※ご注意

あからさまではありませんが、野獣イルカに関する性的な表現があります。

苦手な方はご遠慮ください。

 

 

 

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窓が乱暴に叩かれた。

「イルカ先生、大変だ」

サスケが叫んでいる。イルカは読んでいた本を置いて、窓の鍵を開いた。

「どうした?」

飛び込んできたサスケは、後ろを仰ぎ見た。

月光の光の中、雪に覆われた庭に、巨大な四足の獣が立っていた。金色の毛並みのしなやかな体躯、尖った顔立ちや幅のある体つきは狼に近いが、ふさふさと太い尻尾は確かに狐のものだ。

その背中に、二人の人間がぐったりとうつ伏せた姿で乗っているのを見て、イルカは庭へ飛び出した。

「北の崖の下で見つけた。馬車が壊れてて、この二人の他には誰もいなかった。馬と人間の足跡が麓に向かってついていたけど」

サスケが言った。

「やたら狼が騒いでいたのはこのせいか」

意識を失った少女と青年。二人とも身体が氷のように冷え切っている。イルカは二人の身体を抱えて居間に運び込んだ。騒ぎを聞きつけてコハルとコユキが台所から顔を出した。

「コハルさん、ありったけの毛布とお湯を準備して下さい。コユキさんは、こちらの女性を」

指示を出して、二人の濡れて重くなった衣服を脱がせにかかる。

窓辺では、サスケが、寄って来た金色の獣の鼻頭に顔を寄せた。獣は、口を開けばサスケの頭を一口で噛み千切れる程に大きい。その口元を撫でながら何事かサスケが言うと、獣はぶるぶると体を震わせ、毛の先についた雪を雫と飛び散らせた。と、見る間にその体躯は小さく縮み、元の人間の、ナルトの姿に戻った。

なぜナルトが金色の獣の姿になるのかは、イルカがなぜ獣の顔で生まれてきたのか分からないのと同じように、ナルト本人にも分からない。イルカと同じように人の社会から追われ、イルカと同じようにこの屋敷で安らぎと居場所を得た。そして、初めての友人も。

サスケが差し出した衣服を手早く身につけ、ナルトはサスケと、イルカの傍らに走り寄って来た。

「ご苦労だったね」

「二人とも、すごく冷たかった。大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。お前達も手伝ってくれるか?南と東の客室の暖炉に火を入れて温めてきてくれ」

少女は小さく可憐で人形のように愛らしかった。指に、大きな石を嵌め込んだ指輪をはめている。恐らく婚約指輪だ。衣類を脱がせるのに邪魔になると指から外し、テーブルの上のトレイに置いた。

「後は私が」

ドレスのコルセットを緩めた所で、コユキが言った。

イルカは、少女の傍らに横たえた青年の顔を改めて見た。

何て綺麗な人だろう。思わず息を飲む。

しっとりと濡れた銀色の髪が、白い陶器のような肌に張り付いている。精密な彫刻のように整った顔立ちは、繊細でもあり冷厳でもあった。固く閉じた左目を塞ぐように大きな傷跡が走っていたが、美しさを損なうどころかより凄絶に際立たせて、雄々しささえ醸し出している。

まるで、真白い雪に降り注ぐ月の光のようだ。翳り無い満月の、煌々とした力強さ。

その瞬間に、イルカの心は、この美しい男の虜になっていた。

 

 

 

哀しい魂。そう思った。

カカシ、と名乗ったその男は、豊かさを呼吸と同じように享受する立場の人間だった。特権階級、恐らく貴族だろう。ある種の人間を喜んで彼に服従させるだろう堂々とした強さを備えていた。

だがカカシが、その心に寂寥と孤独を抱えている事をイルカは感じ取っていた。

彼という人間を知りたい。理解したい。少しでも、彼の慰めになりたい。

そう思いながら、同時に、イルカは戸惑ってもいた。カカシの前だと、何故か感情の制御がうまくできないのだ。我慢や自制は、生きていく為に必要だったから身に染み付いているはずなのに、カカシに対してはつい、感情が露わになってしまう。怪我をして身動きもままならない状態で見知らぬ場所に止め置かれて、内心不安を感じているだろうカカシに、気短な態度を取ってしまって後で何度も後悔した。

「お前はもっと我儘にならねばならん」

そう言ったのは、イルカをこの屋敷に引き取ってくれた猿飛翁だ。

「我慢ばかりしておっては、本当に欲しいものを逃してしまうぞ」

「俺は、おじいさんがいれば、他に欲しいものなんてないです」

そうイルカが答えると、猿飛翁は、今にきっと分かる時がくる、と笑った。

猿飛はイルカにとてもよくしてくれた。

イルカを引き取ってから亡くなるまで、溢れるような愛情と厳しさでイルカを育んでくれた。そして、一人息子が家を出て跡を継ぐ者がいないからと、子供達とメイド達の面倒を看る事を条件に、この屋敷と財産がイルカに渡るよう手配してくれた。

上がってくる地代は莫大だった。財産はいつか一人息子を探し出して返そうと決め、イルカ達は債権の利息だけで暮らしていた。それでも5人、十分な暮らしが営めた。

猿飛翁に会う前の事は、とても、口にできない。

最も強い記憶は、痛みと、空腹だ。

イルカは、実の父と母を知らない。どこで生まれたのかも分からず、名前もつけられないまま、国境の教会に捨てられていたらしい。この容姿だ、殺さなかった事が親の愛だったと今では思う。

教会の牧師が、イルカに名前と食事と寝床を与え、読み書きを教えてくれた。イルカの容姿を憐れんで、隠すように育ててくれた牧師は、しかし国境で勃発した戦争で亡くなった。

