いつもの事ながら怖い人だ。

駆け付けたテンゾウは、土煙りの中、累々と積み重なる死体を見て息をついた。確か数分前まで、一個中隊の敵がここで雄叫びを上げていたはずだ。

「あの短時間で、これですか。さすが先輩」

男は、自分が築いた死体の山の真ん中に座り込んでいた。血臭が交る土埃に、その銀色の髪が汚れている。

「お疲れ様でした。帰りましょう」

そう声をかけたテンゾウを、男はちらりと見上げて、再び項垂れた。その顔色は、やはりチャクラ切れだ。テンゾウは男の腕を取ると、自分の背に担ぎ上げた。

「先輩のお陰で楽させて貰いました」

そのまま地を蹴って走り出した。任務成功の式も先に着くよう飛ばしておく。

「だから、今度からは、もう少しこっちに回して貰っても大丈夫ですよ」

男はいつも己に一番負担がかかる方法を選ぶ。それを頼もしくも歯痒くも思う。

「・・・あの敵を楽とは、お前も随分やるようになったじゃない」

揶揄するでもなく言う低い声が、テンゾウの耳朶をくすぐる。暗部装束越しのその体温はいつも低い。

「むちむちの柔らかい女の子ならともかく、重くて硬い先輩を背負って数十キロ帰んなきゃなんない事を考えたら、どっちが合理的かってことですよ」

「別に、そのまま放っておいてくれればいいじゃない」

テンゾウは返事をせずに樹上へ飛んだ。足跡を残す危険を避ける為に、森では木の上を走るのが鉄則だ。

確かに昔は、そうせざるを得なかった。

回転が速すぎる車輪がレールから外れてしまうように、自分の力を理解しながらその上で、極限を踏み越えようとする危うさを持つ男は、こうして背負って帰るどころか、どれ程の重傷を負おうと、深刻なチャクラ切れをおこそうと、指一本他人に自分を触らせようとしなかった。人を寄せ付けず、結界の中で一人自分を癒す姿は、仲間や味方以前に、自分以外の誰も、寧ろ自分自身でさえ信頼してないようだった。

その男が、今は、こうしてテンゾウの背にいる。ひんやりとした孤独を纏い、世界から隔絶しているようだった男が。

背に感じる男の重みが、僅かに増した気がした。気を失ったか眠ったか。そう思った時、

「・・・・・・」

テンゾウの耳に、小さな呟きが入った。

「嫌だな」

心底聞き飽きた音の羅列に、苦笑が浮かぶ。

「まさか今、あの先生の名前呼んだりしてないですよね」

先輩を背負ってるのは僕ですよ、分かってますか、とテンゾウは、背に負う男の、閉じられた銀色の睫毛に問いかけた。

きっと、あの中忍の先生は知らないだろう。

この男が、抜き身の刀のような殺伐とした気配を漂わせていた頃を。味方だと分かっているのに、ただ立っているだけの男の隣に立つのでさえ恐ろしいと言われていた事を。

その頃からずっと、テンゾウは男の背中を見ていた。自分より強い者への憧憬と、その相手から、信頼に似たものを得ている己への自負。今も、男と共に闘い、こうして男を背負える力を持つ自分を誇りに思う。

「あの先生、別に嫌いな訳じゃないんだけど」

内勤だからと蔑むつもりもない。ただ。

「僕の方が、ずっと長く一緒にいたのに、つまんないよね」

男がこうやってテンゾウに背負われてくれるようになった事と、男の口から、あの教師の名前が頻繁に出るようになった事。根本にある原因は同じだと、テンゾウも分かっている。

「・・・何だかなぁ」

変わったのか、変えられたのか。どちらにしろ、元々ぞっとする程強かった男が、更に忍として充実したのは事実だ。

「あれかな、結婚して仕事頑張っちゃう旦那みたいな?」

余り目つきがいいとは言い難い、男らしい風貌の中忍先生の、新妻コスプレはとても想像できないが、彼だけが、この男に、影響以上の劇的な変化をもたらしたのだと認めない訳にはいかない。

テンゾウは、背に負う男を振り返って、はぁ、とため息をついた。運命だなんて、全く陳腐な言葉だと思うけど。

「・・・僕も早く可愛くてエッチな女の子を捕まえて、周りがうんざりするぐらいいちゃいちゃしよ」

里はまだ遠い。両肩に男の体重を感じながら、テンゾウはその足を速めた。

 

 

 

そして、男が目を閉じたまま微かに唇を弛めた事を、テンゾウが知ることは恐らく永遠にない。

 

 

 

090628

 

 

 

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