うたえ こいのうた

 

 

 

オレの耳元で、蝉が鳴く。

オレも泣きたい。あたり構わず、喚き散らしたい。こんな気持ちは初めてで、戸惑いと恐怖に身が竦む。

今さっき、眼下で繰り広げられた光景が、思い出したくもないのに浮かんでくる。

勘弁してよ、イルカ先生。

もう我が儘は言わないし、無理強いもしない。いい子にするから。

だから、浮気だけは、絶対に止めて。

木の上で、蝉と並んで泣き言を言う。こんな上忍、自分でも嫌だけど。

 

 

 

実は、昨夜から気まずかった。原因は詰るところ、オレの我が儘。

そう。結局、全部オレが悪いんです。

約束していた夕食の約束を、イルカ先生にキャンセルされた。お互い、任務と仕事が立て込んで、久しぶりの逢瀬だったのに、迎えにいった受付所で、今日は無理ですとあっさり言われた。こんな事は、過去に何度もあった。

「仕事ですから」

残念そうな様子も、申し訳なさそうな様子もなく、淡々と言うイルカ先生に、いつもの不安が頭をもたげた。

この人、本当はオレの事どう思ってるんだろう。

付き合い始めて半年。実は、オレは未だに、イルカ先生に好きだと言ってもらった事がなかった。

オレの一目惚れから始まったイルカ先生との関係は、恋人として付き合うまでは、それはもう笑える程一方的だった。最初の告白を、男なんか好きになれません、と突っぱねられたのを皮切りに、気持ち悪いだの、物好きだの、俺相手に勃つ奴の気が知れないだの、気持ちを伝える度に、今思っても随分と酷い事を言われ続けた。それでも諦められなかったオレって、我ながら本当にすごいと思う。

結局、何で俺なんか、というため息混じりの言葉に、あなたがいいんです、と返して、仕方ないですね、と言ってもらった俺の粘り勝ちだった。

今ではちゃんと、キスもセックスもする。イルカ先生も、俺を恋人だと思ってくれてると信じている。

でも、付き合いだしても、やっぱりイルカ先生はイルカ先生だった。人前では、オレとの関係を匂わすようなそぶりは絶対に見せない。外でオレが少しでも甘えようものなら、氷のように冷たい目で「セクハラですよ」と振り払われる。

子供たちの前や、受付では、あんなに優しい顔で笑うのに。その笑顔に惚れてしまって、その笑顔を独占したかったのに。

二人きりでいる時も、甘い恋人同士とはとても言えない。飲みに行く以外は、大抵イルカ先生の部屋で過ごしているんだけれど、イチャパラなんて夢のまた夢。四六時中くっついていたいオレを放置して、平日は、眉間に皺を寄せて持ち帰った仕事を片付けてるし、休みの日も、やれ掃除だ洗濯だ買出しだ飯の支度だと、全然構ってくれない。・・・そうです。キスも、セックスも、オレから強引に仕掛けないと、やらしてくれません。

だから、どうしようもなく不安がわきあがる。本当は、あんまりオレがしつこいから、仕方なく付き合ってくれてるのかも。過去を思うと、有り得ないとは言い切れないから、余計堪らない。

昨日みたいに約束を反故にされても、いつもは不安を飲み込んで、じゃあまた今度と、無理やり笑顔を作っていた。けれど昨夜は、面倒臭い任務の明けだったこともあり、堪え切れなくなってついに言ってしまった。

「そんなに仕事が大事なんだったら、一生そこに座ってたらいいですよ」

そのまま背を向けて、受付所を後にした。自分の家に帰って、すぐふて寝。でも結局、朝目覚めて頭が冷えてみれば、身を食む後悔にため息しか出てこない。

やっぱり、オレの我が儘なんだろうと思う。どんどん贅沢になる自分が、嫌になる。前は一緒にいてもらえるだけで嬉しかったのに。

どうしてオレは、恋人だと思わせてくれるだけで、満足できなくなってしまったのだろう。

とにかく昨日の事を謝ろうと、アカデミーを訪れた。

昼休みのイルカ先生を捕まえる為、アカデミーの裏庭から校舎に入ろうとしたその時、当のイルカ先生が、ちょうど裏庭の入り口に現れた。そんな小さな偶然も嬉しくて、いそいそと声をかけようとしたオレは、イルカ先生の隣に別の人影を見つけて、慌てて近くの木の上に身を隠した。

よく考えれば隠れる必要はなかったよな、と思いつつ、歩くイルカ先生の姿を目で追った。隣にいるのは確か、アカデミーの教師のくノ一。直接顔を見るのは初めてだけれど、イルカ先生から聞いていたより、ずっと若くて美人だった。

