卑怯者の恋

 

 

 

叶うはずのない恋だと思っています。

だって、そうでしょう?

あの人は、上忍。しかも、他国の手配書に載るような、里でも一、二を争う腕利きの忍です。本当なら、中忍で、アカデミー教師にしか過ぎない俺が、気安く話しかけたり出来るような人じゃないんです。

あの人がナルト達の上忍師になった事は、俺には本当に幸運でした。受付所で、あの人から、ナルト達の事を話しかけてくれるようになったんですから。

一日たった数分、あの人に会えるその時間があるだけで、受付所の仕事が毎日楽しみになるなんて・・・本当に、自分でも、情けないと思います。

あの人が好きです。

初めて会ったときから、ずっと想っています。

・・・いいえ。あの人に伝えるつもりはありません。

どうして、と聞きますか?

拒絶されるに決まっているからです。嫌われる位なら、一生黙っていたほうがいい。

だって、気持ち悪いでしょう?男の自分が、男に、本気で惚れられてるなんて。

あの人に気持ち悪いなんて言われたら、多分俺は一生立ち直れませんから。

・・・つらいです。

綺麗なんて言葉からは程遠いこの顔と、硬い無骨なこの体では、あの人の欲求を慰める事もできません。

俺には、あの人に想いを伝える資格がありません。

・・・絶対に、言いません。

でも、そっと心の中だけで、想ってるくらいは許してくれるでしょう?

 

 

 

想い人が、自分のベッドで眠っている。

これ以上に嬉しいことがあるだろうか。

俺は息が詰まるような気持ちで、眠るカカシさんを見下ろしていた。

今日は新しい発見だった。

カカシさんは、俺より酒が弱い。里屈指の実力者に、この俺が勝てる分野があったなんて。

受付所の同僚達と入った居酒屋で、偶然、アスマさん紅さんと酒を囲むカカシさんと会った。会釈だけで終わるはずだったのが、アスマさんの、こっち来て飲め、の一言で、上忍達の席に、一人お邪魔する事になってしまった。

カカシさんと、初めて酌み交わす杯。嬉しくない訳がない。舞い上がらないように気をつけながら、勧められるままに杯を空け、酌を返した。

でも、やっぱりのぼせ上がってたんだろう。何を話したか、あまり覚えていない。ただカカシさんが、額宛と口布越しにも、いつも嬉しそうに微笑んでくれていたのが分かって、嬉しくて堪らなかった。

次第に、カカシさんの体が前後に揺れ始め、アスマさんが、

「こいつ、そろそろ限界だ。すまんが、連れて帰ってやってくれ」

と言い出した時には、俺は心臓が止まりそうだった。

この人を持って帰っても、いいんですか?

「面倒臭かったら、そこら辺に捨てといてもらって構わないからな」

とんでもない、と言うと、アスマさんと紅さんは、何故か大笑いした。

そして、意識はあるものの足元と受け答えがおぼつかないカカシさんに肩を貸し、俺の部屋まで連れ帰った。

線が細く見えるが実はかなり大柄なカカシさんを、ベストを剥ぎ取ってベッドに横たわらせた時には、流石に息が切れていた。それまで、何やら意味の分からない事を呟いていたカカシさんは、迷惑かけてごめんなさいと言いながら、吸い込まれるように眠ってしまった。

本当は、水分を沢山摂って、汗をかけば、朝が全然違うはずなのだが。

この様子だと、明日、残るかもしれない。

俺もベストを脱ぎ、額宛を取って、髪をほどいた。そっとベッドの傍らに膝をつき、眠るカカシさんを見下ろした。

「もう、寝ましたか?」

少しだけ。俺は祈るような気持ちで思った。

あなたが眠っている今だけ。

あなたを俺のものだと思ってもいいですか?

