06

 

「今日も朝から忙しかったなぁ」

午前中の混雑がはけ、担当職員だけになった受付は落ち着いた空気に包まれていた。受け付けた報告書をランクで分けてクリップでまとめるイルカの隣で、同じ受付職員の男が大きく伸びをした。

「そうだ、イルカ。お前ってさぁ」

イルカに話しかけながら、男は後方の職員に、自分が担当した報告書を入れた箱を手渡した。箱の中身が、受け付けたそのままの状態なのを見て、後方職員の眉がぴくりと上がった。

おい、と言いかけたイルカを、後方職員が目で制した。諦め顔で首を振るのを見て、イルカは言葉を飲み込んだ。

男は気付かぬ様子で話し続けた。

「前から思ってたんだけど、どうして報告書の提出受ける度に、外勤にお疲れ様だとか何だとか声掛けるんだ?」

思わぬ問いかけに驚いて、イルカは男の顔をまじまじと見つめた。テーブルに肘をついて、ボールペンをいじりながら、男は、奇妙な形に口元を歪めた。

「無駄口たたく暇があったら、書類をさっさと処理して待たせる時間を短縮させた方が、疲れて帰ってくる外勤の為じゃねえの?そんな事してるから、お前の列が長くなっちまって、結局こっちに人が回ってくるんだよ」

今度は、後方職員が腰を浮かしかけた。それを苦笑で押し止めて、イルカは出来るだけ穏やかな口調に聞こえるように言った。

「・・・そうかもな。でも悪いけど、俺はこれからも止めるつもりはないよ」

それ以上会話を続けたくなくて、手洗ってくる、とイルカは席から立ち上がった。

 

 

 

「・・・っざけんな」

トイレの鏡に向かって、声を出して毒づいた。鏡の中の苛立った表情の自分に、余計うんざりした気分になる。

男は、1年前に受付から里史編纂室に配置換えになり、文書係を経て、1週間前に再び受付に戻ってきた。所謂、盥回しというやつだ。

その理由は押して知るべし。命じられた事以外をするつもりが無く、やる仕事は中途半端でミスが多い。一人前の働きが出来ない男に、周囲は不満批判の嵐だが、無自覚な本人はどこ吹く風だ。

「・・・第一、無駄口って、何だよ」

自分の命を賭け、肉体と精神を酷使して里に尽くす仲間たちを、ねぎらいといたわりの言葉で迎えたいと思うのが、単なる自己満足だと言いたいのか。

噴き上がった腹立ちのままに、がん、と、拳で壁を叩いた。

「あっ・・・」

小さく背後で声が上がり、イルカは驚いて振り返った。

室の入り口で動きを止めていたのは、一目見れば忘れる事のできない容貌の上忍。額宛と口布で顔の殆どが隠され、唯一露になった右目が、僅かに見開かれていた。

「す、すみません、はたけ上忍」

イルカは慌てて頭を下げた。どきどきと心臓が早鐘を打ち、かっと頬に血が上る。何て間の悪い。よりにもよってこの人に見られるなんて。

いいえ、と短く言ったはたけカカシは、イルカの隣の洗面台に立って蛇口を捻った。流れる水音の間に、気まずい沈黙が落ちる。

「・・・聞いても?」

ふいに言われた意味が分からなくて、イルカは、はい?と聞き直した。

「何がイルカ先生をそんなに怒らせるのか、聞いてもいいですか?」

淡々とした口調には、押し付けがましさも興味本位の軽薄さも感じられなかった。その控えめな配慮につられるように、イルカは口を開きかけた。

その時、ちらりと、鏡の中の自分が目の端に映った。

・・・変な顔だ。

自分は、カカシに何を言うつもりなのだろう。腕のたたない同僚の悪口?自分の心を否定された憤り?そんなものを、はたけカカシに聞かせるのか?日々命を削って里に尽くすこの男に、そんな、内輪揉めのような下らない事を。

呆れ顔の君。考えるだけでぞっとする。

好きな人の前では、やっぱり格好つけたい。やせ我慢でも何でも、少しでもよく思われたい。そう考えると、自然に、にこりと笑えた。

「・・・ありがとうございます。もう、大丈夫ですから」

イルカの顔を見たカカシは、僅かに肩を下げるようにして、そうですか、と呟いた。

 

 

 

060826

 

 

 

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