願わくば君の元にて

 

 

 

1.

「約束して」

はたけ上忍は、俺の顔を見て微笑んだ。

「オレが合図したら、全力で北へ走って。何があっても、決して振り返らないで」

嫌だ。俺は必死に頭を横に振った。あなたが何を考えているのか、分からないとでも思っているのか。

戦場。

周囲は、肉塊と血と泥で溢れていた。怒号と悲鳴が、地響きのように響いてくる。

木の葉の忍戦部隊本体は北東遠く、はたけ上忍と、くノ一のカスガ、そして俺の3人は、戦いの真っ只中に取り残されていた。

ある同盟軍の裏切り。有利だった戦局が一気に形勢を変えた。数の勢いに押し込まれ、本隊は崩れ、敗北は決定的となった。

元々請われて参戦した戦だ。義理で部下を犬死させる事はないと、部隊を戦線から離脱させる為、指揮官のはたけ上忍自ら退路を切り開いた。

写輪眼のカカシ。高名心と血に飢えた敵が、彼に殺到した。その波のような攻撃を、はたけ上忍は、圧倒的な力でなぎ倒し、ねじ伏せていった。

だが、果ての無い襲撃に、次第に追い詰められた。写輪眼の能力を全開にしたはたけ上忍のチャクラが、次第に量を減らしていくのが、側で戦う俺にも分かった。

そして、四方を数百の敵に囲まれた。はたけ上忍の強さに怖気づき、包囲はかなり遠巻きだが、それでもじりじりと、網が狭まってくる。

はたけ上忍は、困ったような表情を浮かべ、小さく笑った。

「お願いだから、言う事を聞いて」

「嫌です・・・だったら、俺も一緒に」

駄目。はたけ上忍は言った。

「好きだから」

初めて聞く囁くような声。

「好きだから、あんたには生きててもらいたい」

・・・ずるい。涙が溢れてきた。どうして、今、そんな事を言う?

彼と初めて出会った次の夜、上官命令だと、この体を奪われた。

それから、毎夜のように求められ、その度に浮かんだ問いへの答え。

何度聞いても得られなかった、はたけ上忍の答え。

俺は心の中で叫んだ。どうして今、俺の心を決めさせるのですか?

あなたが好きです。なのにあなたは、俺を残していくと言うのですか?

「そんな顔しないで」

はたけ上忍の声は、限りなく優しかった。

「・・・大丈夫。約束は守るから」

はたけ上忍は、俺の唇を掠めるように口付けた。そして、

「カスガ」

はい、と、控えていたくノ一のカスガが応えた。

「頼んだよ」

「・・・はい」

さ、とカスガが俺の腕を引いた。

「うみの中忍、あなたと私には、別の仕事があるわ」

「・・・別の仕事?」

「里に、持って帰らなくてはならないものがあるの。木の葉の忍なら、誇りにかけて持ち戻らなくてはならないもの。私一人では、この包囲を抜けるのは無理かもしれない。だから、行くわよ」

木の葉の誇り。俺は震える体に力を込めた。・・・もう、どうしようもないのですね。

はたけ上忍の穏やかな瞳を見つめた。頷かれ、それで、すべてを思い切った。

身を引き裂かれる思いで駆け出した背後で、大きな爆発音がした。

何も考えられなかった。

 

 

 

「これを」

カスガは耳のピアスを外して、俺に手渡した。血のように赤い宝石は、手の中で鈍く輝いた。

包囲を抜け、木の葉忍戦部隊の待機場所に向かう途上だった。特別上忍だと聞いていたカスガは、鮮やかな仕草で包囲を蹴散らした。もう、付近に、敵の気配は無い。

「里の両親に渡して頂戴。そして伝えて。あなた達の娘は、惚れた男を守る為に命をかけましたって」

俺は呆然とカスガを見た。

「・・・里に持って帰らなくてはならないものがあるって」

「そんなものは無いわ」

カスガは笑った。

「あなたを連れ出す方便よ。強いて言うなら、あなた自身と、このピアスかしらね」

そんな。

「行って。私はあの人を追うわ」

カスガの表情は、晴れ晴れとしていた。

「あなたとは違う方法で、あの人と繋がれた。それだけで、私は十分よ」

頼んだわよ、と託された想いを、振り切れる訳もない。

手の中のピアスを握り締め、俺は駆け出す彼女の背中を見送った。

堪えていた涙が、溢れて止まらなかった。

最後の最後で、彼女はあの人を手にいれた。

 

