誰かの心の中にいるあなたでさえ、独り占めしたいと思うのは我儘ですか?

 

 

 

The code is waiting for you.

 

 

 

見上げた夜空に、下限の月が小さく浮かんでいる。

日々形を変えてゆく月が、木の葉を離れてもう1ヶ月が過ぎた事を知らせてくれた。

数年ぶりの里外任務。昼は、熱帯雨林に拠点を置く反政府ゲリラ部隊を追い、夜は駐屯地のテントで眠る生活が続いている。

密林の袂に建てた駐屯地に、今夜も風はない。ねっとりとした暑気が、肌にまとわり付く。

熱帯気候のこの国は、夜でも立っているだけで汗ばむ季節を迎えていた。北の空、遠く離れた木の葉の里は、まだ、晩春の肌寒さを残している頃なのに。そう思いながら、もう一度夜空を見上げた。

「うみの中忍」

ふいに、柔らかい声が、俺を呼んだ。

「私を探していたそうね。何か用?」

振り返ると、青い忍服を纏った小柄な彼女が、俺を見上げるように立っていた。

常に無い緊張に、体が固くなった。彼女の優しげな美貌に励まされるように、俺は、彼女を探している間に萎えつつあった勇気をもう一度振り絞った。

「少し・・・お時間構いませんか?教えて頂きたい事があって」

何かしらと、微笑む彼女の、その艶のある栗色の髪が、細い肩の上でさらりと揺れた。

アキホ上忍。

今、俺が所属している部隊の、副部隊長兼医療班長。

そしてこの間、偶然聞いてしまった同僚の噂話で、初めて知った。遊び相手なら数え切れない程いたというカカシさんが、唯一、「彼女」と呼んだ女性だと。

黙りこくった俺に、アキホ上忍は、込み入った話みたいね、と呟いた。

「いいわ。私のテントにいらっしゃい」

あっさりと言い、先にたって歩き出した。

副部隊長以上には、自分専用のテントが配備されている。

アキホ上忍に続いて彼女のテントに入った俺は、薦められた簡易椅子に腰掛けたが、落ち着かない気持ちに変わりはなかった。

「何?教えて貰いたい事って」

アキホ上忍は、オレの心の動きを知ってか知らずか、のんびりとした口調で言った。俺は、用意してあった言葉を何とか口にした。

「・・・兵糧丸の、作り方を知りたいんです」

あら、と彼女は小さく眉を上げた。

「アカデミーのイルカ先生は医療忍顔負けの丸薬作りの名人だって、誰かに聞いた事があるけれど」

「そうでは、なくて」

俺は、アキホ上忍の顔をまともに見ることができず、握り締めた手を乗せた自分の膝を睨みながら言った。

「アキホ上忍が、以前に・・・カ・・・はたけ上忍の為に用意した兵糧丸の配合を、教えて頂きたいんです」

あら、とアキホ上忍はもう一度言った。

一般的な兵糧丸でも、成分の配合を体質に合わせて調整したものは、その効果が格段に高くなる。

昔付き合っていた彼女が作ったものが自分には一番合っていたのだと、まだ、俺とカカシさんが顔見知り程度の関係だった頃、彼から一度聞いた事があった。

カカシさんは、その女性の名も素性も口に出さなかったけれど、同僚の噂話を考え合わせれば、それがアキホ上忍だという推測はすぐに成り立つ。

そして、俺の言葉を否定しないアキホ上忍の様子に、推測は事実になった。

上官に対して、不躾な事をしているという自覚はある。

だが、指折りの医療忍であるアキホ上忍に勝りたいと思っている訳でも、カカシさんの昔の彼女、という過去に、拘っている訳でもない。

ただ、あの人の役に立つ事なら、何でもしたいと思う、その気持ちが大きかった。

「カカシと付き合ってるって、本当だったのねぇ」

しかも3年も、とアキホ上忍は、心底感心したように言った。

