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ひざまずいて愛を誓え 彼に、好きだと告白された。 予想もしていなかった。 混乱する俺に、返事は待ちますと、彼は微笑んだ。 その彼に、次の日、言い捨てられた。 「アイツらは、もうアナタの生徒じゃない。今は、私の部下です」 中忍のお前如きが、口を出すことではない。 そう言葉にしなかっただけ、彼は優しい。 でもそれで、救われる訳も無い。 間違ったことはしていない。その気持ちだけが俺を支えていた。 1. 「お前、何か勘違いしてるんじゃないか?」 男の口調には、あからさまな悪意があった。 「上忍に、あんな物言いが許されると思ってんのか」 イルカは内心でため息をついた。そんなことは、言われるまでもなく、十分に判っていた。 イルカが男に呼び出されたのは、人通りのないアカデミーの裏庭だった。男の後ろには、同じ中忍の男が3人、同じように険悪な眼をして立っていた。 死の森での中忍選抜試験が、間もなく始まる時刻だった。 イルカは既に、試験官のアンコの詰め所で口寄せの契約を結んでいた。後は試験開始の合図を待つだけだが、今年の新人下忍達、特にナルトの事を思うと落ち着かなかった。 サスケとサクラが一緒だ。まさかいきなり巻物を開いたりしないとは思うが、意外性でナルトの右にでるものはいない。 イルカの役目は、口寄せの契約先の巻物が開かれた時、呼び出された先の状況によって、試験の合否を告げることだった。課せられたルールを守っていれば合格、破っていれば問答無用で術をかけ、失格とした。 ナルト達がやすやすと合格できるほど、中忍選抜試験は甘いものではない。同じ不合格なら自分の手で、とアンコにこの役目を志願した。 呼び出された時に、3人が無事でいてくれるならそれだけでいい。イルカは祈るような気持ちだった。 「狐のガキが気になるか」 無言のままのイルカに男は苛立って声をかけた。 「あんな奴が忍なんて、木の葉の名折れだ」 鼻で笑う男を、イルカは睨みつけた。 「心配しなくても、この試験中に死ぬさ。はたけ上忍も、案外それを狙ってたのかもな」 「・・・はたけ上忍はそんな人じゃない」 カカシの名に、イルカは震えた。ここ数日の鬱屈と心の痛みが蘇ったが、頭を振ってそれを追い出した。今は彼のことを考える時ではない。 初めて口答えしたイルカに、男は苛立ちを募らせたようだった。 「わかったような口をきくな。この間の会議の時といい、お前ごときが、差し出がましいというんだ」 男が言っているのは、今日に先駆けて先日行われた、中忍選抜試験の推薦会議の事だった。 今年アカデミーを卒業した新人下忍全員が、上忍師の推薦を受けた。その異例の判断に、イルカはまだ早いと喰ってかかったのだ。 そして、イルカがもっとも気に掛けているナルトを受け持つカカシと、イルカは言い争った。 自分が間違った事をしたとは思っていなかった。カカシの言葉に傷ついたとも思いたくなかった。 確かに、サスケのように飛び抜けた潜在能力を持つ者もいる。だが、こなした任務の内容や回数から考えれば、時期尚早にしか思えなかった。それほど、下忍と中忍の間には大きな隔たりがあった。 当然上忍師達は、それぞれ何らかの見込みがあって受持の子供達を推薦している。イルカの意見でそれが翻る訳がないことも判っていた。 それでも、つい数ヶ月前まで手塩にかけて育ててきた子供達と、試験の厳しさを思うと、言わずにはいられなかったのだ。 それが、男達には気に入らなかったらしい。 「3人の上忍の方々も三代目も本当にお優しい。本来お前の行為は、組織の秩序を乱すものとして厳罰に処されるべきなんだ」 男のチャクラが不穏な色に染まったのをイルカは感じ取った。