8.

何が起こったのか、理解できなかった。

呆然とするイルカの視界を、後ろから前に物凄い勢いで景色が流れてゆく。

そして、イルカは自分の体が不安定に揺れていることに気がついた。脇腹辺に、銀色の髪の毛が当たっている。

担がれている。

思い至り、イルカは仰天した。カカシの肩に担がれて、女子供のように軽々と、どこかへ連れ去られている。

「カ、カカシさんっ」

「黙って。舌噛みますよ」

「で、でもっ」

足をばたつかせると、膝の裏をもう片方の腕で押さえ込まれた。背中を拳で叩くが、カカシは一向に気にする様子もない。

畜生。イルカは苛立った。嫌なら嫌だと、迷惑だと言えばそれで済むじゃないか。こんな、無理矢理、力の差を思い知らせるような真似をして。

「・・・俺をどうするつもりなんですか?」

「拉致します」

カカシは短く答えた。

「は?」

ラチ・・・拉致?

「何で・・・」

「うるさいよ」

低い声と共に噴き出した殺気に、イルカの全身が凍りついた。恐怖に歯の根が合わなくなる。

本気だ。

嫌われていただけじゃなく、怒らせてもいたのか。

暗澹とした気持ちでうなだれたイルカに、

「・・・我慢していたのに」

呟くカカシの声は聞こえなかった。

連れて来られたのは、里の西にあるカカシの持ち家だった。数日前に、カカシを探してここを訪ねたことを、イルカはぼんやりと思い出した。

イルカを担いだまま、カカシは玄関を開け、廊下を真っ直ぐ進んだ。突き当りの部屋に入り、カカシはベッドの上にイルカを下ろした。

殺気に当てられて、まだ体の震えが残っているイルカを見下ろしながら、カカシは手甲をはずし、額宛と口布を取った。視線に耐えられず、イルカはベッドに横たわる自分の足を見つめることしかできなかった。

何をされるのだろう。全然予測がたたない。

「・・・俺をどうするんですか」

震える声が我ながら情けない、とイルカは思った。

「酷い事をするんです」

カカシは唇の端を持ち上げて言った。

「とりあえず、もうこの家から出しません。結界を張っていますし、無理に逃げようとするなら拘束具を用意します」

何故か悲しげなカカシを、イルカは呆然と見上げた。

「どうして・・・」

「あなたは言ってはいけない事を言いました」

「・・・・・・」

「オレに付け入る隙を与えてしまった。あんな事言わなきゃ・・・我慢できたかもしれないのに」

「・・・好きと言ってはいけなかったんですか?そんなに、嫌われていたんですか?」

俯くイルカの耳に、

「逆ですよ」

カカシの声は穏やかだった。

「物凄く嬉しい。少しでも、オレの事好いてくれてたなんて」

でも、もう駄目ですね、とカカシは自虐的に笑った。こんな馬鹿なことするんですから。

カカシはベッドの脇に膝をつき、イルカを見上げた。

「ずっとここにいて下さい。ここで、オレだけ見て、オレの事だけ考えてください」

カカシの表情は辛そうだった。

「他に好きな人がいても、忘れてください。・・・いいえ、忘れなくてもいい。口先だけでもいい。嘘でいい。あなたはオレのものだと、言って下さい。そうじゃないとオレは・・・」

イルカは悟った。

本当は、この人はこんな事をしたい訳じゃない。

ただ、イルカに対する想いを、何故か叶わないと思い込んでいる想いを持て余しているだけだ。

「カカシさん。あなたは何か誤解している」

イルカは顔を上げて、カカシを真っ直ぐ見た。

「俺は、あなたが好きなんです」

さっきと同じ言葉だと気づいて言い直した。

「好きなのは、あなただけなんです」

カカシは微かに眉を寄せた。

宝石のようなその色違いの目が、イルカの本心を探るように、耳に入ったイルカの言葉を確かめるように、じっとイルカを見つめた。

「オレは・・・もう駄目なんだと思ってました」

しばらくして、ようやく聞こえた声は、とても不安げだった。

「オレなんかが、あなたに好かれる訳ない、と思い込んでいました。人殺しばっかり上手くなりましたが・・・人間としては出来のいいほうじゃありません。それに、何より・・・男ですから」