こういう時のいたたまれないような気持ちにはもう慣れた。お前程度が、と嫌味を言われる事にも、悲しいかな、この3年ですっかり耐性がついている。

「いいわ、教えてあげる」

アキホ上忍は、あっさりと言った。

「でも、高いわよ」

悪戯っぽい目で囁かれ、俺は戸惑った。俺の表情を見て、勿論お金じゃないわよ、とアキホ上忍は声を上げて笑った。

「カカシの話を聞かせて頂戴」

今まで、誰からも聞いた事の無いような優しい響きで、アキホ上忍はカカシさんの名を呼んだ。

「私と付き合っていた頃の、我儘で、いい加減で、女にはとことんだらしなくて。ぞっとするほど強い癖に、自分自身をクナイ1本程度にも大切にしなかったカカシが、今、あなたの前ではどんな男なのか、私に教えて頂戴」

その時、胸に走った痛みが嫉妬だと、俺は気付いた。

 

 

 

この国では、夕立ではなく、すこーると呼ぶのだと教えられた雨の時間が過ぎた。

目を見張るほど色鮮やかな虹が空を渡り、雲間から差し込む日差しを反射して煌いた。

程なく、高い鳴き声が、瑞々しい空気を貫いた。見上げた北の空に、美しい猛禽の影が見えた。

里からの定期連絡だ。

隼は、優雅な仕草で駐屯地に舞い降り、宿り木にとまった。俺は、その足に結わえ付けられた小筒を外した。

筒の中には、いつものように、副部隊長以上のみが開く権限を持つ薄い封書が入っていた。封書を取り出した俺は、もう一通、筆文字で封緘された封筒が入っていることに気づいた。

表に宛名はなかったが、封緘の文字に覚えがあった。

まさか。俺が文字に指で触れると、チャクラに反応して、はらりと封が開いた。

やっぱり。とく、と心臓が音をたてた。

カカシさんからだ。

手紙なんて、初めてだ。甘い緊張を感じながら、俺はもう一度封緘の文字を撫で、封筒の中身を取り出した。

中には、小さな紙片と、折り畳まれた雁皮紙、そして、気高く清々しい香りが入っていた。

ひろはらわんでる。

雁皮紙の中身は、消炎、鎮静作用の効能を持つ、その紫色の花弁を乾燥させたものだった。香気が高い為、忍が使うには用途が限定されるが、その薬効は数多くある薬草の中でも突出している。

そして、同封の紙片には、短く一言。

帰ったら、お仕置きですから。

俺は、その言葉と雁皮紙の包みを見比べ、苦笑した。

「・・・何か、あったな」

謎かけの向こうに、カカシさんの拗ねたような表情が垣間見えた。

結局、アキホ上忍の申し出を俺は断っていた。

カカシさんのどんな些細な事も、誰とも分け合いたくない。

我ながら、子供じみた独占欲に呆れるような思いがするが、自覚してしまった嫉妬心は、恋人としての余裕なんて簡単に吹っ飛ばす。

「・・・だからバカップルだって言われるのかもしれませんね」

アキホ上忍の呆れ顔を思い出し、俺は苦笑した。

「恥ずかしながら、俺はまだ、あなたに、恋に落ち続けてるんですよ」

そして、手の中に届けられた香りは、カカシさんも、俺と同じ想いを抱えている事を告げていた。

 

それは、出会った頃も、今も、何も変わらない情熱。

 

「逢いたいですよ、早く」

お仕置きでも何でもいいですから。

カカシさん本人はとても言えない事を、心の中で思いながら、きらきらと北の空へ向かって溶けてゆく虹を、俺はじっと見送った。

 

 

 

完(06.07.30〜06.08.02)

 

 

 

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ひろはらわんでる:別名ラベンダー

花言葉:「不信」「貞節」「献身」「あなたを待っています」

 

 

 

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