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2. ドアには、面会謝絶、と書かれた札が下がっていた。 木の葉病院病室棟の奥まった一室、ベッドに眠るサスケの体は、小さく頼りなく見えた。 イルカは、サスケの表情が穏やかな事に安堵のため息をついた。そして、持ってきた小瓶から、透明の液体を右の手のひらに出した。サスケの左首筋に浮かぶ呪印と、それを囲む封邪法印に、その手をそっと当て、左手で印を結んだ。 「イルカ先生」 部屋の入り口から声がかかった。イルカは振り向かずに答えた。 「火影様から預かってきた、封印術の強化剤です。あなたが施した封邪法印の威力を強めて、少しでも、サスケの助けになればと」 手を離すと、液は吸い取られたかのように消え、法印が二度瞬いた。 死の森での選抜試験最中、サスケは大蛇丸に呪いを受けた。それをおして次の予選まで突破したサスケは、肉体、精神共に限界だった。 火影の結界と、暗部の護衛が守る病室で、サスケは昨日から眠り続けていた。 イルカは、サスケの髪を愛おしそうに撫でた。 「・・・両親を兄に殺され、哀しい復讐心を燃やすこの子に、今度は大蛇丸の呪印・・・残酷ですね」 カカシは、イルカの横に立って言った。 「でも、オレ達が代わってやる訳にはいきません。こいつの人生はこいつが決めるもの、乗り越えるのも、飲み込まれるのも、サスケ次第です」 イルカは、アカデミー時代のサスケを思い出した。いつも一人で、思いつめた顔をして、頼れる者はいない、と全身で叫んでいた。 死の森のゴールで久しぶりに会った時、その印象が変わった事に気が付いた。ナルトとサクラ、そしてカカシ、7班の一員として積み重ねた経験が、サスケの心に、新しい感情を育んでいた。人を信頼すること、信頼されることの暖かさを知ったのだと思った。 イルカは願った。この子にも、幸せになってもらいたい。 「・・・例えサスケがどんな選択をしようとも、俺はこの子の味方でいたいと思っています」 皆同じ気持ちだから、とイルカはサスケの手を軽く握り、カカシを見上げた。 「行きましょうか」 カカシは、じっとイルカを見ていた。 「・・・イルカ先生は、まだ仕事ですか?」 「今日は、もう終わりです。中忍選抜試験の準備で、休みなしだったんで」 カカシは、躊躇するように一度視線を逸らし、再びイルカに向けた。 「よければ、これからお時間いただけませんか」 イルカは、カカシの顔を見つめ、はい、と頷いた。 会ったら何て言おう、とずっと考えていた。 しかし、カカシ本人を目の前にすると、予定していた言葉は何も出てこなかった。 夕暮れの道を、二人黙って歩いた。もう少し行くと、数日前、カカシがイルカに告白した紫陽花の咲く公園に行き当たった。 「会議では、申し訳ありませんでした」 沈黙を破って、カカシが言った。 「なんでカカシさんが謝るんですか」 慌ててイルカは言った。 「悪いのは、俺です。中忍の分際で上忍に意見するなんて、身の程知らずもいい所です」 申し訳ありませんでした、と頭を下げるイルカに、カカシは苛立った口調で答えた。 「・・・中忍とか上忍とか、そんな言い方しないで下さい。あなたは、間違った事を言った訳じゃないんですから」 「・・・・・・」 「あなたの気持ちは十分わかっていました。ただ、オレはナルト達がより高いレベルを目指すことができると判断したからこそ、あなたの意見を拒絶しただけです。良い悪いの問題ではないし、階級も関係のないことです」 イルカは、カカシの言葉に唇を噛んだ。 死の森のゴールで、イルカが迎えたナルト達は、イルカの予想を大きく超えて、力強く成長していた。 アカデミー時代の、悪戯でしか人の気をひくことができず、忍術も下手で、ただ、気持ちだけは強く真っ直ぐなナルトしか、イルカは知らなかった。いつまでも、庇護を必要とするナルトのままだと思い込みたかっただけかもしれない。だが、その偏った考えで判断を下すことは、ナルトの可能性を摘むことと同じだと、目の前に突きつけられた気がした。 階級云々以前の問題だった。ただ、自分が愚かなだけで、それが何より恥ずかしかった。 「ごめんなさい」 カカシが、沈痛な瞳で再び言った。 「イルカ先生にそんな顔で黙られるの、すごくこたえるんです。どうしていいのか分からなくて。謝るところじゃないのは判ってるんですが、でも、どうしようもなくて」 何もかも投げ出して、あなたに許しを請いたくなる、とカカシは呟いた。 イルカは堪らない気持ちになった。こんな自分に、カカシの好意は身に過ぎると思った。 下忍と中忍に大きな隔たりがあるように、中忍と上忍との間にも、純然たる格差がある。その上忍の中でもトップの実力を持つカカシが、しがない中忍の、しかも男であるイルカのどこに惹かれたというのか。 告白された時に感じた疑問が、自己嫌悪と共に膨れ上がった。分不相応という言葉が、頭の中を駆け巡った。 「はたけ上忍」 イルカは、気持ちを固め、カカシを見た。 「この間のお話ですが、お気持ちはありがたいんですが、お断りします」 カカシの右目が一瞬大きく見開かれ、それからすうっと細くなった。 「理由を、聞いていいですか?」 カカシの声の低さに、イルカは思わず息をのんだが、視線は逸らさなかった。 「・・・俺は、あなたに好きだと言って貰えるような、価値のある人間じゃないです。子供達の為だと言いながら、自分の浅はかな考えを押し付けようとする、傲慢で短慮な人間です」 カカシは冷たくも見える眼でイルカを見た。 「だから?」 イルカは口籠もった。どう言えば伝わるのだろうか。こんな愚かでみっともない自分を、好きだなんて言わないで欲しかった。 カカシはイルカの腕を掴んだ。思わぬ力強さに、イルカは顔をしかめた。 「オレがこの間、なんて言ったか覚えてますか?」 初めて会った時から好きだったと、カカシは言った。嫌じゃなければ、付き合ってもらえないでしょうか、と訴えられた。 「オレが聞きたいのは、その答えです」 嫌じゃなかったら、付き合ってください。 嫌じゃない。でも、付き合えない。イルカは懸命に言葉を紡いだ。カカシのチャクラに圧倒されそうだった。 「・・・はたけ上忍、俺には、あなたの好意に胸を張って応えられる自信がないんです。自分の愚かしさが腹立たしいばかりで、余裕がありません。それに、中忍という立場もあります。あなたに対して、恐れ多いという気持ちしか、沸いてこないんです」 「あなたは全然分かってない」 カカシは忌々しげに呟いた。そして、イルカを掴んでいた腕を離すと、冷徹な声で言った。 「オレは諦めるつもりはありません」 うろたえるイルカに、カカシは冷たく続けた。 「あなたがそういう態度なら、オレにも考えがあります」 もう、容赦はしませんから。 そう言って、呆然とするイルカを残して、カカシは夕闇に姿を消した。 |
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