その感覚に首筋が粟立った。今日は、ただでは済まないかもしれない。 今までにも何度か、イルカはこの男達に絡まれていた。 イルカが階級の上下を軽んじ、里の秩序を乱している、というのが男達の理由だったが、その実情は大義名分程立派ではなかった。 イルカが、里の忍の大部分が忌み嫌うナルトを慈しんでいること。何より、火影に重く用いられていること。上忍たちの覚えがめでたいこと。 つまり、九尾への嫌悪と、同じ中忍としての妬みが、男達を駆り立てる原因だった。 イルカも、それに思い至らなかった訳ではない。だが、ナルトに関してはどんな誹謗中傷にも耐える覚悟ができていたし、上忍はともかく三代目には、目をかけてもらっていると実感していた。その恩情を否定するのは傲慢に思えて、結局、黙殺することしかできなかった。 それでも、今までは言葉の攻撃だけだった。 里では、火影名で個人的な私闘が禁じられている。ただ今日は、里の関心が中忍選抜試験に向いているという目論見が、男達の箍を外した。 イルカの腹に、異様な圧迫感が生まれた。握りこぶしぐらいの大きさに練られたチャクラが押し付けられ、大きく弾けた。 「・・・!!」 イルカは、腹を押さえてうずくまった。直接拳で殴られるのとは違う炸裂感と、焼け付くような痛みが襲う。 「これは、私闘ではない。秩序を維持するための制裁だ」 男が唇を歪めて言った。再び、イルカの肩口に同じ感覚が押し付けられた。 「・・・やめろ・・・」 「俺達は何度も問題点を指摘した。それを改めなかったお前が悪い」 腹と肩の痛みを、イルカは体を丸めて堪えた。そろそろ試験が始まる。こんな所で、こんな事をしている暇は無い。 イルカがのたうつ様子を、男達は嘲笑った。 イルカは迷った。3人を一度に相手したとしても勝てる自信はあったが、もし騒ぎが大きくなれば、中忍選抜試験に差し障る恐れがあった。それだけは避けたかった。 躊躇している間に、今度は太ももにチャクラが押し付けられた。足をやられては支障がでる。仕方ないと、イルカは、腹を決めた。 取り敢えず、頭の男の戦意を喪失させようと身構えた瞬間、 「あなたたち、なにやってるの!?」 イルカの背後で、鋭い女性の声がした。 うずくまったまま振り返ったイルカの目に、無骨なサンダルに映える白い脚が飛び込んできた。 「夕日上忍・・・」 男達が喘ぐように言った。イルカに駆け寄って、肩を抱くように顔を覗き込んだ夕日紅は、 「・・・これは、どういうこと?」 その冷えた口調に、男達は青ざめ、身を硬くした。 「火影の名において、里での私闘は禁じられているはず。あんた達にとって、火影の名はそんなに軽いものなのかしら?」 立ち上がって腕組みをする紅の瞳が、怒りに揺らめいた。 「それに、多勢に無勢なんて、どんな理由があっても、聞く耳持てないわね」 男達は、上忍の怒りをまともに浴びて、歯の根を合わせることができずにいた。俯いて視線を避けることもできず、体を硬直させ、冷や汗を噴出した。 「夕日上忍」 イルカは、膝をついて体を起こした。 「・・・俺は、大丈夫ですから・・・」 紅は、呆れたような目でイルカを見た。 「あなたが大丈夫でも、筋は通さないと」 イルカは、お願いしますと頭を下げた。紅は、イルカをじっと見つめた後、お人好しにも程があるわ、とため息をついた。それから、男達を冷ややかな目で見た。 「行きなさい」 金縛りが解けた男達は、脱兎のごとく駆け出した。 男達の後姿がアカデミーの校舎の影に見えなくなると、紅は言った。 「どんな事情があるのかは知らないけど、多分、あいつら感謝なんかしないと思うわよ」 イルカは苦笑した。 「・・・仕方ないです」 紅は再びため息をついた。そして、イルカを側のベンチに座らせた。 