恋の病をうつしてください

 

 

 

 告白は、全くの予想外だった。

「・・・イルカ先生って、鈍感だね」

俺は思わず目の前の男を殴りそうになった。今さっき、好きだと言ったその口で、何をぬかすか。

 混乱する俺に、男、はたけカカシ上忍は続けた。

「う〜ん、鈍感っていうのとは、ちょっと違うか。自分に向けられる感情に頓着してないって感じかな」

いい意味でも悪い意味でも。

はたけ上忍はいつも顔を覆っている口布と額宛を外していた。告白するのに、顔を隠してっていうのは、失礼でしょ。

 初めて間近で見る。きれいな顔だ。むかつくぐらい。

 そう、俺は怒っていた。

 なぜ、この男は、こんな訳の分からない事をいうのだ。

 俺を好き?何でですか?

「そんなの、オレが知りたいですよ」

俺は男です。

「知ってますよ。いかつい体だし。胸もないし。直接見たことはないですが、オレと同じもんがついてるんでしょ」

だったら。

「だったら、なんですか?」

呆れたような顔で、はたけ上忍は言った。

「あなたが男で、理由がないから、好きになっちゃいけないんですか?」

そうじゃない。それだけじゃない。でも、分からない。ダメだ。混乱する。

黙って睨みつける俺を見て、はたけ上忍はため息をついた。

平行線、というやつですね。

「本当はこんな方法とりたくなかったんですが・・・仕方ないです」

そして、口布と額宛で顔を隠した。

「うみの中忍。業務命令です」

は、と俺は思わず指を顔の前で立てた。木の葉での敬礼だ。

 口布に隠れた形のよい口で、はたけ上忍は言った。

「ただ今から、あなたを、オレの恋人に任命します」

・・・え?・・・え?えぇぇぇ?

・・・そして、俺の視界が、陰った。

・・・嘘だろ・・・キスされた。

 

 

 

上官の命令は絶対。

逆らうことは許されない。たとえ、それが理不尽なことであっても。

厳密な秩序を徹底して守る。それが、忍の社会を成り立たせる根幹だ。

だから、仕方がない。

 

 

 

 「イルカ先生」

受付所に、今日もカカシさんがやって来た。

「残業は?」

「・・・今日は、無いです」

「じゃあ、外で待ってます。一緒に帰りましょう」

顔が隠れていても判る、満面の笑顔。俺は、はい、と頷いた。

 本当は残っていた仕事を、俺は鞄の中に押し込んで、定時に受付所を後にした。

 残照に照らされた木の下で、カカシさんは俺を待っていた。

「お疲れ様でした、イルカ先生」

「カカシさんこそ、お疲れ様です。今日はどんな任務だったんですか?」

「ペットの捕獲です。珍しく、ナルトがお手柄でね」

 他愛のない話を続ける。あっという間に俺のアパートの前に着いた。

「じゃあ、おやすみなさい」

 いつものように、あっさりとカカシさんは背を向けた。その背中に、俺は言った。

「上がっていきませんか?」

カカシさんはゆっくりと振り返った。

「いい酒が、あるんです。つまみも」

「いや、でも・・・」

ためらうカカシさんに、俺は笑顔をぶつけた。俺をこんなに怒らせる人間は、そういない。

「面白いつまみなんですよ。上忍にまんまと騙された間抜けな中忍の話なんて、どうです?」

 カカシさんは、じっと俺を見詰め、何でこんなとこだけ頭がまわるの?と呟いた。

 

 

 

