182.5

 

 

 

出会ったのは、舞い散る桜吹雪の中。

薄紅の世界の中で、銀色に輝くその髪を綺麗だと思った。

初めてその手に触れたのは、まだ肌寒い梅雨の夜。

一つの傘を二人で分け合いながら、互いにどこか上の空で、サンダルの先で弾ける雨粒をただ見つめていた。

自分の気持ちに気がついたのは、星の大河が、天を分けてとうとうと流れゆく季節。

今にも降ってきそうな瞬きを見上げながら、任務先から戻らぬその猫背をただ思った。

小さな諍いの後、好きだからあなたが怖いです、と呟かれた夏の夜。

すべての言葉と想いが、その一瞬に向かって流れ込んだような錯覚に陥った。

 

それはまるで、生まれて初めて他人に触れるような慄きと戸惑いと興奮と。

例えようの無い充実と絶頂と、幸福。

 

こうする為に生まれてきたと、言葉ではなく本能で思う夜。

 

何て圧倒的な力に、俺たちは打ち倒されてしまったのだろう。

 

そして。この冬初めての雪が、俺の肩に舞い落ちた。

「カカシさん」

アカデミーの校門脇に立つ、今は枝だけの桜の木にもたれるようにして、カカシさんは俺を待っていた。ベージュのマフラーを首に巻いているが、あまり寒さに頓着なさそうなその様子に、内心舌を巻く。暖房の効いた室内から出てきたせいもあるが、俺は身震いが止まらない。

「お待たせしてすみません。寒かったでしょう」

「お疲れ様、イルカ先生」

カカシさんの右目がすいと細められた。額宛と口布に隠れた素顔が、柔らかく笑っているのが分かる。

「イルカ先生が、寒そうですね」

声と共に、カカシさんの右手が俺の頬に触れた。

ポケットに入っていたせいか、その指は穏やかに暖かい。そして、掌で頬を包むようにしたかと思うと、耳をするりとなぞり、そのまま項に流れて行った。

耳の後ろの骨を親指で撫でながら、髪の中に他の指を這わせるその仕草は、二人きりの部屋で、髪を解いた俺を抱き寄せて、口付けと、その先へ誘う時の合図に似ている。昨夜のそれを思い出して勝手に頬に血が上った。

次の瞬間カカシさんの掌が離れ、代わりにカカシさんが巻いていたマフラーが首にふわりとかけられた。

「お、俺は、大丈夫ですから」

慌てて言ったが、

「いいの。この為に持って来たんだから」

くるくると口元まで巻きつけられた。驚くほど柔らかい肌触りになぜか緊張する。

子供じゃあるまいし。でも、嬉しい。けれど、恥ずかしい。

「さ、帰りましょ」

促され、俺は俯いたまま歩き出した。

ちらりと舞っただけで雪は止んだが、吐き出す息の白さが、下がる気温を物語っていた。白い氷の季節がもうすぐそこまで来ている。

「受付の中で待ってたらよかったのに」

咎めるような口調になってしまう自分が嫌だった。もっと別の言い方があるだろうに。俺のせいで寒い思いなんてさせたくない、って伝えたいだけなのに。

「そんな事しませんよ」

カカシさんは気にした風も無く言った。

「この寒空に、オレが外で待ってたら、イルカ先生大急ぎで仕事片付けて、出てきてくれるでしょ?」

「何、馬鹿なことを」

思わず声を荒げてしまった。

「風邪でもひいたらどうするんですか」

「イルカ先生は、子供一番、仕事一番ですからねぇ」

カカシさんは、眉を下げて寂しげに笑った。

「こういう姑息な手段で何とか気をひこうとする、いじらしい男心ですよ」

・・・何て。何て。

「・・・馬鹿ですか?」

「仰る通りです」

 

きっと。

お互いに、自分のほうが相手を好きだと思っている。

毎日、恋におちている。

 

「今夜は鍋にしましょう」

「いいですね。丁度昨日白菜頂いたんですよ」

カカシさんはぽつりと呟いた。

「せめて年末年始は、こうやって里で過ごしたいなぁ」

 

そんなささやかな望みさえ、贅沢である身だけれど。

 

 

 

あなたと出会い、恋に落ち。

こうして、新しい季節を共に迎える。

その幸福と幸運に、限りない感謝の言葉を捧げよう。

 

 

 

05.12.06

06.04.22リメイク

 

 

 

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