二人は、裏庭の奥のベンチに並んで座った。校舎の影になって、ベンチの辺りに日差しは当らない。でも、何でわざわざ、こんな真夏の暑い昼日中、外に出てくるんだろう。

オレは、嫌な予感に震えた。それは、人に聞かれたくない話をするから。

オレは自分の能力を全開にして、耳を澄まし目をこらした。年頃の男女が周囲に秘密にしたい話なんて、この世に一つしかない。

ベンチと木の位置から、俺にはくノ一の後頭部とイルカ先生の顔しか見えなかったけれど、会話を読むには全く問題なかった。

そして、オレは自分の予感が的中した事を知った。

「イルカ先生は、お付き合いしている方はいらっしゃるんですか?」

くノ一の声が聞こえた。やっぱり。イルカ先生の頬が、さっと赤くなった。

何で照れるの。誤解されるでしょ。苛々しながら、何て答えるだろうと目をこらした瞬間だった。オレの潜む枝のすぐ横にいつの間にかとまっていた蝉が、盛大に鳴き始めた。

嘘。オレはつい耳を塞いだ。気配を消していたのが仇になった。いや、消さないとイルカ先生にばれるけれど。

この小さな体のどこから、こんな声が出てくるのかという程の音量に、オレはため息をついた。もう声は聞こえない。オレは改めて二人に目をこらした。こうなったら写輪眼も使おうか。

さっきは何て答えたんだろうと思いながら見つめるオレの目に、くノ一に何を言われたのか、イルカ先生の顔が驚くほど真っ赤になるのが映った。尋常ではない様子に、オレは必死で、答えるイルカ先生の唇を読んだ。

ありがとう。そう言って貰えると嬉しい。

嘘・・・。オレの無駄に高い能力が、二人が微笑みあっている事を察知した。

目の前が暗くなったような気がした。ふらつく体をなんとか支え、無様に木から落ちることだけは耐えた。

二人は立ち上がり、来た時とは反対の方向から、校舎の中へ入っていった。オレは呆然と、その様子を見送った。

ありがとうって。嬉しいって。それは、そういう事なの?でも、イルカ先生は、オレと付き合ってるよね。

俺は男なんて好きじゃない、というイルカ先生の言葉が蘇った。あの綺麗なくノ一は、勿論女だ。

・・・もしかしたら、オレが浮気になるの?え?でも、オレが先に・・・。

そしてオレは、絶望的な結論を導き出してしまった。

もしかしたら・・・オレ、捨てられる?

 

 

 

「何やってるんですか、カカシさん」

木の葉の里を囲む外壁、その上に立って、沈む夕日を見つめていた。背後からかけられた愛しい声に、無理矢理笑った。見つかってしまいましたか。

「ちょーっと、黄昏てます」

ちょっとどころではないけれど。

イルカ先生は、そうですか、と言ったきり、黙ってオレの横に並んだ。

里の家々から溢れてくる暖かな食卓の匂い。美しく平和な里。命をかけて守ろうと誓った、あなたが暮らす場所。

「イルカ先生は、どうしてここに?」

沈黙と、何より側にいられるのが辛くて、オレはそっとイルカ先生との間を少し空けた。

「・・・いつもなら、来るなと言っても迎えに来るあなたが、今日は来なかったから」

「ごめんなさい」

謝る所じゃないですよ、とイルカ先生は言った。

「それで・・・何だか気になって。俺の部屋にも、自分の部屋にもいないし。で、何時だったか、ここから見る里の景色が一番好きだって言ってたのを思い出して」

「覚えててくれたんですか」

嬉しくて涙が出そうになる。

やっぱり駄目だ。この人を手放すことなんてできない。例え嫌われても、二度と笑いかけてくれなくても、諦めるなんて絶対無理だ。

「このまま逃げちゃおうか、二人で」

夕焼けに赤く染まる里を見下ろしながら、オレは言った。

誰もオレ達を知らない所へ行きたい。いや、オレ達以外他に誰もいない所がいい。この世にオレだけしかいなければ、この人も、オレだけを見てくれるかもしれない。

そう思う自分を嘲笑った。愚かな事を。そして、口に出してしまった事を後悔した。イルカ先生に、何言ってるんですかと、怒鳴られると思った。

「そうですね。逃げましょうか」

俺の隣で、同じように里を見下ろしながら、イルカ先生は言った。

「え」

「行きましょう」

イルカ先生はオレの右手を取り、そっと引っ張った。

「ちょっと待って」

誤魔化しやその場凌ぎではない、その手の力強さに戸惑った。オレは慌ててイルカ先生の肩を掴んだ。

「何言ってるの?意味分かってるの?」

分かってますよ、とイルカ先生は小さく首を傾げた。

「里を、抜けようと言うのでしょう?」

忍として最も忌むべき言葉を、イルカ先生はあっさりと口にした。

「どうして・・・」

そんな簡単に言えるんだ?呆然とするオレに、イルカ先生は苦笑した。

「どうしてって、あなたがそうしたいって言ったんですよ」

それは、そうだけれど。

「あなたがそうしたいのなら、俺に否はありません」

あなたが、今の俺のすべてですから。

本当に何でもないことのように、イルカ先生は言った。

オレは、イルカ先生と繋いだ右手に力を込めた。

目元が熱くなって、視界がぶわりと揺れた。オレは慌ててそっぽを向いた。

「何で泣くんですか」

途方に暮れたようなイルカ先生の声が聞こえた。

「泣かないで下さいよ。あなたに泣かれるの、凄く堪えます」

ごめんなさいイルカ先生。オレは目を擦った。

オレは、好きだ好きだと喚くばかりで、肝心のあなた自身をちゃんと見ていなかった。言葉や態度に出すのが苦手なあなたが、一生懸命返していてくれた気持ちを、見落としていた。

