雨の中、傘もささずに、あなたは慰霊碑の前に佇む。

結い上げた黒髪の先から、とめどなく雫が滴る。肩の落ちたその背中は、しかし確かに真っ直ぐに立っている。

「イルカ先生」

隣に立ったオレに、あなたが驚く様子を見せないのは、オレが、ここへ来るまでのあなたをずっと見守っていたと知っているから。

ほつれ毛が張り付いた横顔、黒く深い瞳は、刻み込まれたばかりのその名前をじっと見つめる。

頬を伝うのが雨の雫だけでは無い事は、赤く染まったその目元を見なくても分かる。

「・・・こいつも、俺と同じで身寄りが無いんです」

慎ましい葬儀を取り仕切り、僅かな遺品を整理したあなたは、こうしてひっそりとここに立ち、一体何を思い出していたのか。

「・・・彼女は」

「友人です」

そう言い切ったあなたの、強くひき結ばれた唇は、これ以上の追究を拒む。

オレはあなたのその表情に、言葉が意味するもの以上の何かが隠れていないかと探る。

友人。でも彼女はそうは思っていなかった。有能な忍の心の他は全部、あなたへの深い恋情で占められていた。それが分からないあなたでは無いだろう。

それでもあなたは友人だと答える。彫り痕鋭いその名に向かって、最後まで優しく拒む。

「・・・みっともないところを見せてしまって、申し訳ありません」

指で眉間を押え、あなたは呟く。

「いいえ」

オレは首を横に振る。

「あなたの表情は、全部好きです。だから、泣いててもいい」

それが他の人間の為の涙であろうとも。

オレの言葉に、あなたの表情が硬く強張る。奥歯を噛み締めて、眉を寄せ、それでも刻み込まれた名をじっと見つめ続ける。

その強張りが嫌悪でなく戸惑いだという事が、何よりの救いだと思う。

 

恋をしている。

オレはあなたに、恋をしている。

優しくて残酷なあなたに、どうしようもなく。

 

「一緒にいていいですか?」

降りしきる雨音の中、オレの問いかけに応えは返らない。

それが、きっと、あなたの返事。

拒まないなら、オレはあなたにつけ込むのだと、知っていてあなたは、何も答えない。

 

雨が降る。

 

 

 

091109

 

 

 

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