心の動きを知ってか知らずか、のんびりとした口調で言った。

「兵糧丸の作り方を知りたいんです」

俺の言葉に、あら、と彼女は小さく眉を上げた。

「アカデミーのイルカ先生は医療忍顔負けの丸薬作りの名人だって、誰かに聞いた事があるけれど」

「そうでは、なくて」

俺は、アキホ上忍の顔をまともに見ることができず、握り締めた手を乗せた自分の膝を睨みながら言った。

「アキホ上忍が、以前に・・・カ・・・はたけ上忍の為に用意した兵糧丸の配合を、教えて頂きたいんです」

あら、とアキホ上忍はもう一度言った。

まだ、俺とカカシさんが顔見知り程度の関係だった頃、彼から一度聞いた事がある。

『一般的な兵糧丸でも、自分の体質にきちんと合った配合のものは、効果が全然違うんですよ』

昔付き合っていた彼女が作ったものが、オレには一番合ってたみたいです、とカカシさんは言った。

指折りの医療忍であるアキホ上忍に、勝りたいと思っている訳じゃない。

カカシさんの昔の彼女、という過去に、拘っている訳じゃない。

不躾な事をしているという自覚もある。

ただ、あの人の役に立つ事なら、何でもしたいと思うだけだ。

 

 

 

「カカシと付き合ってるって、本当だったのねぇ」

しかも3年も、とアキホ上忍は、心底感心したように言った。こういう時のいたたまれないような気持ちにはもう慣れた。お前程度が、と嫌味を言われる事にも、悲しいかな、この3年ですっかり耐性がついている。

「いいわ、教えてあげる」

アキホ上忍は、あっさりと言った。

「でも、高いわよ」

悪戯っぽい目で囁かれ、俺は戸惑った。俺の表情を見て、勿論お金じゃないわよ、とアキホ上忍は声を上げて笑った。

「カカシの話を聞かせて頂戴」

今まで誰からも聞いた事の無いような優しい響きで、アキホ上忍はカカシさんの名を呼んだ。

「私と付き合っていた頃の、我儘で、いい加減で、女にはとことんだらしなくて。ぞっとするほど強い癖に、自分自身をクナイ1本程度にも大切にしなかったカカシが、今、あなたの前ではどんな男なのか、私に教えて頂戴」

その時、胸に走った痛みが嫉妬だと、俺は気付いた。

 

 

 

******

 

どれ程美しい風景の中にいても、寂しい。

それが、あなたが側にいないということなのでしょう。

 

 

 

この国では、夕立ではなく、すこーると呼ぶのだと教えられた雨の時間が過ぎた。

目を見張るほど色鮮やかな虹が空を渡った。その瑞々しい空気を貫いて、美しい猛禽が駐屯地に舞い降りた。

里からの定期連絡だ。

宿り木にとまった隼を労わり、俺は、その足に結わえ付けられた小筒を外した。

筒の中には、いつものように、副部隊長以上のみが開く権限を持つ薄い封書が入っていた。封書を取り出した俺は、もう一通、筆文字で封緘された封筒が入っていることに気づいた。

表に宛名はない。だが、封緘の文字に覚えがあった。

まさか。俺が文字に指で触れると、チャクラに反応して、はらりと封が開いた。

やっぱり。胸が甘く、切なく疼いた。

カカシさんからだ。

手紙なんて、初めてだ。俺はもう一度封緘の文字を撫でてから、封筒の中身を取り出した。小さな紙片と、折り畳まれた雁皮紙、そして、気高く清々しい香りが入っていた。

ひろはらわんでる。

雁皮紙の中身は、消炎、鎮静作用の効能を持つその花弁を乾燥させたものだった。香りが高い為用途が限定されるが、その薬効は突出している。

そして、同封の紙片には、短く一言。

帰ったら、お仕置きですから。

俺は、その言葉と、雁皮紙の包みを見比べて苦笑した。

「・・・何かあったな」

結局、アキホ上忍の申し出を俺は断っていた。カカシさんのどんな些細な事も、誰とも分け合いたくないなんて、我ながら、子供じみた独占欲だとは思うけれど。

そして、カカシさんからも、同じ深さと甘さを持った想いを貰っているのだという自覚もあるけれど。

 

それは、出会った頃も、今も、何も変わらない情熱。

 

「・・・だからバカップルだって言われるのかもな」

早く、会いたい。

きらきらと、北の空へ向かって溶けてゆく虹を見上げながら、俺は思った。

 

 

 

完(06.06.22)

 

 

 

 

 

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