このお話は、

11.05.04発行しました合同誌「光風一夜百千年」に書き下ろしました、

「嘘半ばにて、永遠は始まり」のスピンオフです(11.05.08インテックス大阪にて配布)。

申し訳ありませんが、「嘘半ばにて〜」を読んでいないと、「?」なお話となっておりますので、

ご了承くださいませ。

 

 

 

 

 

 

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光る風の中、あなたと共にいる

それは百年にも千年の歳月にも値するものだ

 

 

 

 

 

 

「お主、自分が何を言っておるのか分かっておるのか?」

はい、と頷いたカカシをじろりと睨めあげ、三代目は煙を吐き出した。

「お前如きに務まると思うてか?」

「できます」

即答に、並の忍なら震え上がりそうな眼が笠の下で光る。

「身の程を弁えろ。小童めが」

しかしカカシは、お願いします、と地に着く程に深く頭を下げた。

「どんな任務も絶対にやり遂げます。必ず、お役に立ってみせます。だから、どうかお願いします」

三代目の冷厳な瞳が、カカシを見下ろす。まだ薄い身体、ようやく逞しさが宿り始めた腕、敏捷さに頼った脚を見る。

「頭を冷やせ」

それだけ言って、頭を下げたままのカカシに、三代目は背を向けた。

 

 

 

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断りたかった。

ふかふかと柔らか過ぎるソファーは尻の座りが悪くて落ち着かず、敷かれた絨毯は毛足に足を取られんばかりに深く、天井からぶら下がる電飾は透明な細工で飾り立てられてやたらとチカチカしている。客をもてなす為の部屋なのだろう。広い室内には、美しい装飾を施された品の良い調度品が並んでいるが、カカシは慣れぬ居心地の悪さしか感じない。

この居辛さは恐らく、向かい合う相手によるものが大きいのだろうが。

「すまないね。急に呼び出したりして」

にこやかな笑顔で、この屋敷の主である鈴城が言った。

「………いいえ」

「カカシ君は忙しい身だからね。今日、里にいてくれてよかったよ」

ははは、と揺れる恰幅のよい腹から、カカシは目を逸らした。鈴城の妻らしき女性が茶を運んできて、俯いたままカカシの前にカップを置く。かちゃかちゃと陶器が触れ合う音が、高い天井にやたらと響いた。

なぜカカシがここに呼ばれたのか理由は分からない。ただ、拒める命令なら拒みたかったのが本音だ。木の葉忍術研究所の事務職である鈴城は顔を知っている程度で、直接関わりを持っていない。彼の娘であるカリンとは、幼馴染であるイルカを挟んで面識があるが、鈴城本人とは、カカシの母親の葬儀の席で初めて言葉を交わしただけだ。その時に受けた申し出を思い出し、カカシの眉が寄った。

「………御用はなんでしょうか」

さっさと帰りたい。そう思って切り出したのだが、

「まぁ、飲みなさい。妻の煎れた茶は絶品だよ」

鈴城はにこやかに笑って、ゆったりと背もたれにもたれかかり、両手を腹の前で組んだ。

「これからする話は………少々込み入っていてね。寛いで聞いて欲しいんだ」

「どんなお話ですか?」

重ねて問うても無言の笑顔のまま促すから、仕方なくカカシはテーブルの上のカップに手を伸ばした。匂いにも味にも違和感は無い。そう感じて、飲み込んだ。

素直に飲んだ自分が馬鹿だった。それを悟った時には、もう手遅れだった。

喉を流れ落ちたのを感じた次の瞬間、くらり、と視界が回ったような気がした。瞬くと目眩のような感覚は無くなったが、今度は、何かが沸騰するような感覚が身体の奥に生まれた。ぞくぞくと肌が粟立って、発熱しているように、こめかみにじわりと汗が滲み始めた。

「どうした?具合でも悪いのかな?」

向かい側に座っていた鈴城が立ち上がり、ゆっくりと歩み寄ってくる。生暖かい手が肩に置かれ、カカシの顔を覗き込んでくるその視線の底に、探るような光がある。

「あんた…何入れた……っ」

その目を睨み上げながら、自分の身体に点った炎と戦った。熱い。身体の奥に火が点ったかのように、熱くて堪らない。

「何の事かな?」

蛇の狡猾さがにいやりと笑い、カカシは自分の迂闊さを呪った。油断していたつもりはないが、心のどこかで、鈴城を侮っていたのかもしれない。金の力で木の葉上層部に喰い込み、上辺は階級に従いながら、下げた頭の影で舌を出しているような男の老獪さは、まだ十代のカカシに見抜けるようなものでは無かったのだ。