「脱いで。怪我の具合を診てあげるから」 大丈夫です、とイルカは慌てた。 「夫婦だったこともある仲じゃない。遠慮しないの」 笑いながら言う紅に、イルカは顔を赤くした。 「それは、任務ででしょう。人が聞いたら誤解するような事言わないで下さい」 「あら、十日とは言え、同じ屋根の下で暮らしたことは事実でしょ。イルカったら手も握ってくれなくて、あの時、私、女として自信なくしたわ」 何て事言うんですか、とイルカは途方にくれた。 「任務なんですから。それに、狙っている男が山ほどいる紅さんに、手なんか出せる訳ないでしょう」 からかわれているとわかっていながら、真面目に答えを返すイルカに、紅は再び微笑んだ。 「早く脱ぎなさい。それとも、脱がされたいの?」 イルカは、しぶしぶ上半身裸になった。左の腕の付け根と、胃の辺りが、赤く熱を持って腫れ上がっていた。医療忍術の印を結んだ紅の手が、患部に当てられ、ひんやりとした気が流れ込んできた。 「・・・どう?痛みは?」 「・・・ひいてきました。・・・もう、大丈夫です」 重ね重ね、ありがとうございます、とイルカは頭を下げた。 紅は、微かに眉を上げ、静かに言った。 「・・・さっきの事だけど、自分だけでどうにもならなくなったら、言ってきて頂戴」 「そう言っていただけるだけで、有難いです」 微笑むイルカに重ねては言わず、紅はベンチから立ち上がった。 その時、白く大きな鳥が、高く鳴きながら空を舞った。 「始まったわね」 死の森に、受験者たちが突入したことを知らせる合図だった。 「イルカ、あなた口寄せの契約を結んでるんでしょ。早く詰め所に行きなさい」 身支度を整え、イルカは再び、ありがとうございました、と頭を下げた。そして身を翻し、紅の前からあっと言う間に姿を消した。 その向かったであろう方角を、紅はしばらく眺めていた。そして、肩をすくめ、 「この私に、一瞬とはいえ、戦場でもめったに感じないような殺気をぶつけてくるなんて」 大きく声を上げた。 「いい度胸してるじゃないの。はたけカカシ」 覚悟はできているんでしょうね、と艶然と微笑んで振り返った紅の目に、不機嫌そのものといった様で歩いてくるカカシの姿が入った。 「バカじゃないの?」 しばらく黙り込んでカカシの顔を見つめていた紅は、心底、といった表情で言った。 カカシは項垂れ、数度目のため息をついた。 でも、驚いたわ、と紅は言った。 「・・・まさか、あなたが、イルカにねぇ・・・」 「悪い?」 「悪かないわよ。ちょっと意外な気がしただけ」 はたけカカシは女遊びが激しい、というのが専らの評判だった。特定の恋人を持たず、常に数人囲っている女達や、何らかのきっかけで関係をもった女達の間を、夜毎渡り歩いているという噂だった。 顔も体も力も地位も最上級の男だからこそ、女達はこぞって我が物にしたがるが、カカシはその誰とも、遊び以上の関係を結ばなかった。体だけの気楽な関係を好み、一人の人に囚われるのが嫌いなんだろうと、まことしやかに語られていた。 「女の名前聞くより服脱がす方が早いんじゃないかって噂も聞いたことあるわよ」 カカシはがっくりと頭を振った。 「何それ。オレそんな鬼畜だと思われてんの?」 「あなた、そういうのが妙に似合うのよね」 冗談じゃない、とカカシは苛立たしげに呟いた。 「大体、オレは脱がさないよ。向こうが勝手に脱いでくれるもの。据え膳食わぬはなんとやらって言うでしょ?」 「・・・何か今、ものすごく腹立つこと言われた気がするわ」 カカシは、紅の視線に、両手を降参の形に挙げた。 「・・・もう、これからは食う気がないから、恥でもなんでもいいけどね」 「言っとくけど、イルカは、あなたの遊び相手になれるタイプじゃないわよ」 「わかってるよ。