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夜。 2年前から付き合っている恋人が、不意に部屋に訪ねてきた。 結い上げた黒髪に散った滴に、外は静かな雨が降っている事を知る。 「どうしたの?こんな遅くに」 いつもなら勝手知ったるで、指定席であるテレビの向かい側に座るはずのイルカは、私が差し出したタオルを受け取ったまま、部屋の入り口でじっと立ち尽くしている。 「ごめん。急に」 今まで聞いた事が無いような、静かな声音。 「話があって来た」 伏せられていた黒い瞳が上がり、真っ直ぐ私を見た。 その、闇夜より深い色合いに、私の胸が騒ぐ。それは、ずっと思い描いていたイルカとの幸せの予感というより、何か別の、暗い不吉なものを感じさせた。 そして。 「好きな人ができた」 別れて欲しい。そうイルカは言った。 頭を殴られたような衝撃に、くらりと視界が揺れる。 思えば、予感がなかった訳ではない。 最近、会う機会がぐっと減った。私が話しかけても上の空の事が多くなり、何より、大好きだったあの、太陽のような笑顔を見せてくれなくなった。浮かべるのは、いつもどこか悲しげな微笑。 もう2年も付き合ったんだから、お互い慣れてきちゃったのよね。私は自分にそう言い聞かせていた。 「・・・どう・・・して?」 そう問いかけながら、私は、心の中で、聞きたくないと叫んだ。それを聞いてしまったら、もう、取り返しがつかない。そんな気がした。 それだけは言わないで、ね、お願い。そう祈る私の前で、硬く強張っていたイルカの表情が、ほんの僅か優しい色を見せた。 「もう、あの人じゃなきゃ駄目なんだ」 あぁ。嫉妬に眼が眩む。 そんな顔をしたあなたが、もう心を変える事はないと、私は、悲しい程に知っている。 どれ程泣いて叫んでも、何もかもが手遅れだと、痛い程に分かっている。 それでも私は、あなたを詰らずにはいられない。 それ位、好きだった。 夜。外は雨。 私は窓越し、傘もささずに去ってゆく後ろ姿を見つめる。 降り注ぐ雨と、私の目からとめどなく溢れる涙で、その背中が霞んでゆく。 と、路傍に立っていた人影から、イルカに黒い傘が差し出された。 イルカは足を止め、傘を差しかける人影が、こちらにちらりと視線を向けた。 その顔に私は眼を疑った。木の葉の忍なら知らぬもののない、銀色の髪の上忍。どうして、彼が。 すぐに上忍は私から視線を外し、二人は、並んで歩き出した。 私は、二人の背中が、闇の向こうに消えてゆくのを、じっと見送った。 そして今も。 銀髪の上忍に向けられたあの視線の意味を、ずっと、考えている。 080308 ブラウザを閉じてお戻り下さい |
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