「イルカ生誕祭〜三年目の浮気疑惑〜」

0605210630)企画参加作品 完全版

 

 

 

会えない時間が育てるものは?

溢れる愛しさ?胸焦がす切なさ?

それとも、心を黒く塗り潰す、不安と疑心?

 

 

 

The code is waiting for you.

 

 

 

「随分と落ち着いてるのね、カカシ」

目の前のソファーに、どかりと紅が腰を下ろした。

「それとも、まだ知らないのかしら?」

顔を上げると、腕組みをする紅の後ろで、咥え煙草のアスマが肩をすくめた。

夕暮れの上忍待機所に、他に人影は無い。窓から入り込んだ残照が、殺風景な部屋を温かなオレンジ色に染めている。

すらりと白い足も組んだ紅は、どうやらご機嫌斜めなご様子だった。その隣に腰を下ろしたアスマは、明後日の方を見ながら、やたら自分の髭を撫でている。

何か、嫌な感じ。オレは内心溜息をついた。そろそろ帰ろうかと思ってた頃なのに。

まぁ、急いで帰った所で、待っててくれる人はいないんだけれど。

「何よ?」

オレは、読んでいた愛読書に再び目を落とした。

「二人とも、何か言いたい事があるんでしょ?さっさと言ったら?」

オレの言葉に、二人はちらりと視線を交わした。含みのある態度も、無用な遠慮も、こいつらには全く似つかわしくない。一体何を腹に抱えてるんだか。

ようやく、小さく溜息をついて紅が口を開いた。

「写輪眼のカカシが、3年も続いてた可愛い恋人を寝取られたって、専らの噂よ」

オレは顔を上げ、紅の顔を見返した。

単語の意味は理解した。だが、言ってる事が全然分からない。

やっぱり知らなかったのね、と紅は柳眉を僅かに寄せた。

「2、3日前から、里中その話題で持ちきり。五代目の耳にも入ってるわ。あの我慢強いイルカも、我儘上忍についに愛想を尽かしたか、って」

 

 

 

イルカ先生は今、里にいない。

もう、1ヶ月会ってない。

いつもと逆だ。あの人は、任務で遠い樹の国へ。オレは里で大人しくお留守番。

内勤でアカデミーの教師であるあの人が、外地へ派遣されるのは本当に稀だ。任務だから、あの人じゃなきゃ駄目だってんだから、こればっかりは仕方がない。

オレも、別に遊んでる訳じゃない。ちょっとした事情があって、ここ二十日程、オレは五代目の側にいなくちゃならなかった。

里と外地。二人の距離が遠く離れているという事実は、普段と変わらないのだけれど、無事を祈りながら帰りを待つ身のしんどさは、日々しんしんと身に沁みた。

あの人の能力や実力を信じていない訳じゃない。ただただ、心配。

追いかけて行きたいとか、連れ戻したいとか、無理だと分かっていながら願ってしまうのは、我ながらほんと、健気だと思う。

そんないじらしいオレに、この二人は、何を言うかと思えば。

「つまり」

オレは、二人の上忍を見返した。

「イルカ先生が、オレを見限って、他の奴とくっついたって、そういう事なの?」

そういう噂よ、と紅は重々しく頷いた。

「任務先で?」

疑心が声に出た。紅は身を乗り出した。

「噂の出所は、イルカの任地先に派遣されて、先日戻ってきた補給部隊よ。イルカが、上官であるくノ一のテントに、毎夜入り浸っているらしいの」

「・・・ふぅん」

オレは、手の中の愛読書を閉じた。自分でも意外な位動揺が無いのは、人の噂ほど当てにならないという事を、嫌というほど経験しているからだ。

イルカ先生とオレの関係は、上忍クラスなら誰でも知っている。その上で、あの人に手を出そうなんて考える命知らずな馬鹿は、今の木の葉にはいない。

第一、根が真面目なイルカ先生が、久しぶりの里外任務中に、色に気を逸らすなんて考えられない。

信じる信じない以前の問題だ。気になるとすれば唯一つ、一体何がどうなって、そんな下らない噂がたったのか。

「お前も大概有名だがな、イルカも、噂の的としてはなかなかのもんだぜ」

オレの内心を読み取ったようにアスマが言った。

「ナルトに額宛を授けた事を面白くなく思ってる奴は未だに多い。イルカ自身も、三代目には特に目をかけられ、五代目にも重用されてる。挙げ句、大っぴらにしていないとは言え、恋人と名の付く相手がお前だろ?イルカ本人は、お前と同じで噂なんぞに頓着してねえが、良くも悪くも、あいつの周囲は中々賑やかだぜ」

オレの視線を受けて、言ったのは俺じゃねえよ、とアスマは苦笑した。

「そういう奴だから、今回の話も、最初は信憑性に欠けると思ってたんだがな」

アスマの言葉を受けて、紅が言った。

「噂の相手、気にならない?」

オレは肩をすくめた。

「そういう言い方って、気にしろって言ってんのと同じでしょ。で?誰?」

紅は、一息置いてから、その名を口にした。

「アキホ」

その時、初めて、オレはまずいな、と思った。

「あなたの昔の女じゃない?」

オレは、無意識に立ち上がっていた。

痛まし気な二人の表情は、もう目に入らなかった。

 

 

 

言葉とか、態度とか、仕草とか。眼差しとか、感情とか、体温とか。

一緒に過ごす空間に、穏やかに流れる時間とか。遠く離れながら、相手の存在をまるで隣にいるように感じる瞬間だとか。

触れ合って、交わって、全部さらけ出して感じる本能の喜びだとか。どれほど求めても一つに溶け合えない哀しさだとか。

イルカ先生とオレが、この3年をかけて二人で積み上げてきたものは、決して眼で見ることはできない。けれども何よりも堅固で、揺るぎないものとして、この心に存在している。

想う強さ。そして、想われているという確信。互いに、この世界で唯一の相手だと感じている。

それでも時折、今のような堪らない不安に襲われるのは、この関係が、未来へ向かって何かを残すことが出来ないからなのかもしれない。

オレは自宅への道を歩いていた。

街は薄暮に沈み、見上げた南の空は、既に夜の色に染まっていた。

早く帰ってきてよ。イルカ先生。空の下、遠く離れた人を想い、オレは願った。

オレを安心させて。甘やかせて。しょうがない人ですね、って溜息交じりに浮かべる、いつもの、あの笑顔を見せてよ。

その願いを嘲るように、記憶の中から女の姿が立ち上り、じっとオレを見据えた。

別れてから、もう何年になるだろう。

アキホ。

オレが、イルカ先生以外で唯一人、殺されてもいいと思った女。

この女となら、子供を作ってもいいとさえ考えていた相手。

だから、怖い。どうしようもなく。

もしオレが、誰かにイルカ先生を奪われるとしたら、ああいう女なのかもしれない。

ずっと、漠然と抱えていた不安が、明確な形を持ったような気がした。

 

 

 

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