第一、遊びじゃないし」 だから意外なのよ、と紅は言った。 「本命には臆病になるっていうけど、まさかあなたがね。生真面目に告白して、手も出さずにおとなしく待ってるなんて、ほんと吃驚だわ。」 カカシは、忌々しげに紅を見た。紅は動じず、 「で、この間の推薦会議で喧嘩したっきり、会ってもいないのね。」 「・・・喧嘩じゃないよ。意見の相違ってやつ」 「嫌われたんじゃないかって、思ってるでしょ?今時アカデミー生でも、もうちょっと上手くやるんじゃない?」 カカシは、黙ってベンチにもたれた。これほどへこたれたカカシを見るのは、紅は初めてだと思った。 「・・・当たって砕けろ、って言葉があるじゃない」 カカシが、呟くように言った。 「オレね、多分当たっても砕けないって自分で分かる」 「諦めきれないって事?」 カカシの目が薄く笑った。 「もし、イルカ先生に嫌だって言われても、多分聞いてあげられない。どんな卑劣な手段を使ってでも、無理矢理あの人を自分のものにしてしまいそうで、怖い。」 自分が怖い、とカカシは小さく言った。 紅は、背筋に不穏なものを感じながらカカシを見た。イルカ、あなた、とんでもない男に惚れられたものね。 「・・・カカシ、あなたいつからここにいたの?」 カカシは、拗ねたような口調で言った。 「紅が、イルカ先生を裸に剥こうとした時から」 「じゃあ、その前に何があったか、知らないのね」 紅は、自分が見たイルカと男達の様子をカカシに話した。カカシの右目が次第に凶悪な色に変わって行くのが分かり、紅はその腕を掴んだ。 「イルカにはイルカの考えがあるはず。だから、表立って余計な事はしないことね」 「・・・原因に、心当たり、ある?」 紅は、憶測だけれど、と答えた。 「・・・一番の原因は、やっぱり三代目かしら。火影様が、イルカに特に目をかけている事は皆が知っているわ。中忍で、「火影」の内々の仕事を任されているなんて、異例でしょう。勿論イルカには、任されるだけの能力も実力もある。でも、階級に拘る人間には、面白くないかもしれないわね。同じ中忍だったら、尚更のこと」 「・・・」 「後は、ナルトね。でも、あなたがナルトを受け持つようになって、イルカへの風当たりは随分ましになったはずよ」 どっちの理由も下らない、とカカシは吐き捨てた。紅は、労わるような目でカカシを見た。 「私も含めて、大抵の人間がそう思ってるわ」 でも、そうじゃない奴がいる、とカカシは呟いた。 「・・・気をつけてあげなさい、カカシ。イルカは弱い男じゃないけど、甘いところがあるのは事実。それに、イルカ自身が感じてなくとも、身に受ける妬みや嫉みは、時に驚くほどの力を持つわ」 カカシは、小さく頷いて立ち上がった。 「・・・ありがとう、紅。さっきはごめん」 いいわよ、と紅は心底可笑しそうに微笑んだ。 朝からイルカを探していたカカシは、偶然イルカと紅を見かけ、その仲睦まじげな様子に一瞬我を忘れたらしい。 「嫉妬に駆られて殺気をぶつけてくるなんて、ほんと、かわいいとこあるのね。見直したわ」 「ねぇ、紅。さっき、イルカ先生と任務で夫婦になったことがあるって言ったよね」 「えぇ。私が中忍だった、二年くらい前にね」 「本当に、何にもなかった?」 紅は噴出しそうな顔で、何も無いわよ、と答えた。 「かわいい寝顔してたから、食べちゃおうかなとは思ったけどね」 そういうこと言わないでよ、とカカシは紅を睨んだ。 「紅じゃなかったら、腕の1本や2本、折ってるかも」 他の人間が見たらすくみあがりそうな視線だったが、紅は、怖い人ね、と堪えきれずに笑い出した。 |
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