4.

大切な人は皆殺された。

仕方ないけど、やっぱり、今でもたまに、しんどい。

守りたいものはある。守るべきものもある。

でも、それでは埋まらない隙間が、心の中に確かにある。大切な人たちが、オレの心から、天国だか地獄だかに持っていってしまったもの。

他のどんなものも、代わりにはならないもの。

ま、代わりを見つけようとも、してなかったけどね。心を持っていかれるのは、もう沢山だから。

犬はいい。人と違って、オレの心を請うたりしない。オレに従順に、無償に慕ってくれる。

でも人間は始末が悪い。怒ったり笑ったり。泣いたり喜んだり。感情を撒き散らした上に、オレの心を勝手に盗っていく。

で、結局オレの心を持ったまま、オレを残して死んでしまうんだから。

もう、本当に面倒臭い。

・・・やだねぇ。こう考えると、オレってかなり寂しい男だね。

オレは一人ため息をついた。

月が、見下ろしていた。

夜風が、隣に立つイルカ先生の髪を微かに揺らしている。

丑三つ時。オレとイルカ先生は、屋敷を抱き込むように切り立つ崖の上に立っていた。

眼下の屋敷は、闇の中ひっそりと静まり返っている。抜け忍組織の潜伏先。無論、見張りがいることは確実だ。

「ここ、一般の使用人も住み込んでいるんですよね」

オレの問いに、イルカ先生は、はいと答えた。

「ですが、東側の別棟で寝泊りしているようです。母屋にいるのは、組織の人間のみかと」

「そう。よかった」

一般人を巻き込むつもりは毛頭ないけれど、今回は相手も忍で、大人数だ。何が起こるか分からない。

オレは屋敷を見下ろしたまま、言った。

「とにかく、頭目と、主だったメンバーを殺すことが最優先です。雑魚は適当に流しますんで、イルカ先生は、そっちのフォローをお願いします。あと、言うまでもないけど、一般人には手出し禁止」

「はい」

「戦闘のカタがついたら、オレの姿が見えなくても、里へ直帰して、火影様に報告して」

「・・・あなたを探すな、ということですか」

イルカ先生の低い声に、オレは視線を上げた。イルカ先生は、睨むようにオレを見つめていた。

「死体処理班に動いてもらわないといけないかもしれないからね」

オレは肩をすくめた。睨まれるような事を言った覚えはない。

「勿論、イルカ先生がオレの死体を見つけた場合は、その場で写輪眼を摘出してくれても構わないけど。そこら辺の判断は、任せます」

「・・・・・・」

「ただ、どんな場合でも、無理はしないで。自分の命を守ることを一番に考えて」

イルカ先生は、じっとオレを見て、唇を歪めた。

「あなたは・・・本当にひどい人です」

「何?急に」

「俺には死ぬなと言うくせに。俺には、あなたに死んで欲しくないと思わせてくれないんですか?」

口調は強く、しかしその顔は悲しげだった。

「・・・・・・」

「俺はあなたに死んで欲しくない。だから、あなたの姿が見えなくなったら、あなたを探します。どこまでも、どんなことをしてでも、探します」

オレは呆然とイルカ先生の顔を見た。それは、どういう。

「中忍の俺がおこがましいと言われようと、俺はあなたを里へ連れて帰ります。お願いします・・・俺に、そういう風に願わせてください」

何かを期待する気持ちで、オレは聞いた。

「・・・どうして?どうしてそんな風に言ってくれるの?」

「俺がそうしたいからです」

イルカ先生は、はっきりと言った。

どうして、そうしたいのか、聞きたいけれど。

時が容赦なく迫っていた。

「・・・命令違反だね」

笑った俺に、

「そんな野暮なこと、言わないで下さい」

イルカ先生も笑い返した。

「・・・では、行きますか」

言葉と同時に、オレ達は崖を飛び降りた。

 

 

 

二ヶ月も経つと、里も少し落ち着いてきていた。

「よう、久しぶりだな」

深夜の上忍控室で、報告書を書くオレに声がかかった。顔を上げると、煙草をくわえた髭が、向かいのソファーに腰を下ろした。

「久しぶり」

「随分遠い国まで行ってたらしいな、カカシ」

「まあね。お前も随分遅いご出勤じゃない?」

「オレはこれで上がりだよ。ここの電気がついてたから覗きに来たんだ。いつ戻った?」

「おととい。で、早速今日からこき使われた」

報告書をペンで指すと、アスマはにやりと笑った。

「五代目には逆らうなよ。鉄火な性質で、手が早い。あの細腕で殴られたらお陀仏だ」

「何、殴られた奴いるの?」

半端じゃない怪力と聞いていた。その技術をサクラに伝えているとも。

「いや。火の国のお偉いさんが、あの胸に性的嫌がらせをしたもんだから。火影岩の下、えぐれてるだろう」

まさか本人を殴るわけにもいかなくてな。

「だったら、隠せよなぁ」

「そこら辺が、男と女の間で埋まらない溝ってやつだ」

オレは笑った。

少しずつ、戻りつつある日常。

相変わらず任務は目白押しで、里の機能もまだまだ正常とはいい難いけれど。それでも着実に、里は復興を遂げている。

アカデミーも、再開したと聞く。きっと今日も忙しくしていたはずだ。

そう言えば、とアスマが言った。

「帰ってきたんだったら、行ってやれよ」

内心を見透かされたような気がした。

「・・・どこに?」

「花街。女達が寂しがってたぞ」

「・・・あ、そ」

アスマは、微かに首を傾げた。

「どうした?任務先で何かへんなもんでも喰ったのか?」

「どういう意味?」

「いや。前のお前なら、真っ先に飛んで行っただろ?やっぱり木の葉の女が一番、とか言いながら」

「・・・人をエロ猿みたいに言わないでよ」

事実だけど。

「ま、そのうちね」

首を傾げるアスマを残して、オレは書き上げた報告書を手に上忍控室を後にした。

受付所には、見たことのない若い中忍が座っていた。何をそんなに緊張しているのか知らないが、がちがちになりながら、報告書に目を通していく。

「け、けっこう、です。はたけ上忍、お、お疲れさまでしたっ」

どうも、と呟いて、オレはふと思いついた。

「ねぇ、イルカ先生は、受付所に来てる?」

急に話しかけられたせいか、真っ赤な顔をして、中忍は答えた。

「う、うみの中忍は、今のところここのシフトには入ってません。ずっとアカデミー勤務です」

ここで、偶然会う可能性はない訳か。

「あ、そ。ありがと」

受付所を出た俺の耳に、はたけ上忍としゃべったぁ、という中忍の叫び声が聞こえた。

・・・オレは珍獣かよ。

人影の無い通りを、西に向かって歩いた。

深夜だという事がちらりと頭を掠めたが、まあいい、と思った。

遠慮するのも、悩むのも性に合わない。

結局、なるようにしか、ならないもんだしね。

 

 

 

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