「こっち、来て」

ベッドの中で、カカシは言った。

「もう誰もいないから」

こっち、来て。もう一度言って、ようやくドアの前で俯き立ち尽くしていたイルカは顔を上げた。

無理やり浮かべたと分かる薄い笑顔。歩み寄ってくる足音に、影の増した頬に、痩せたな、と思う。

「ごめんね。約束破っちゃって」

今年の夏こそ海へ行こうと言い出したのはカカシだった。冷えたビールを山ほど準備して、真っ青な空と海をつまみに、浜辺で呑んだくれるつもりだったのに。病室の窓から見える里の景色には、もう枯れ葉が舞っている。

小さな丸椅子に腰を下ろしたイルカは黙って首を振った。そのまま続く沈黙に、カカシは身を乗り出した。

「言って。イルカ先生」

ただっぴろい病室には二人しかいない。イルカの言葉を聞くのは、カカシしかいない。

「言って。我慢しないで」

たまにはオレに甘えてよ。ぎゅう、と膝の上で握られた掌に、カカシは自分の手を重ねた。

カカシと共に生きる道は、愛する存在が明日にもいなくなってしまうかもしれないという恐怖と背中合わせだ。それでもイルカは、カカシを受け入れた。任務先から病院に運び込まれるカカシを、いつも気丈に見守って、決して弱音を吐こうとしなかった。

 

そんな人を、愛おしいと思わない訳がない。

こうして、ついに許容範囲を越えながら、それでも必死で耐えようとするイルカを。

 

「・・・どこにも行かないで下さい」

小さく震える声が、今にも溢れ出しそうな瞳の雫が、普段イルカが決して表に出そうとしない本心を物語る。

「一緒に居て、手を握ってて下さい。それだけで、いいです」

その慎ましい願いに、カカシは、イルカが味わったこの数ヶ月間の地獄を知る。

「・・・ごめんね」

 

謝る事しかできない。

 

こんな生き方しかできなくてごめんね。

こんなに苦しませて、悲しませて、ごめんね。

 

それでも、あなたを離してあげられなくて、ごめんね。

 

 

 

090628

 

 

 

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