「体調が悪いなら、この部屋で休んでいけばいい。大丈夫だ、急な呼び出しは来ないよ」

鈴城の手を拒みたいのに、カカシの身体は促されるままに、ソファーに横たわってしまった。荒い息を吐きながらカカシが身体を丸めるのを確認して、鈴城は部屋を出て行った。閉じた分厚い扉の向こうから、細い女性の声と話しているのが、カカシの耳に途切れ途切れに聞こえてくる。

「…特別に………薬を………」

「………まだ子供………」

「…カリンは………もう孕める………ご意見番も了承………」

程なくして、扉が開かれた。

「カカシ…っ」

部屋に入ってきたのはカリンだった。ソファーに丸まったカカシを見て、弾かれたように駆け寄ってきた。

「大丈夫?どこか、痛いの?」

真剣な声音に裏は感じ取れない。必死な瞳が、カカシの顔を覗き込んできた。

「お父様に、カカシに付いてるように言われたの。どうすればいい?」

細い指がそっとカカシの肩に触れた。そこからぞくぞくと背筋に震えが走って、カカシは思わず息を飲んだ。

腰の奥で渦巻くこの情動を知っている。上忍が童貞では話にならないと無理矢理に連れて行かれた遊郭で、白粉と煙草と微かな青臭さの中で覚えた男の本能だ。鈴城が茶に何を仕込んだのか、もう疑いようもない。

下衆が。しかし悪態も、沸き上がってくる感覚に流されそうだ。

「………離せ」

掠れたカカシの声に、カリンの瞳が不安気に揺れた。

「どうしたの?どこが苦しいの?」

カリンの労りにも苛立ちしか感じない。どうしてこんな時に。

「………出て行け」

「でも………」

「いいから………出ていってくれ」

常に無いカカシの切実な声音に、カリンの顔が泣き出しそうに歪んだ。首をふるふると横に振り、

「駄目だよ。お父様に言われたの。黙ってカカシの言う事を聞いて、じっとしてろって」

鈴城の意図を悟って、腹の奥で怒りが膨れ上がった。どうして、と歯を噛み締める。

「何でも言って。言う通りにするから」

まだ年端の行かないカリンが、本当の意味で父親の指示を理解していない事は、カカシを見つめる瞳の色で分かる。だから余計に、腸が煮えくり返る。

いいから、とカリンの手を振り払い、カカシはソファーから起き上がった。ふらつく脚には力が入らず、ちゃんと前に踏み出せているのかも、自分でははっきりとは感じ取れない。ただ、一歩一歩と足を動かして、何とか窓際に辿り着いた。

「カカシ」

カリンの涙の混じった呼び声が背にかかったが、振り返る余裕はない。掃き出し窓を開き、外へ転がるように出た。一階で良かったと思いながらバルコニーから庭へと降りたが、段差に足を取られて、芝生の上に崩れ落ちた。

泣くな。

唇を噛み締めて、滲むものを堪える。握り締めた拳を支えに身体を起こし、土に汚れ、夜露に濡れたまま、門扉へと足をひきずる。

こんな事で、泣くな。

憎むなら、自分の無力だ。自分で自分すら守れない、自分を憎め。

足元が覚束無くなる程の薬が生む効果と、荒れ狂う感情に、カカシの情動は今にも振り切れそうだった。この突き上げるような衝動のままに、カカシが触れたいのは唯一人。抱きたいのは唯一人。

イルカ。命よりも大切な幼馴染を思い、カカシは悔しさに胸を掻き毟った。こんな弱い自分ではイルカを守れない。母親を失った時に実感した無力感と、四代目を送り出した時の絶望に追い立てられるように、一刻も早く強くなりたいと過酷な任務を乗り越えてきた。

それでもまだ、十代の子供に過ぎない自分では逃げられないものがあると、こんな形で思い知らされるとは。

鈴城の屋敷に来るようカカシに命じたのは、上層部の一人だ。ならば、今夜の鈴城の行動も、上層部の了承済みだと考えて間違いないだろう。恐らく鈴城はカカシを諦めない。逃げたカカシの後を追ってこないのは、焦る必要はないとたかをくくっているだけだ。