「カカシさん」

今まで名を呼んだ事はない。ずっと、心の中ではそう呼んでいるけれど、口に出せるのは「はたけ上忍」という愛想の無い呼び方だけだった。

「カカシさん」

俺は、そっと額宛に触れた。無断で外すのには抵抗があったが、やはり、寝るには邪魔だろう。

口布もずらし、露わになったカカシさんの顔に、オレは思わず息を呑んだ。

彫刻のように整った、まるで女性のような顔立ち。でも、線の硬さと、左目に走る傷跡が、怜悧な凄みを感じさせた。

・・・これは、やばい。俺は苦笑した。惚れ直してしまった。

起こさないように、気づかれないように、震える指でそっとその頬に触れた。

静かな呼吸音が聞こえる。微かに開いた唇に、俺の視線は吸い寄せられた。薄い桜色の、綺麗な、唇。

触れたい、という欲望にまかせ、俺はカカシさんに顔を寄せた。白い肌。長い睫。暖かい呼吸が頬に当たった。

後数センチで触れようとした時、カカシさんが小さく呻いた。

オレは慌てて体を離した。心臓がばくばくと音をたてた。何て事を。

そして再びカカシさんの顔を見て、冷や汗が噴出した。カカシさんが、薄く目を開けて、俺を見ていた。

ばれた。

絶望的な気分が襲った。何をしようとしていたと、言い訳が思い浮かばない。

ぼんやりとした目でしばらく俺を見つめていたカカシさんは、

「一緒に、寝て」

と寝ぼけたような声で言った。そして、体を寄せて空いたスペースをぱんぱんと叩いた。

俺はゆっくりと、息を吐いた。ばれていないと、思いたい。

カカシさんは、もう一度布団を叩いた。俺は部屋の灯を消し、ベッドに上がった。

仰向けに寝た俺の胸に、カカシさんの腕が回された。

・・・勘弁してくれ。こんなので、眠れる訳が無い。

冴えた目と心を持て余す俺の隣で、カカシさんは、安らかな寝息をたて始めた。

 

 

 

浅い眠りから目覚めると、目の前にカカシさんの寝顔があった。しかも、かなり間近に。

・・・物凄く心臓に悪い。驚いて身動きすると、カカシさんはゆっくりと目を開けた。

「おはようございます。はたけ上忍」

俺の囁くような声に、カカシさんは、二、三度瞬きをして、

「おはよう、ございます・・・イルカ先生・・・」

頭痛い、と低く呻いた。

俺はベッドから出て、台所でコップに水を注いだ。ついでに、湯を沸かす準備をした。

「水、どうぞ」

「・・・ありがとう、ございます」

頭を押さえながら起き上がり、カカシさんは水を一息に飲み干した。

「しんどいですか?」

「・・・かなり」

「熱い風呂に入って、汗かいたほうがいいです」

ん〜、とカカシさんは唸った。

「・・・ここ、イルカ先生の家?」

「そうです」

「ごめんなさい。迷惑かけたんでしょうね」

「迷惑だなんて。昨日は俺も楽しかったです」

本音だ。

「今、朝の5時です」

俺は時計を見た。

「俺は今日は午後からですが、はたけ上忍は?何でしたら、体調がある程度戻るまでゆっくりしていって下さい」

「今日は・・・何もないです」

カカシさんは、頭を押さえながら、ぼそりと言った。

「昨日みたいに、カカシさんって、呼んでくれないの?」

心臓を冷たい手で掴まれたような気がした。

聞かれてた?・・・もしかして、気づかれている?俺が何をしようとしていたのか。

まさか。あれほど酔っていたのだ。動揺が表にでないように、俺は頭を下げた。

「申し訳ありません。昨日は酒が過ぎて、失礼な事を」

「そういう事を言ってるんじゃ、ないんだけど」

つまらなさそうに、カカシさんは言った。俺は、話題を変えるつもりで、努めて明るく言った。

「味噌汁飲みますか?二日酔いの時には結構効きますよ」

カカシさんは、上目遣いに俺を見て、飲みます、と呟いた。

「びっくりしました。イルカ先生、酒強いんですね」

ダイニングテーブルに向かい合って座るのは、とても奇妙な感じだった。出した味噌汁を、カカシさんはうまいです、と飲み干した。

「俺より強い人は、アカデミーにはざらにいますよ」

「・・・先生って恐い生き物ですね」

いてて、とカカシさんはこめかみを押さえた。指で擦りながら、目を閉じ、眉を寄せて呟いた。

「ばちがあたりました」

「ばち?」

「昨日は、イルカ先生を酔わせて手篭めにしてやろうなんて、不埒な事を考えてたので。そのばちがあたったんです」

「・・・・・・」

「かなり切羽詰ってるんですよ。イルカ先生ガードが固くて。全然相手にされてない感じだし」

俺は頼りない気持ちでカカシさんを見た。

「・・・不埒な事って・・・」

「文字通りですよ」

カカシさんは、眉を寄せたまま眩しげに俺を見返した。

「既成事実ってやつですかね。無理矢理にでも抱いてしまったら、オレの方向いてくれるかなって」

俺は呆然とした。

カカシさんが言っているのは、俺が願っている事と、同じ意味だと思っていいのだろうか?

「びっくりした?イルカ先生」

カカシさんは薄く笑った。

「・・・はい」

「ごめんなさい。でも、そういう事ですから」

本当に、同じ意味だと、思っていいんですか?

「ま、結果オーライというやつですね」

カカシさんはその綺麗な唇で笑った。

「昨夜貰い損ねたキスは、二日酔いから復活したら、利子つけて頂きますから」

 

 

 

叶うはずのない恋だと思っています。

そう、思っていました。

だから、こういう時、何て言えばいいのか、全然分かりません。

寝たふりなんて卑怯な真似、腹も立ちますが。

仕方ないので、思っていることをそのまま伝えます。

あなたが好きです。

初めて会ったときから、ずっと想っています。

 

 

 

完(05.07.17)

 

 

 

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