 

 

そして俺は、今も一人取り残されたまま。

 

 

 

「こら、お前達」

小さな言い争いに気付いたイルカは、何やってるんだ、と歩み寄り、しゃがんで目線の高さを合わせた。

文字通り、子供の喧嘩。口で勝てない男の子が、女の子を叩いてしまったらしい。女の子、やまねスズが、顔を真っ赤にして泣いている。イルカは、二人の手を握り、どうしたんだ、と問うた。

だって、と男の子、クモンが口を尖らせた。

「おかあさんが、あしたはいくところがあるからだめだって。いっしょにあそべないって」

「だって、やくそくしたじゃない。いっしょにほかげいわであそぶって、やくそくしたじゃない」

スズの悲壮な声に、クモンが顔を歪めた。

「こら、止めなさい」

イルカは、握ったスズの手を軽く振った。

「確かに、お家の用事じゃ仕方ないよな」

ほら、とクモンが言う。

「でも、スズは、お前と一緒に遊べる事を本当に楽しみにしてたんだ。それは、分かってやれよ」

「・・・うん」

「スズも。約束してたのも分かるし、残念なのも分かるけれど。きっと、本当に大切な用事なんだ。今回は譲ってあげなさい」

スズは鼻をすすり上げた。

「わかった・・・」

二人が落ち着いたのを確認して、イルカは立ち上がった。

「じゃあ、お前達、気をつけて帰れよ」

「はあい」

並んで駆け出す背中に、ほっと息をつく。

大人だろうが、子供だろうが。約束は、破るほうも、破られるほうも辛い。

相手を大切に思っていればいるほどに。

夕日が、アカデミーの校舎をオレンジ色に染めている。イルカは歩き出した。

これから10時まで、受付の勤務が入っていた。明日は午前中休みだが、病院に行かなくてはならない。仕事に追い立てられて真面目に病院に通わないイルカに、ついに院長名で呼び出しがかかったのだ。

抜糸は済んだ背中の傷は、時折引き攣るように痛む。だが、ナルトを庇って負った傷は、誇りでこそあれ、負担には思わない。ただ、ああいう方法しかとれなかった自分は、忍としてはどうなんだろうと思うが。

ナルトには、本当にはらはらさせられてばかりだった。最後の最後にも、まさかあんな大事を起こすとは。

だが、ナルトの育ってきた環境を思うと、それだけ追い詰めてしまった結果だと、申し訳なく思わずにはいられなかった。

里から忌み嫌われて育ってきたナルトの苦しみを、本当の意味で分かってやれるとは、イルカも思っていない。だが、理解したい、苦しみや悲しみを並んで背負ってやりたいと、心から願っている。

ふとアカデミーを振り返り、イルカは頭を掻いた。やはり、自分はナルトに甘すぎるのだろうか。

そのナルトを、今日、サスケ、サクラと共に担当の上忍師に引き継いだ。これで正式に、子供たちはイルカの手から離れたことになる。

でも、とイルカは眉をしかめた。担当の上忍師と、実際に会って引き継いだ訳ではないのだ。その上忍は、約束の時間から大幅に遅れて、イルカがアカデミーの別の授業を受け持っている間に、ようやく姿を見せたらしい。

教育上、どうかと思う。約束は守る、が人としての基本だろう。

そう考えて、イルカは苦笑した。そういう自分は、守られない約束を、後生大事に抱えている。

人が聞いたら笑うだろう。閨の中での、ただの睦言だと。

「いろいろ約束があるから、2年。2年たったら、オレも里に戻るから。その時は覚悟して」

もう、3年経ってしまいました。そう思う自分に、笑ってしまう。

この先、永遠に守られる事がない、もう、この世にはいない人との約束。

それでも、忘れる事ができない。

 

 

 

進む

 

 

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