「あなたがどんな人間でも、俺はあなたが好きです」

イルカははっきりと言った。

「あなたが、何を思って自分の事をそういう風に感じているのは知りませんが、少なくとも俺にとってあなたは、人としても忍としても、心から尊敬できる人です」

カカシはくしゃりと顔を歪めた。

「こんな馬鹿なことをする男に、そんな事を言わないで下さい。・・・つけあがりますよ」

いいですよ、とイルカは笑った。

「俺の事を好いてくれるのであれば、こんな事位」

 カカシは、躊躇うようにゆっくりと、イルカの横に腰を下ろした。

「・・・好きです、イルカ先生」

「はい。俺もです」

「オレだけに、してくれますか?」

「あなただけです。一年前から、ずっと」

「・・・キスしていいですか?」

おずおずと聞いてくる表情に、悪戯心がわいた。

「この前は、聞かなかったでしょう?」

カカシはぐっと詰まったような顔をして、それから、満面の笑みを浮かべた。

じゃあ、と、抱き寄せられた。

「キス以上の事に許可は求めません」

低く囁く声に、全身が痺れた。

 

 

 

初めて会ったのは、火影様の執務室。

暗い部屋で、綺麗な姿勢で立つ姿が際立っていた。

恋に落ちたと気づいたのは、いつだっただろう。

その頬に散った血が気になって、指を伸ばしたあの夜だろうか。

女の喘ぎ声が溢れる月光の下で、端然と微笑まれた時だっただろうか。

もうずっと。本当に長い間、焦がれていたような気がする。

カカシは、自分の下で、自分を翻弄する愛しい男を見つめた。主導権を握っているのはカカシのはずなのに、ともすれば我を忘れそうになる。

気持ち良くなってもらいたい。そう思っているのに、理性が焼ききれそうになる。

「カ・・・カシさん」

掠れた声。ついに堪えきれなくなって、カカシはその熱をイルカに埋めた。イルカの喉がそり、悲鳴のような声が上がった。

「・・・きつ」

カカシが奥に進める度に、イルカは体をびくびくと強張らせ、カカシの肩を強く掴んだ。すべてを収めると、短く息をつきながら、イルカは潤む瞳をそっと開いた。

「・・・どうしよう」

不安気な声に、カカシは首筋に口付けながら、何が?と囁いた。イルカは口元を押さえて、横を向いた。その頬がさらに染まった。

「・・・すごく、みっともない事になりそうな気がします・・・」

いいよ、とカカシは笑った。

「って言うか、なって」

 オレで、気持ちよくなって。

 充血したイルカ自身に指を絡ませ、カカシは律動を始めた。突き上げる度に、堪えきれないといった感で、イルカから甘い声が漏れた。寄せられた眉と濡れた唇、媚態というには無防備な、それでいてカカシの征服欲を強烈にそそる艶かしい表情に煽られて、動きは次第に激しく、深くなっていった。

もっと、もっと。果ての無い欲望の端でカカシは思った。

みっともない事になるのは、オレも同じかも。

 

 

 

初めて会ったのは、火影様の執務室。

暗い部屋の中で、その通り名に似合わぬ、捉えどころのない瞳が印象に残った。

恋に落ちたのは、いつだっただろう。

あの長い指で、頬の血を拭われた時だろうか。

髪結いの家、牡丹の着物の下で、微笑まれた時だっただろうか。

イルカは、自分の隣で眠りに落ちた愛しい男を見つめた。

今までずっと、あなた無しで生きてきたのに。今ではもう、あなた無しではいられない。

随分変わってしまったと、自分でも不思議な気持ちがする。

見た目より柔らかい銀色の髪に、そっと触れた。

この人と生きて行く。

イルカの心に、静かな決意が生まれた。

世間の常識に責められるとしても。今想像している以上の覚悟を強いられるとしても。

そして、もしかしたら、両親を失った時よりもイルカを蝕む現実が、訪れるかもしれなくても。

それでも。

出会った事。気持ちを受け入れた事。

あなたに関するすべてを後悔しないと誓おう。

ここの所あまり眠れていなかった事と、先程までカカシに散々翻弄された疲れが、どっとイルカを襲った。

眠ろう。イルカは、カカシの頬にそっと口付けを落として、自分も横になった。するりと腕が伸びてきて、胸に抱き込まれた。起きてたか。

「おやすみなさい」

「おやすみなさい」

今日は、写輪眼のカカシも、木の葉一の技師も、アカデミーのイルカ先生も、受付のうみの中忍も、忍の二人は、全部休業。

ただ、互いが互いを求める存在として、ここにある日。

互いの為だけに互いが存在する、手に入ったのが奇蹟のような、かけがえの無い時間。

これから、何度も何度も重ねていく為に。

その為に、俺は、全身全霊をかけて、あなたを。

そしてイルカは、カカシの規則正しい心臓の音を聞きながら、眠りについた。

 

 

 

完(05.04.15〜05.07.17)

 

 

 

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