6.

・・・雨?

頬に落ちる雫に、俺はぼんやりと思った。

ぽたぽたと、俺の顔に落ちてきて、流れてゆく。くすぐったいような感触。

・・・いや、雨じゃない。温かい。

「いるかせんせい・・・」

押し殺した声が聞こえた。悲痛な、心を引き裂かれるような声。

可哀想に。何をそんなに悲しんでいるの?俺はゆっくりと目を開けた。

カカシさんが、泣いていた。綺麗な顔を歪めて、耐えるように唇を震わせて、目を閉じ涙を流していた。

可哀想に。何をそんなに悲しんでいるの?

「・・・カカシさん・・・」

掠れたような小さな声しか出なかったが、カカシさんは目を開いて俺を見た。

「イルカせんせいっ・・・」

きつく抱きしめられた。よかった、と何度も囁かれた。

よかった。カカシさん。もう、悲しくない?俺はカカシさんの背中に腕を回した。

「・・・こんな思いするのはもういやだって、言ったのに」

怒ったような、拗ねたような口調で、カカシさんは言った。

「・・・ごめんなさい」

悲しませて、ごめんなさい。泣かせて、ごめんなさい。

カカシさんの涙が、俺の髪に伝わって落ちた。この涙を嬉しいと思うのは、多分不謹慎。でも。

暖かな気持ちが、俺の中に広がった。よかった、あなたがいて。

俺は、カカシさんの肩越しに、辺りを見回した。場所は森。火の国との国境近く。時刻は夜。俺はカカシさんの膝に頭を載せて、地面に横たわっているらしい。

急速に、記憶が鮮明になった。俺は慌てて体を起こした。あの女は?影の男は?結界は?

「大丈夫です」

カカシさんが言った。

「オレが来た時には、ここには倒れているあなた以外誰もいませんでした。一応犬を放ちましたが、収穫はありません」

「そうですか・・・」

「覚えている範囲でいいです。里に帰ってからでいいです。何があったのか教えてください」

俺はカカシさんを見た。

「・・・どうして、ここに?」

「部屋の書置きを見ました。慌てて火影様に報告して、あなたの記憶喪失と、死体に関する資料を確認して、火の国との境を中心に、手当たり次第に走りました」

 見つけられてよかった、とカカシさんは呟いた。その表情に、本当に、申し訳ない気持ちになった。

「ごめんなさい」

くすり、とカカシさんは笑った。

「いつもそうやって素直だと、オレは助かるんですけどね。本当に、今のあなたも、25歳のあなたも、オレの言う事全然聞きやしないんだから」

その言葉に、あ、と思った。

何もかもが、はっきりと明瞭に感じられた。繋がった。今の俺は。

「カカシさん」

俺は、愛しい男の名を呼んだ。

「あなたに言っておかなくてはならない事があります」

不安げに眉を寄せたカカシさんに、俺は言った。

「カレンダーの印、あれはあなたが勝手につけたんですね、俺知りませんでしたよ」

カカシさんの目が、大きく見開かれた。

「それから、俺はあなたを呼び捨てになんかしたことないでしょう。何にも知らないと思って、嘘を教えないで下さいよ」

泣き笑いの表情になったカカシさんに、俺は笑った。

「・・・ただいま帰りました。カカシさん。遅くなって、ごめんなさい」

「おかえりなさい。イルカ先生」

帰ってきてくれて、嬉しいです。そして再び、きつく抱きしめられた。

 

 

 

