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5. 「こんな時間に、何か御用ですか?」 ドアを開けたイルカ先生は、かなり不機嫌そうだった。風呂上りなのか、下ろした髪が濡れている。石鹸の匂いがした。 「会いたかったから」 「はい?」 「会いたかったから、来たの。何にもしないから、入れて」 笑ってねだると、イルカ先生は、ちょっと目を見開いて、それからため息をついた。 「・・・散らかってますよ」 体を脇に寄せて、どうぞ、と促された。 確かに、散らかっていた。生活によるものではない。書類の山が、居間から、台所にまで高く積みあがっている。 「仕事してたの?」 居間のちゃぶ台の上に広げられた書類を見て、一応聞いた。ええ、まぁ、とイルカ先生は呟いた。 「書類、適当に寄せて座ってください。茶、入れますから」 「お構いなく」 手近の書類を手にとってめくってみた。どうも、受付の仕事も、シフトに入っていないだけで、事務処理関係は請け負っているらしい。 仕事、という以上の負担が、事務方にはまだかかっているのか。それとも、お人好しなところがあるらしいこの人だけなのか。 どうぞ、と湯気の立つ湯飲みを、ちゃぶ台の上に置かれた。落ちてくる髪を耳にかける仕草に、目が吸い寄せられた。 会うのは2ヶ月ぶり。 抜け忍組織の殲滅は無事終わった。後始末をイルカ先生に任せて、急いで里に戻った俺は、その足でナルト達を追った。 ナルトを連れ帰ると、待ち構えていた五代目に、今度はSクラス任務を押し付けられた。 遠い国での、長期任務。一応ごねてみたが、あの怪力で尻を蹴り飛ばされそうになって、渋々里を出発した。 だから、あの屋敷で別れたきり、今まで会っていなかった。 でも、オレは覚えていた。イルカ先生が、あの日オレに言った言葉全部。だから、確かめたかった。 「で、何か御用ですか」 自分も茶をすすって、イルカ先生は言った。オレは肩をすくめた。 「会いたかったからって、言ったじゃない」 「どうして、会いたかったのか、って聞いてるんです。まさかこんな夜中に、用件もなしに人の家を訪問するような、非常識な人だとは思いませんけれど」 「だから、オレはイルカ先生に会いたかったの。それじゃ、駄目なの?」 あなたって人は、とイルカ先生は唇を引き結んだ。 「・・・そうやって、俺を混乱させて、楽しいですか?」 オレは首を傾げた。どうも、怒っているみたいだけれど。 「イルカ先生、言ってる意味が、わからない」 心底忌々しげに、イルカ先生はため息をついた。 「その台詞、そっくりそのままお返しします。どうせ、拘ってるのは俺だけなんでしょうけど」 すい、とイルカ先生は、視線を逸らした。 「俺は、ああいう事をした相手の前で、何もなかったような顔が出来るような、そんな人間じゃないんです」 「・・・・・・」 「あなたにとっては、どうでもいいことなんでしょうから、別に今更どうこう言うつもりはありません。でも、だったらもう放っておいて下さい。こんな風に訪ねてきて、会いたかったなんて・・・俺を混乱させないで」 俺は、赤く染まったイルカ先生の耳を見つめた。 多分、イルカ先生は、俺が欲しい言葉を持っている。オレは確かめた。 「・・・イルカ先生は、なかった事にしたいの?」 イルカ先生はオレを疲れたように見た。 「そうしたいのは、あなたでしょう?って言うか、どうでもいいんでしょう?ただ、あの場にオレがいたからだったんでしょう?」 でも、俺には、どうでもよくはないんですよ。 オレは笑った。 「どうして、オレがどうでもいいなんて思ってると思うの?」 「・・・・・・」 「どうでもよくなんか、ないよ」 イルカ先生は、オレを不安げに見た。 「じゃあ、今度はイルカ先生に、オレからの質問」 「・・・何ですか?」 「どうして、オレの命令無視して、オレを探させてくれなんて言ったの?」 イルカ先生の顔が、見る間に赤く染まった。 「・・・そう、したかったからです」 オレは嬉しくなった。 「それは、オレの、会いたかったから、っていうのと同じじゃない?」 イルカ先生は、真っ赤な顔で、横を向いたまま黙った。 赤い耳。触れたくなって、手を伸ばした。イルカ先生は、怯えたように体を震わせて、オレの手を振り払おうとした。 オレはその手を掴んだ。顔を覗き込むと、イルカ先生は観念したように目を瞑って言った。 「・・・あなたが好きだから、って、俺に、言わせたいんですか?」 そう。 「言ってくれる?イルカ先生」 イルカ先生は、しばらく黙っていた。 やがて、目を伏せ、身を固くしたまま、ずっと前からあなたが好きでした、と呟いた。 「よかった」 オレは笑った。やっぱり、欲しかった言葉を持っていた。オレはイルカ先生の正面に座りなおし、その両手を握った。嬉しくて、堪らない。 「ね、いつから?」 「・・・初めて会った日から。憧れでした」 「オレ全然気づかなかったよ」 「伝えるつもりなんか、ありませんでしたから」 だから、ああいう風に抱かれるのは、嬉しくもあり、悔しくもありました。 「・・・オレは?って聞かないの?」 「・・・恐いです」 「どうして?」 「ずっと、手の届かない人だと思ってましたから。・・・今でもそうですけど」 「顔、上げて。イルカ先生。オレを見て」 イルカ先生は、ゆっくりと顔を上げた。目の縁だけに残った朱と、恥じ入るような表情が、オレをたまらない気持ちにさせた。 「オレも、イルカ先生の事好き」 あぁそうか。最初から、こう言えばよかった。 「好きです、イルカ先生」 眩しいものを見るような目で、イルカ先生はオレを見た。 「・・・やっぱり、駄目です」 「どうして?」 「俺は、あなたが望んでるような・・・こ、恋人にはなれません」 「だから、どうして?」 「・・・俺は従順じゃないです。気に入らないことは、気に入らないと口に出しますし。仕事を離れると、それ程我慢がきく性質でもありません」 「いいよ、そんなの」 でも、とイルカ先生は言った。オレが言ったこと、ずっと気にしてた? 「オレより先に死ななきゃいい」 オレは、イルカ先生に顔を寄せた。 「オレより先に死ななければ、それだけで、いいです」 唇が触れ合う寸前で囁くと、イルカ先生は、ふ、と小さく笑った。 約束は、できませんが。約束したいと、心から思います。 また。オレの心は持っていかれた。 まぁ、今回は、オレが押し付けたみたいなところもあるから、文句は言えないけど。 子供たちは旅立ち、イルカ先生の手は空いたまま。 だったら、オレに独り占めさせて。 そしていつか。 今やっと芽吹いたばかりの新しい木の葉の里に、新しい花が咲き、新しい実が実っても。 もうずっと、誰にも、渡すつもりはないけどね。 完(05.06.20〜05.07.07) 1111hitキリリク、完結いたしました。サトウ様、大変お待たせいたしました! リクエスト内容と違う、とか、時間の流れが違うとか・・・何卒ご容赦を(涙)。 管理人が一番気にしています・・・。本当に、このカカシさんは、とても難しい人でした。 サトウ様、こんな作品ですが、捧げさせていただきます! |
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