05

 

イルカ先生の右手で、ビニール袋がかさりと音を立てる。

並んで歩く夜道。月は、寝静まった民家の屋根に引っかかったように低い。

オレの腹が割れてさえいなければ、こんなに幸せな道行はないだろう。いや、怪我をしているからこそ、こうしてイルカ先生はオレの隣にいてくれるのか。

それでもいい、と思う。

さっき貰った言葉だけで、もう十分だと思う。

イルカ先生が一瞬だけ触れてくれた左腕を、オレは無意識に擦っていた。

「今日は、受付だったんですか?」

イルカ先生は、はい、と返した。

「ちょっと遅すぎる気はするんですが、晩酌にと思って」

オレの視線に応えて捧げてくれたビニール袋は、缶ビール2本とつまみらしき小さなパックが透けて見えた。

「ごめんなさい」

オレは立ち止まった。数歩進んで、イルカ先生が振り返った。

「仕事上がりで疲れているのに、付き合わせてしまって。早く帰って、休んでください。オレ、ちゃんと病院行きますから」

心優しいこの人に、迷惑をかけたくない。面倒臭い事に関わったと嫌われたくない。

本当は、もっとずっと一緒にいたいだなんて、我儘を願ってはいけない。

「逃げようたってそうはいきませんよ」

イルカ先生の口調は冗談めいていたが、目は笑っていなかった。

「そんな事言う暇があったら、さっさと歩いて下さい。応急処置は、あくまで応急なんですから」

「でも・・・明日もアカデミーが早いんでしょう?」

躊躇するオレに、イルカ先生は大きく溜息をついた。腰に手をあて、考え込むように地面を見つめていたかと思うと、ぐいと顔を上げた。

「・・・カカシさんは、誰にでもそうなんですか?」

寄せられた眉とあからさまに不機嫌な声に、心臓がひやりと冷えた。

「・・・そう、って?」

「すぐに謝る」

ぱん、と突き付けられた。

「病院に付き添うと言い出したのは俺の方でしょう?この間の夕飯の約束も、任務が入って駄目になったのはあなたのせいじゃない。なのに、どうしてすぐに、そんな顔して謝るんですか?」

「・・・・・・」

嫌われたくないからだと言えたら、どんなにいいだろう。

邪まな気持ちを孕んだその願いは、強すぎる気持ちまで伝わってしまいそうで、口にする事が恐ろしい。

「・・・オレは、どんな顔してますか?」

自嘲したオレをどう受け取ったのか、イルカ先生の頬が微かに歪んだ。

「・・・本当は、他に、もっと言いたい事があるって顔です」

ぐい、と踏み込まれ、頭に血が上ったのを感じた。ただでさえのぼせ上がっているオレに、どうしてこの人は、そういう事を言うんだ。

「それ、立場・・・逆じゃない?」

オレの声の低さに、イルカ先生は肩を震わせた。

「そうです」

イルカ先生の表情が、何かを堪えるように固く引き結ばれた。

「中忍の俺が、上忍のあなたにこういう口を利くのは、不躾だと分かっています。・・・でも、俺はもう、あなたを怒らせる以外に、あなたの心を知る方法が分からない」

カカシさん、とイルカ先生は消えそうな声でオレを呼んだ。

「・・・俺が側にいるのがそんなに嫌なら、どうして俺を、誘ったりしたんですか?」

黒曜の瞳が、今にも零れそうな位に揺れていた。オレは呆然とイルカ先生を見返した。言っている意味が分からない。

「イルカ先生、あの」

「からかってるんだとしたら、もう、勘弁して下さい」

俺の言葉を遮るように続けて、イルカ先生は俺に背を向けた。

肩越しに、病院には行って下さい、と呟いたイルカ先生は、小さく頭を下げると、そのまま路地の先へと走り出した。

 

 

 

060715

 

 

 

ブラウザを閉じてお戻り下さい

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送