独り立ちするには幼すぎる年齢で、イルカは戦後の混乱の中に放り出された。

その時経験した迫害が、今もイルカの心に恐怖の影として残っている。人に見つかれば、嫌悪の目を向けられ、石を投げられた。殴られたり蹴られたり、果ては悪魔の子だと袋詰めにされて川に流されたりもした。

幸か不幸か、肉体は頑健で敏捷だった。人目を避け、夜陰にまぎれて野草を毟り残飯を漁って、何とか生き延びた。自分の容姿を嘆く余裕さえ無く、ただ、生きるだけで精一杯だった。

ある時、餓えに負けて食べ物を盗みに入った。その先が見世物小屋だった。盗みを見つかって、顔が歪み骨が折れる程痛めつけられた後、その座長に拾われた。

下劣でおぞましい見世物に仕立てられ、国中を回った。その途中、倒錯的な性癖の地方貴族に売り渡された。昼は肉体労働、夜はベッドで男に仕える事を強要された。

だが、その当時はそれが辛いとは思わなかった。ただ、雨風をしのげる寝床と空腹を満たす食べ物さえあれば、それでよかった。

数年後男が没落し、債権者として男の屋敷に現れたのが猿飛翁の配下だった。

 

 

 

少女の指に輝いていた指輪を見る度に、イルカの胸は刺されたように痛んだ。

だが、この痛みを感じる事さえ、醜い自分にはおこがましいのだと、イルカは一人唇を噛み締めた。

本当に欲しいもの。猿飛翁が言った事を、イルカはようやく理解した。

美しく哀しい人。彼の側で、彼の安らぎになれれば、どれ程幸せだろう。

激しい渇きのようなその願望は、しかし同時に、この上ない絶望でもあった。

 

眠るカカシの顔を眺めて、どれ程の時間を過ごしただろう。

カカシがどんな瞳の色をしているのか、イルカはきっと、永遠に知る事はない。

物語の中ならば、美女に愛された野獣は、人の姿に戻って、美女と幸せになる。

もし人の姿になれるなら、きっと、イルカは心を尽くし命をかけてでも、カカシに愛を乞うだろう。

だが、どれ程神に祈っても、悪魔に魂を売り渡しても、この姿は永遠に変わらない。

ならばどうして、彼の前にこのおぞましい、呪われた姿を晒せるだろう。

彼に恐怖の瞳で見られる位なら、彼の声で罵倒と蔑みの言葉を聞く位なら、 孤独の中で朽ちてゆく方を選ぶ。

イルカは、今程、自分の姿を残念に、悔しく、哀しく思った事はなかった。

 

 

 

***

 

 

 

まどろむイルカを見るのが好きだ。

交わり合った後、カカシの腕の中で、そのまま吸い込まれるように目を閉じて、深い吐息を零す。

熟睡している訳ではないからか、その双丘から伸びる細い尻尾が、まるで誘うようにゆらゆらと揺れる。時折ぱたり、とシーツを叩いて、また、ゆらゆら。イルカは自分の姿を恥じているから、普段は決して見せてくれない無防備な姿だ。

イルカの過去を知った時、カカシの胸には、深い哀しみと同時に醜い嫉妬心が湧き上がった。イルカの身体を開いた見知らぬ男に殺意さえ覚えた。

だがイルカは、男を受け入れる事には慣れていても、大切に慈しまれる事を知らなかった。押し入った内側は熱く淫らにうねるのに、口付けやイルカを高める為の愛撫に初々しい反応を見せて戸惑った。その戸惑いが甘い官能に変わっていく様に、カカシの征服欲は激しくかき立てられた。

研ぎ澄まされた筋肉に包まれたその体が、カカシの下でどんな風に乱れるか。その瑞々しい痴態を思い出すと堪らなくなって、カカシはイルカの瞼にそっと口付けた。

と、ゆっくりと開いた寝惚け眼がカカシを見た。

「あれ・・・」

「どうしました?」

「・・・夢を、見ていました・・・」

「どんな夢?」

「・・・カカシさんと、初めて逢った時の夢・・・だったような気がするんですが・・・」

忘れてしまいました。そう言って目を擦る仕草は、どこか子供っぽくて甘い庇護欲を誘った。

「もう少し、眠ってなさい」

起こしてあげますから、と更に深く腕に抱き込んで、頭を撫でた。イルカが再び寝息をたてるまで、その長い髪をゆっくりと梳る。

目を遣れば、窓の外、いつしか根雪は緩み、柔らかな日差しに春の気配が漂っていた。

テーブルの上には、待ち詫びていた手紙がのっている。差出人は、先日ようやく屋敷に戻って来た猿飛翁の一人息子だ。

イルカの容姿を見ても気にした様子も無く、この屋敷も財産もイルカのものだとあっさり笑った男は、やはりイルカを大切に育てた猿飛翁の息子だった。

息子は美しい妻と貿易会社を経営しながら、身寄りのない子供達の面倒を看ていた。ならば、とイルカがある提案をし、その答えが手紙に書かれていた。

もうすぐ、大勢の子供達がこの家にやってくる。ナルトもサスケも、準備に大わらわだ。

「きっと賑やかになりますね」

期待と不安に胸を躍らせるイルカはとても幸せそうだ。少し嫉妬してしまう位に。

「あなたが楽しいと、オレも楽しいからいいんだけどね」

あなたの幸せが、オレの幸せ。

そう思える事が、何よりの幸福だと思う。

寝入るイルカにそっと口付けて、カカシは、その体温の愛おしさに微笑んだ。

 

 

 

完(2010.03.11)

 

 

 

 

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