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10 「ずっと嫌でした」 カカシの声が静かに言った。 低い月。遠い街灯。その表情は、闇に隠れて見えない。 「受付で、あなたに会うのが、ずっと、嫌でした」 淡々とした拒絶の言葉に、イルカの胸は、抉られたように痛んだ。 そんな事を言う為に、わざわざ追いかけてきたのか。そんなに、嫌われていたのか。 堪えていた涙がせり上がり、視界を揺らせて、流れ落ちた。カカシに気づかれぬよう、必死で嗚咽を飲み込んだ。 呼吸さえ苦しいほど、胸が痛い。こんな残酷な恋の失い方をするなんて。 一方的に好きなだけ。ただ密やかに想うだけ。それさえ、許されない事なのか。分不相応な恋情を抱いた罪の、これが罰なのか。 頼むから、もう、許してくれ。 崩れ落ちそうになる膝を励まして、イルカは再びカカシから逃げようと身を返した。 だが。 「待って」 伸びてきたカカシの手に、腕を掴まれた。 「離して下さい・・・っ」 顔を伏せ、イルカは必死で身をよじった。だが、腕を掴むカカシの手は、それ程力を入れているようには見えないのに、イルカの抵抗にびくともしない。 「嫌です。あなた、逃げようとしてる」 逃がさない。断固とした口調に、圧倒的な力の差と、絶望を感じた。 「・・・っ」 全身から、力が抜けそうだ。カカシの口からこれ以上、自分を拒む言葉を聞いてしまったら、もう、立っている事もできなくなる。 「あなたが、笑うから」 顔を背けたイルカの耳に、カカシの言葉が入ってくる。 聞きたくないのに、その切実で真摯な声音が、イルカの心に滲み込んでくる。 「受付る忍全員に、お疲れ様です、と言って笑うのを、嫌でも目にしてしまうから」 だから、オレは、受付であなたに会うのが、嫌だったんです。 「オレはずっと、あなたの笑顔を、あなたを、独り占めしたかった」 「あなたの事を、好きだから」 思考が、止まる。 「あなたにとってオレは、受付で応対する他の忍と同じ。それが堪らなく嫌で、でもどうしたら、あなたの気を惹けるのか分からなくて」 カカシの声が近い。掴まれた腕が熱い。 「一緒に飯が喰える、それだけで、ガキみたいに舞い上がって。約束が駄目になった時、いつものように笑ったあなたに、あなたにとっては、オレとの約束なんて大した事じゃないんだって、余計落ち込んだりして」 途切れた言葉に、イルカは、顔を上げた。ほんの僅か上にあるカカシの、唯一素顔をさらした右目が、どこまでも真っ直ぐに、イルカを見つめている。 「でも、さっきのあなたの言葉で」 心の底まで貫かれたかのように、もう、カカシの眼差しから、目を逸らす事ができない。 「もしかしたら、あなたも、同じ様に、オレを想ってくれているんじゃないかって」 心臓が痛い。それは、暴かれてしまった事への羞恥と、そして。 「自惚れじゃ、ないですよね。イルカ先生」 「・・・・・・」 「ないって言って下さい」 いつになく強気な、言葉だけ丁寧な命令。それだけカカシを焦れさせているのだと、痺れた思考が甘く疼く。 「自惚れないで下さい、カカシさん」 自分の言葉に、怯えたように体を震わせたカカシを見つめ、イルカは続けた。 「俺の方が、ずっと、あなたの事を好きなんです」 その意味が、カカシに染み込んでゆくのを、じっと見守った。 「・・・信じられない」 まるで、大切なものの名を呼ぶように、優しく紡がれる言葉。 「本当に?イルカ先生」 「それは、こっちの台詞です」 嬉しい。そう言って浮かべた右目の笑顔は、この世界の何よりも眩しかった。 そのまま、甘く、身を寄せ合おうとした途端、ぐらり、とカカシの体がかしいだ。 「ちょ・・・大丈夫ですか?」 慌てて肩を支えたイルカに、カカシは、はは、と眉を下げた。 「すっごく緊張してたみたい。よかった、と思ったら、急に血圧が」 イルカは飛び上がった。 「やっぱり重傷なんじゃないですか!!」 「まあ・・・その・・・」 「早く、病院行きましょう」 慌てて腕を引っ張ったが、カカシは、やーでも、と暢気な声を上げて頭の後ろを掻いた。 「嫌なんです、病院。すぐ入院しろって言うから」 「好きとか嫌とかじゃないでしょう!」 「退屈です」 ため息をつきたくなった。まるで子供の言い草だ。出血などどこ吹く風と言った様子で、にこにこと笑うカカシに、一人焦る自分が馬鹿らしくなった。 「・・・見舞いに行きますから」 先が思いやられる、と思う自分が、どこかくすぐったい。 「本当に?」 「本当に。何だったら、背負っていきましょうか?」 それはカッコ悪い、と笑うあなたを愛おしく思う。 月よりも遠かったあなたが、今、目の前にいる。 ねえ。もっともっと、あなたを教えて。 意気地なしで臆病な二人が、ようやく互いを手に入れた夜が、静かに静かに更けてゆく。 完 080326 ブラウザを閉じてお戻り下さい |
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