※注※06年1月期Web拍手御礼リメイク |
高い空。 里は、はるか遠く。 この目を閉じないと、オレはあなたに会えない。 「行ってくれるか?」 それは、問いかけの形をとった命令。 「写輪眼のカカシ。お前の名前と力が必要なんだよ」 いつものように、オレは依頼書を受け取った。 あなたと付き合うようになってから、依頼書を読む順番が変わった。まず一番に、任務の期限。あなたの元に帰れる日を、オレは任務に出る前から待ち望んでいる。 その期限の欄に、信じられない文字を見た。 冗談、だろう? 内容を読み進める度に、鉛を飲み込んだように胸が重くなる。ひゅうひゅうと、と心臓が凍えるように冷えてゆく。 生まれて初めて、手の中の依頼書を破りたいと思った。 オレの気配が変わったのを察知したのか、五代目が低く言った。 「期限は無期限。半年かもしれんし、10年かもしれん。お前が下手を打てば、一生木の葉に戻れん可能性もある。要は、お前の腕次第という事だ」 行けというなら、行くしかない。 その為に生まれ、今まで生きてきた。 終わりの知れない長期任務。その夜オレは、あなたに別れを告げた。 「・・・もう二度と、この里に戻れないかもしれません。・・・これじゃあ、さすがに、待ってて下さいなんて言えないですよ」 あなたは泣きもせず、オレの言葉を受け止めた。 その穏やかな強さに安心しながらも、同時に、形振り構わず縋って欲しいと浅ましく願う自分に吐き気がした。 男のオレが、あなたの為にできることは少なかった。 温かい家庭と子供の代わりに、いつ命を落とすとも知れぬ男の帰りを待つ不安。誰よりも大切な人なのに、オレはあなたに、そんなものしかあげられなかった。 それでいいと言ってくれたあなただからこそ。 側にいられないのに、縛り付ける事なんてできない。 あなたには、世界で一番幸せになって欲しかった。いつも笑っていて欲しかった。 オレではそれが叶わないのなら。 出立の日。 オレは、立ち尽くすあなたの左手を取り、その薬指を守っていた指輪を外した。 「オレの事は忘れて、幸せになって下さい」 ただ一言口にしたオレを、あなたは、ただ、まっすぐに見返した。 派遣先の小さな国は、周囲を囲む列強諸国の中で、独立を保とうと奮闘していた。 裕福な国ではなかったが、千年を越える長い歴史と、培われた独自の文化を誇りに思う君主と民の為に、オレと部隊は昼も夜もなく働いた。 一月。二月。半年を過ぎ。 長期に渡る任務の中で、ある者は死に、ある者は負傷し、部隊は大幅に、里からの補充人員と入れ替わった。 そして。 先週到着した人員の中に、オレは、気になる人を見つけた。 「ね、今晩、ちょっといい?」 そう声をかけると、彼女は顔を真っ赤にして、小さく頷いた。 「ごめんね。ちょっとだけ、触らせて」 宿舎の部屋に、彼女を招き入れた。食台の椅子に座らせて、オレはその後ろに立った。 彼女の髪は、黒くて長かった。 まるであなたのように。 オレの指の間をさらさらと流れる艶やかな手触りは、思い出の中とは少し違うけれど。 「結んでいい?」 首が縦に動くのを待って、オレは彼女の耳の後ろから、その髪をそっと両手で持ち上げた。 あなたの髪は、こんなに重くなかった。洗いっぱなし、拭きっぱなし、手入れなんてしないから、多分見た目より痛んでいたんだろう。 その髪が、好きだった。 高く結い上げたその凛とした姿も。精悍な顔を包んで、頬に影を落とす様子も。 甘く濡れて、オレの肌をくすぐる時も。 櫛なんて気の利いたものはないが、美しい彼女の髪は、オレの指の思う通りになった。頭の高い位置でまとめて紐で結わえ、外してあった彼女の額宛を、文字通り額から髪の結び目の下へ通して、括った。 あなたがいつもそうしていたように。 耳の後ろと、首筋と、項と。 髪の流れる筋までが、あなたの面影を映し出す。 視界が熱く膨らんで、ぼやけた。 イルカ先生。 会いたい。会いたい。あなたに、会いたいんです。 唯一揃いで買った指輪は、いつも手甲で隠した左手につけている。 あなたの指から取り上げた方は、認証タグと一緒に胸の鎖に通してある。 イルカ先生。 もう、オレには、これ以外に大事なものがないんです。 あなたと確かに繋がっていた、その残骸を抱えて、これから先の一生を、生きていくしかないんです。 いつか。里に戻れる日が来たとしても。 自分から切ってしまったあなたとの絆は、もう二度と、結び合わせることはできないでしょう。 きっとあなたは、あなたのその優しさに似合う人と一緒に、新しい生活を始めている。 どうか。幸せに。 ただ、それだけを願っているのに。 オレは今もまだ、あなたに焦がれて、苦しくて仕方がない。 「・・・泣かないで」 前を向いたまま、彼女が言った。 「私がこうすることが、あなたの慰めになるのなら、私は、構わない」 オレは、その震える肩を見つめた。 「・・・ごめんね」 イルカ先生。 どれだけ人を傷つけても。 オレはあなたを想う事を止められないんです。 黒髪を梳き、結び。日々が過ぎる。 里への帰還命令が出たのは、それから2ヵ月後の事だった。 → イルカside 060115 060702リメイク |
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