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04 止血剤、予備がまだあったよな。 午前2時、眠る木の葉の里。オレは、ぱっくり割れた脇腹を抱えて、家路を急いでいた。 髭とのツーマンセルの任務は成功した。 敵さんの命と引き換えの攻撃が、オレの脇腹を抉った以外は、ほぼ完璧と言ってもいい。 流れる血がベストに赤黒い染みを作り、手甲をじとりと濡らす。確かに、結構、相当痛いが、この程度の深さの傷なら、家にある医薬品で十分対応できる。 病院は、すぐに入院しろなんて言うから嫌だ。子供じみた言い分だが、日がな一日天井見つめて寝てるだけなんて、退屈な事この上ない。 自宅に続く路地は、丁度受付の敷地に突き当たっていた。奥に、建物の窓からこぼれる明かりが見える。 あの人から、週に一度は受付の夜勤が回ってくると、以前に聞いた事があった。もしかして今夜もいたりするかなと、その黄味がかった灯りの下で、あの人が立ち働く姿を思い描いた。 報告書は髭に任せたし、もしいたとしても、こんな情けない格好、とても見せられないけれど。 切ないような気持ちになりながら、街灯が瞬く路地を二、三歩進みかけたオレは、突き当たりの角に気配を感じて、足を止めた。 「嘘・・・」 傷に気を取られていた事と、里の中である事に安心していたせいもあるだろう。気配に、気付くのが遅れた。進もうか戻ろうか躊躇した次の瞬間、 「・・・カカシさん?」 角から現れた人影が、オレに声をかけてきた。 どんなに深い闇の中でも、決して間違える事のない、そして、今一番会いたくなかった相手。 「こんばんは。カカシさん」 任務明けですか?とイルカ先生はぺこりと頭を下げた。右手にコンビニの袋を下げている。うろたえるオレを他所に、軽い足取りでこちらへ向かってきた彼が、僅かに息をのむのが分かった。 「・・・怪我を、なさっているのでは?」 「大丈夫です」 オレは無意識に後ずさった。でも、とイルカ先生は眉を寄せた。 「病院は、反対方向ですよ」 「・・・ええ、まぁ」 オレの返答に、イルカ先生の眉間の皺が更に深くなった。 「行きましょう、病院」 腕を伸ばして、イルカ先生はこちらへ一歩踏み出した。 「近寄らないで」 思ったより自分の声が冷たくて、自分で焦った。突かれたように動きを止めたイルカ先生は、それでも真っ直ぐオレを見つめてきた。 「・・・あの、オレ、匂うから」 居た堪れない気持ちのまま、言うつもりのなかった言葉が零れ落ちた。イルカ先生は訝しげに首を傾げた。 「任務明けなんですから、当たり前でしょう?」 その黒い瞳を見返すことができず、オレはうろうろと視線を彷徨わせた。 それは、汗ではなく土でもなく。 血が。 浴びてしまった血の匂いが。耳にこびりつく怨嗟の声が。痛苦に濁った眼差しが。 断末魔の瞬間に人間の体から噴出す、赤黒くどろどろとしたものが、鼻を突く悪臭となって、オレの体から立ち上っている。任務明けはいつも、そんな気がして仕方がない。 「・・・匂うから」 数え切れない人間を縊り、背負ってきたその血生臭い業は、きっとすっかりオレの体に染み付いて、もうどんなにきれいな水でも洗い流す事なんかできないだろう。 ふと、分かった気がした。 イルカ先生を好きだと思う気持ちの裏で、ずっと、オレは無意識に諦めていた。 里の為に生き、里の為に死ぬだろうオレには、誰かの心を欲しがる資格はないのだと。 己の身一つ自由にならない癖に、この血汚れた体と醜い心を満たしてくれと求めても、誰も、受け入れてなどくれないだろうと。 本当は、その温かさが欲しくて欲しくて仕方ない癖に。 「だから、当たり前でしょう?」 イルカ先生は、僅かに言葉を強め、顔を上げたオレの目を真っ直ぐ見返した。 「里の為に血を流すあなたを、そして、里の為に血を浴びる事を厭わないあなたを、オレは誇りに思います」 一歩を踏み出し、イルカ先生はオレの目前に立った。 「だからどうか・・・俺に、あなたを、大切にさせて下さい」 思いがけない言葉は、温かく、力強かった。 「俺が、あなたを大切にします。カカシさん」 その言葉の意味が、オレが求めるものとは違うのだと、頭では分かっていても。 まるで熱い塊を飲み込んだような激情に、オレは叫びだしそうになった。 「・・・どうもかなわないなぁ」 震えを押し隠したオレの言葉に、イルカ先生はにこりと目を細めた。 「さ、行きましょう」 何の躊躇いなく、オレの腕を取って。 「痛いのが怖いなら、一緒にいてあげますから」 労わりに満ちた目で、冗談めかして笑う。 あなたみたいな人と出会えて、よかった。 オレは、心で泣いた。 060715 ブラウザを閉じてお戻り下さい |
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