 「俺を狙っても、何の得にもならないと思いますが」

そう言うと、カカシさんは、

「そう思ってるのは、あなただけです」

とはっきり言った。

 畳に胡坐をかいて、向き合っていた。カカシさんは、初めて入った俺の部屋に落ち着かない様子だった。

「ことナルトに関しては、あなたは里の最重要警護対象です」

「はぁ・・・」

ミズキの件を覚えているでしょう?とカカシさんは言った。思わず、背中の傷に手がいった。

「ナルトの体に封印されている九尾の力は絶大です。そして、あなたは、ナルトに対して封印の書と同じ働きをすることができる」

「俺が、ナルトに?」

「あなたを使えば、ナルトを、九尾の力を思いのままにすることができる、と言ってるんです」

 俺は戸惑った。俺にそんな影響力はない。そう言うと、甘い、と断じられた。あなたは、ナルトにとってのうみのイルカの価値を、過小評価しすぎです。

極秘ですが、とカカシさんは言った。

「事実、ナルトを狙う不穏な動きがあったんです。火影様はすぐにあなたに護衛をつけることを決めました」

「で、それがあなただったんですね」

 理由は、納得できた。だが、方法には、疑問が残る。

「じゃあ、どうして恋人にならなきゃならなかったんですか?」

業務命令まで持ち出して。

「恋人同士なら、一緒にいても不自然じゃないでしょう?極秘任務でしたし」

「俺にまで任務を秘密にしなければならなかった訳は?」

「・・・無用に怖がらせる必要はないと・・・火影様が・・・」

視線を泳がしたカカシさんに、俺は詰めた。

「火影様が?本当に、そう言ったんですか?」

数秒の沈黙の後、観念したように、カカシさんは頭を下げた。

「いいえ。オレの判断です。理由を秘密にしていたのも・・・恋人になれと命令したのも」

「どうしてですか?」

「オレが、そうしたかったからです」

開き直ったかのように、カカシさんは俺を真っ直ぐ見た。

「任務とは関係なく、あなたの側にいたかったから」

どくん、と胸が鳴った。

 沈黙が落ちた。俺はいたたまれない気持ちになって、立ち上がり、台所から一升瓶とコップを持って来た。酒、本当にあったんですね、とカカシさんが言った。

「イルカ先生は、どうして、裏があると思ったんですか」

酌をすると、カカシさんがポツリと言った。

「・・・あなたの噂は、いろいろ聞いていましたから。色事に関しては、口より先に手が出るタイプだと」

「あー・・・」

「でも、俺には触れようともしない。変だな、って思ったのが最初です」

 毎日の送り迎え。でも決して部屋に入ろうとはしなかった。それなのに、いつも感じる微かな気配。

 いらいらした。

 この世界に生きている以上、上官の命令は絶対だ。そして、俺は、カカシさんの恋人になれと命ぜられた。だったら、そうなるまで。

 なのに。強引に命令したくせに。この男は、初心な子供のように、俺を窺うだけ。

 手を出して欲しかった、と言っているのではない、決して。

 じゃあ、どうして、俺に命令なんかした?無理矢理、覚悟を決めさせた?

 どうして、俺をこんなに混乱させるんだ?

納得しました、と俺は笑った。自分でも、引きつっているのがわかった。

「つまりあなたは、任務にかこつけて、俺に無理難題を押し付けたんですね」

「・・・そう思われても、仕方ないです」

でも、と強い瞳に睨まれ、きつく腕を掴まれた。心臓が、早鐘のように鳴る。

「さっきも言ったでしょう。側にいたかったって」

掴まれた腕が熱かった。

「好きだっていう言葉は、嘘じゃないです」

「それを、信じろと?」

叱られた子犬のように、カカシさんは項垂れた。

「・・・騙して、ごめんなさい」

あなたを合法的に自分のものにできる、その誘惑に負けました。でも、あなたの気持ちを無視している罪悪感でいっぱいで、とても手なんか出せませんでした。

だってあなたは、オレのこと好きじゃないでしょう?

・・・ずるい。どこで覚えたんだ、そういう言い方。

俺はしばらく考えて、もっとも妥当な答えを口にした。

「好きじゃないですが、嫌いでもないです」

「イルカ先生、ずるい」

お前が、言うな。睨むと、カカシさんは、苦笑した。

「・・・ね、分かりますか?」

俺の二の腕を掴んでいる手が、震えていた。

「オレ、かっこ悪いですね。好きな人に触れてるからって、緊張しすぎ」

 俺はため息をついた。ああ、もう。

「ナルトを狙っている輩というのは?」

「今暗部が追ってます。おそらく数日中で片が付くかと」

「じゃあ、あの命令の有効期限ももうすぐ終わりですね」

本来は、俺の護衛の為の命令でしょ?

 ぐっ、とカカシさんは唇を引き結んだ。

「・・・そうですね。終わりにします。でも、オレは・・・あなたが好きです。側にいさせてください」

 「お断りします」

がくり、とカカシさんの肩が落ちた。俺の腕を掴んでいた手が、そっと離れる。

「カカシさん。現状では、あなたが俺に命令する理由はないはずです」

「・・・命令じゃないです」

じゃあ、何ですか?と問うと、小さく、告白です、と呟いた。

「だったら、その口布と額宛をとって下さい」

え?と俺を見るカカシさんから、俺は視線を外した。こんなこと言うなんて、俺はどうかしてる。

「自分で言ったじゃないですか。告白するのに、顔を隠してっていうのは、失礼でしょって」

呆然と俺を見るカカシさんに、俺は早口で言った。

「告白なら・・・善処します」

 俺は覚悟を決めてしまっていたのだ。はたけカカシの恋人になると。

 だから、その責任を取れ。

 このくされ上忍。

 

 

 

完(05.04.17)

 

 

 

戻る

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送