ねぇお願い。

離さないで見失わないで裏切らないで。

 

「好きなの?」

「何がです?」

「その歌。イルカ先生が鼻歌なんて珍しい」

イルカ先生は、あぁ、と呟いて小さく笑った。

「最近、テレビコマーシャルで良く聞くでしょう。メロディーが印象的で覚えてしまって」

ハスキーな声を持った若い女性歌手が、遠い異国の言葉で囁くように紡ぐバラード。静かで耳触りがいいのに心に残る曲調と相まって、じわじわと人気が出ているらしい。

「いい歌ですよね。少し悲しい感じがしますけど」

そう言って、イルカ先生はちゃぶ台に向かい、再び貰い物のさやえんどうの筋を取り始めた。オレも、畳に寝転がり、手の中のイチャパラに目を落とす。

二人揃っての休暇の午後は、したい事だけをしていい幸せに満ちている。本当は一日中ベットの中でイルカ先生に触れて過ごすのが一番の望みなのだけれど、そういう事は夜になってからだと分かるような分からないような理由で却下された。勿論、焦らされた分はきっちり贖って貰うつもりだれど。

 

ねぇお願い。

離さないで見失わないで裏切らないで。

 

手際良くえんどうを片付けてゆくイルカ先生の口元から、少しだけ調子が外れた低い音色が零れる。

繰り返し繰り返し、囁くような掠れ声が異国の言葉の音符をなぞる。

オレはイチャパラを閉じて、イルカ先生に問いかけた。

「その歌詞の意味、知ってるんですか?」

イルカ先生は手を止め、ちらりとオレを見ると、

「知りません」

短く答えて、仕上がったえんどうを入れたボウルを持って台所に行ってしまった。

「ねぇ」

炊事を始めたその背に、甘えてみる。

「もっと歌って下さいよ」

黒髪の間から覗く耳が赤く見えるのは気のせいか。

「・・・もう止めます」

「どうして?好きなんでしょう?」

聞きたいなぁと続ければ、くるりと振り返って、

「そういう事は夜になってからって言ってるでしょう?」

真っ赤に染まったその顔で眉を吊り上げるんだから、全く、可愛いったらない。

「そういう事って何ですか?」

そんな事言われたら、こう聞き返さざるを得ないでしょう。ついつい笑ってしまったオレに、イルカ先生は赤い顔のまま、ぐう、と唇をへの字に引き結んだ。

「知りません」

「夜はぜひ、日本語でお願いしますね」

「・・・知りませんって言ってるでしょう!」

「ま、離さないでなんて言われなくても、一晩中離しませんけどね」

「・・・・・・」

 

ねぇお願い。

離さないで見失わないで裏切らないで。

 

好きなんてめったに言ってくれないあなたが歌う、あいのうた。

 

 

 

091111

 

 

 

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