悔しい。

自宅へ続く路地の隅にしゃがみ込み、カカシは太腿に自分の爪を食い込ませた。痛みで気を紛らわせないと、今すぐ闇を飛び、イルカが眠る部屋に飛び込んでしまいそうだった。まだ幼いイルカを傷つける訳にはいかない。どれ程欲しいと思っても、それは自分が許せない。

父親に連れられて訪れたうみのの家で、初めて生まれたばかりのイルカを見た瞬間から、カカシはイルカのものだ。彼を守り、隣で生きる事が、カカシの全てだ。いずれ互いが成人し、イルカがカカシを受け入れてくれる時が来るまで、カカシは何時までも待つつもりだったし、それがカカシの未来へと繋がる唯一の幸せだ。

悔しい。

里の忍として生きることに迷いはない。里の為ならば、どんな任務も厭わない。そのカカシから、たった一つの幸福を奪おうとする、その力に抗えない自分自身が、腹立たしくて堪らない。

今は、こうして逃げるしかない。この心を、カカシにとって唯一絶対の幸福を守る為ならどこまでも逃げきってみせると、カカシは、夜に黒く塗り潰された空を見上げた。

 

 

 

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「カカシを暗部に?」

目を見開いたミナトに猿飛はうむ、と髭をしごいた。

「上層部から、是非にという話が出ておる。無論、暗部の人選は火影の特権じゃが、根拠無しに意見を無視する訳にもいかん相手じゃからの」

分かります、というようにミナトは苦笑した。

「実力的には全く問題ない。寧ろ、あの環境であやつの才能は開花すると踏んでおる」

「………カカシには、もう少し、子供でいさせてあげたいんです」

猿飛の言葉に頷いたミナトの声音は、しかし淋しげだった。

「いずれあの子は、この里を背負って立つ忍になる。それを周囲に期待されて、期待に応える力を持っている」

それは、本人が望むと望まざるに関わらず、忍として生きるならばカカシに定められた運命だ。

「いずれそうなるなら、せめて、今のうちは………例えば休暇に、友達と自由に遊べるような環境に置いておいてあげたいんです」

僕の我儘ですが、と眉を下げて微笑んだミナトに、三代目も頷いた。

………遠い追憶の中から、三代目は目を開いた。

去ってしまった背中を思い出し、深く煙を吐き出した。もし彼が生きていたら今のカカシにどう答えたであろうか。

扉の向こうに立つ気配がある。昨日の今日だ。諦めるかと敢えて無視をしていたが、もう一時間、立ち去る様子を見せない。余程の決意なのかと、そうせざるを得ない重みを想像すれば胸が痛み、三代目はついに声を掛けた。

「カカシ。入れ」

音もなく開いた扉の向こうに立つカカシに、三代目は思わず目を見開いた。目の下に浮いた隈でもなく、青白い顔色でもない。濃い灰色の瞳に浮かぶ決意の、昨夜とは比べ物にならない程の固さだ。

「お願いします」

カカシは深く頭を下げた。

「オレを、暗部に入れて下さい。必ず、三代目のお役に立ってみせます」

「理由は何じゃ?」

それ程までに強く願う理由は何だ。

「暗部に入隊すれば、お前の経歴と存在は里から抹消される。生活にも制限が加えられて………友にも逢えなくなるぞ。それでもいいのか?」

カカシは顔を上げ、三代目の視線を真っ向から受け止めた。

「暗部に入隊したいのは、オレが、まだ子供だからです。自分自身すら守れない、無力な子供だからです」

思わぬ返答に、三代目は図るように目を細めた。

「何があった?」

「何も」

言うつもりはないと、自分で始末をつけるとカカシは言外に告げて、お願いします、と再び頭を下げた。その身体はまだ薄く、腕も脚も発展途上を感じさせる。しかしその心は、強く有りたいと静かな咆哮を上げている。もう子供でいるつもりはないのだと、守られた場所から今すぐに出せと叫んでいる。

「ならば約束せい」

カカシの目を見据えて、厳と命じた。

十年。

「暗部在任期間の十年を、何としても生き抜け。それを約束するなら、お前は今日から暗部所属じゃ」

「ありがとうございます」

その声には、自分の望みが叶った喜びも安堵もない。ただ、ただ、怯む事を知らない固い決意だけが宿っていた。

 

 

 

完(11.05.22)

初出(11.5.08)

 

 

 

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