「絶対、連れて帰ります」

「嫌です」

はぁ、とカカシさんはため息をついた。

「ったく、強情なんだから」

「強情じゃありません。当たり前のことです」

俺は、ボストンバックの中に荷物を放り込んだ。入退院を3度も繰り返したら、荷造りも手早くなる。

カカシさんに連れられて里に戻った俺は、そのまま、火影様の命令で、強制的に検査入院させられた。こっぴどく叱られたのはいうまでもない。

検査の結果、身体的に異常はなく、今日退院することになったのだが。

「腹の傷は順調に治ってます。記憶喪失の後遺症も、ありません。なのに、どうして俺があなたの家に行かなくちゃならないんですか」

「オレが来て欲しいからですよ」

「我が儘はききません」

ああもう、とカカシさんは拗ねたようにそっぽを向いた。

心配をかけたのはわかるし、申し訳ないとも思っている。だが、その事と、一緒に住むということは別の話だろう。

記憶喪失の影響は今のところ見受けられない。ここ1ヶ月間の記憶は、25歳の俺の記憶として違和感なく残っている。

俺は火影様に、覚えている限りの事を報告した。あのクユウという女が、なぜ樹の秘伝を盗み出したか。なぜ木の葉に来たか。同価の術とはどういったものか。

闇に潜んでいたあの男が、俺の中にあった樹の秘伝を持ち去った可能性があることを告げると、火影様は腕を組んで黙り込んだ。

あと一つ、と俺は続けた。

「記憶を戻すとき、俺はクユウの記憶の一部を持ち帰りました。恐らく、樹の秘伝の一部かと」

あの、降ってきた七色の玉。嫌な感触だった。

「一部ですし、俺には何の事かよく分かりません。でも、火影様なら」

俺は記憶のままを出来るだけ正確に、火影様に伝えた。黙って聞いていた火影様は、俺の話が終わった後、小さくため息をついた。

「ワシの予想通りなら、恐ろしい術じゃ」

「何でしょう」

「もし完成されておったのなら、誰もが欲しがるものじゃよ。・・・不老不死の術じゃ」

老いず死なず。永遠を生きる術。

「じゃが、お主がこの部分を奪い取ったことで、記憶から術を再構築することは難しくなった・・・手柄といえば手柄じゃが・・・イルカ、これから背中には気をつけろ」

安置所のクユウの死体は、俺の記憶が戻った夜、時間帯からして恐らく同時に、急速に腐敗を始めた。そして、あっという間に骨だけになったという。今は医療班があらゆる検査を行っていると聞く。

なぜ、クユウは俺を殺さなかったのだろう。

いや、殺せなかったのか。俺は、目の前でむくれている男を見た。写輪眼のカカシ。結界など、すぐに見通す。死んでしまった体では、到底太刀打ちできる相手ではなかったのだろう。

愛しい、恩人。

「でも、あなたの部屋には行きませんからね」

「・・・何でそんなに嫌がるのか、オレには分かりません」

俺は、窓辺に立って外を見た。本当によい天気だ。

「あなたの部屋に行ったら、生活費全部あなたが出してしまうでしょう。そんな、囲われ者みたいなのは、嫌です」

「・・・・・・」

「一緒に住むのなら、別の所を探して、家賃も光熱費も食費も全部折半です。でも、俺はしがないアカデミー教師ですから、今住んでる所が精一杯です」

 だから、と俺は、ポケットから、鍵を取り出した。

「ま、自分の家だと思って、使ってください」

欲しいとねだられていた合鍵。無くても勝手に入ってくるけれど、やっぱり気持ちの問題だ。

イルカ先生、と後ろから抱きすくめられた。

「・・・駄目です、外から、見える」

抗うと、カーテンを引きざま口づけられた。絡めあう舌が甘くて、頭の芯が痺れてくる。

こうやって、すぐに持っていかれてしまうから・・・嫌になる。

・・・一つ、秘密がある。

3年前、波の国への遠征中のあの夜、俺は暗部のカカシさんに会っていた。

狐の面を被って、月光の下に佇む姿に心奪われた。だから、3年前から、記憶を交換されたのだ。

恋ではない。多分淡い憧れ。だから、再会するまで忘れていたのだ。

でも、悔しいから本人には絶対言わない。

絶対に、言うもんか。

 

 

 

完(05.06.12〜05.07.02)

 

 

 

444hitキリリク完結です。こゆき様、大変お待たせしました。

「俺は呼び捨てにはしませんよ」というイルカ先生になってしまいました・・・。ごめんなさい(汗)。

こんな作品ですが、どうぞ納めてくださいませ。

 

 

 

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