それは。二人で囲む食卓の温かさだったり。任務明けにどれ程遅く訪ねても、布団から起き出して言ってくれる「お帰りなさい」だったり。終わった後もひっつきたがるオレの髪を、苦笑しながらすく指の感触だったり。

そういう事、なんですよね。

あなたという人間が、気持ちに応えてくれるということは、上っ面だけでなく、あなたの全部をオレに預けてくれるということなんですよね。

ねぇ。イルカ先生。

里は静かに、暖かく暮れていく。

オレも、ちょっとは、自信持っていいですよね。

 

 

 

「俺は何時も言ってるでしょう」

イルカ先生はため息をつきながら言った。

「任務で約束が駄目になっても、謝る必要はないって。仕事なんですから。それと同じです」

赤く充血した右目がみっともなくて、飛ぶようにイルカ先生の部屋に戻った。

改めて、恋に落ちた気分。本当は、すぐにでも気持ちを体で確かめ合いたかったけれど。あなたはそればっかりですかと赤い耳で言われて、辛抱が限界まで振り切れそうになったけれど。

先にどうしても、確認しておかなくてはならない事があった。

「本当に、オレとの約束がどうでもいい訳じゃないんですよね」

「くどい」

うんざりしたようなイルカ先生の顔に、安堵する。こういう顔、オレしか見られないって思っていいんですよね。

「それと、もう一つ」

「何ですか」

「今日の昼、アカデミーで、くノ一に告白されたでしょう」

ぐ、という顔で、イルカ先生はオレを見た。

「・・・何で知ってるんですか」

「何ででも。論点はそこじゃありません。で、どうなんです?」

「どう、とは?」

「何て答えたんですか?付き合っている人はいるのかって聞かれたでしょう」

目元を朱に染めて、イルカ先生はオレを睨みつけた。

「そこまで分かってるんだったら、俺が何て言ったかも知ってるでしょう?」

蝉に邪魔されたなんて、格好悪い事は言えない。それにあの蝉だって、短い命の中で必死に恋の歌を歌っていたのだ。悪者にするのは可哀相。

「あなたの口から、聞きたいんです」

ああもう、と可愛い舌打ちをしたイルカ先生は、早口で言った。

「います、って答えました。大切に想ってる人がいますって」

イルカ先生から、生まれて初めて聞いた。不覚。涙出そう。

「で?その後は?」

緩みそうな口元を意地で引き締め、オレは言った。

「その後って?」

「顔を真っ赤にして、嬉しいって言ってたでしょう」

「それは違う話です」

そっぽを向かれた。

「どう違うの?」

全然分からない、と言うと、イルカ先生はオレをちらりと見てため息をついた。

「・・・最近」

台所の方向を睨みつけながら言うイルカ先生の顔が、見る間に赤く染まっていく。心底弱った、という表情も、初めて見た。

「最近・・・い、い、色っぽくなったって」

搾り出すようにイルカ先生は言った。

「前よりも・・・男前が上がったって。その理由がやっと分かったって。恋人に、大事にされてるせいねって」

何てこと言わすんですか、と呟くイルカ先生を、オレは抱きしめた。

オレの背に廻った腕が、同じ力を返してくれる事が泣きたくなる程嬉しい。オレとの恋で、この人がより魅力的になったなんて、舞い上がりそうに嬉しい。まぁ、心配の種は増えるけど。

誰よりも何よりも愛しい人。

オレは、あなたに似合う男になりたい。

こんな陳腐な台詞、あなたは笑うかもしれないけれど。

あなたの全部を包み込める男になりたい。

何よりも強く、それを願ってやまないんです。

 

 

 

完(05.08.18)

 

 

 

Over 10000hit御礼その1でございます・・・えーっとですね、頂いたリクエストはですね・・・

「イルカ先生が強気だったり黒かったりで、例えばイルカ先生浮気ネタ。カカシ先生は意外と一途」

強い(ん?)黒い(んん?)浮気(んんんー?)・・・撃沈。

ぎりぎりカカシさん一途が引っかかってる(って思いたい・・・)

8月6日1時さま(お名前をうかがってなかった!)。

素敵なリクエストが、こんなへたれな作品となってしまいました(汗)

いつかリベンジを夢見ております!どうぞ、ご笑納くださいませ(涙)!

 

 

 

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