こんな、肩が触れ合う程近くにいて。

あなたに、この心臓の音が聞こえやしないかと心配になる。

 

片恋の相手に誘われて、小さな居酒屋のカウンターに並んでいる。緊張で食べ物が喉を通らない程うぶではないが、ジョッキを空けるペースが普段より早い事は自覚している。

生もう一杯、と店員を呼ぶと、

「いい呑みっぷりですねぇ」

そう言ってカカシが笑った。口布を下げたカカシの素顔は、恋心を抱く身には眼に毒だ。

「とんでもない」

イルカは首を振った。

「カカシさん、進んでないんじゃないんですか?」

カカシのジョッキは、まだ半分程残ったままだ。

「今日はね、酔っ払う訳にはいかなくて」

苦笑交じりの言葉に、この後何かあるのだろうかと、いらぬ想像が走り出す。

僅かとはいえ体にアルコールを入れたのだから、任務という事は無いだろう。時刻も遅い。

・・・もしかしたら、大切な人に会いに行くのかもしれない。そう思った瞬間、胸を刺すような痛みが貫いて、イルカは息を詰めた。

だから、余計な想像はしないほうがいい。運ばれてきたジョッキをイルカはぐいと呷った。今、カカシが目の前にいる。それだけを、ただ、考えていたらいい。

無意識に、胸のポケットに入れた煙草に手を伸ばしかけ、思い留まった。体に染み付く煙草の煙を厭う忍は多い。だからイルカは、相手が吸わない限り人前では嗜まないようにしている。

「頂戴」

いきなり、カカシが言った。

「え?」

顔を上げると、思わぬ近さにカカシの顔があって、イルカの喉と心臓が奇妙な音をたてる。

「煙草でしょ?頂戴」

「・・・・・・」

ポケットから取り出した青いボックスを、カカシに差し出す自分の手が微かに震えている事を、イルカはどこかふわふわとしたような緊張の中で自覚した。

箱を小さく振って先を出した1本を、カカシの白い指先が摘んだ。

そのまま唇へ持っていくのを眼で追って、カカシが手甲を外している事に、イルカはようやく気付いた。

「ありがとうございます」

自分の手とは違う、少し骨ばって血管の浮いた長い指のその手が、細い煙草を指の間に挟んで、覆うように口元を隠す。

「・・・でも」

小さな呟きが、周囲の喧騒を貫いてイルカの耳に届いた。

「・・・あなたから本当に欲しいのは、煙草じゃないんです」

 

 

 

自分の手とは違う、少し骨ばって血管の浮いた長い指のその手に抱き寄せられて。

イルカがその言葉の意味を知るのは、それからおよそ1時間後。

 

 

 

080305

 

 

 

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